Yahoo!ニュース

鬼軍曹・永瀬拓矢王座(28)王将リーグ3連勝! 藤井聡太二冠(18)は3連敗で王将挑戦の可能性消滅

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月26日。東京・将棋会館において王将戦リーグ3回戦▲藤井聡太二冠(18歳)-△永瀬拓矢王座(28歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は20時25分に終局。結果は164手で永瀬王座の勝ちとなりました。

 これでリーグ成績は永瀬王座3勝0敗、藤井二冠0勝3敗。藤井二冠の今期王将挑戦の可能性はなくなりました。

永瀬王座、二転三転の大熱戦を制す

永瀬「振り飛車は作戦ではあったんですけど。指してみたい作戦で。終始難しくてよくわからなかったんですけど」

藤井「事前に予想はしていなかったんですけど、直前、△9四歩と端を突かれたので、振り飛車を指される可能性もあるのかなと思っていました」

 かつては振り飛車党で、現在は居飛車党に変わった永瀬王座。四間飛車の採用は2017年以来、3年ぶりのこととなります。

永瀬「当時とは囲いがけっこう変わってたり。今回は美濃囲いだったんですけど、場合によってはミレニアムのような形もありますので。当時とはだいぶ違って新鮮な感じで指していました。難しいとは思ってました。指しやすさは感じてはいなかったです」

 永瀬王座の四間飛車に対して、藤井二冠は急戦を仕掛けます。

藤井「結果的に少しこちらが損な形になってしまったのかな、という気がします」

 昼食休憩が終わって12時40分、対局再開。永瀬王座は34手目、4筋の歩を突いて角筋を開きます。これが振り飛車用意のカウンター。どこかしらクラシカルな居飛車VS振り飛車の中盤の戦いとなりました。

 タイトル戦では最初は和服で、途中からスーツに着替えるという定跡を披露した永瀬王座。本局では途中で眼鏡を取り替えていたようです。

 藤井二冠は相手陣に角を打ち込んで飛車を交換します。藤井二冠の2枚飛車VS永瀬王座の2枚角、どちらがよりはたらくかという進行になりました。一般的には飛車を持った方が有利です。しかし振り飛車の達人は、こうした展開で実力を発揮します。

藤井「途中から駒損になってしまったので、バランスを崩してしまったのかなと思ってました」

 駒割は永瀬王座が桂1枚を得しました。わずかにその分だけ、永瀬王座が有利になったようです。

 62手目。永瀬王座は自陣に馬(成角)引きつけます。

豊川「引きましたね! 引田天功!」

 将棋プレミアム解説の豊川孝弘七段が感嘆の声をあげた通り、馬を引き戻した永瀬陣は容易には負けない態勢。永瀬王座は修行時代、『大山康晴全集』を何度も並べて覚えたそうです。大山15世名人はこうした手厚い指し回しで振り飛車全盛時代を築きました。

 はっきりとわるい手を指したわけでもないのに、苦しくなった藤井二冠。時間も次第に削られていきます。

豊川「寄りましたよ。頼本プロ!」

 67手目。藤井二冠は激しく踏み込む順を選ばず、▲6八金右。じっと金を玉に寄せました。いかにも上級者の呼吸。こうして自ら崩れず、手を渡してじっとチャンスを待ちます。(蛇足ながら「頼本プロ」とは頼本奈菜女流初段のことです)

 藤井二冠は19分を使って、残りは23分。対して永瀬王座は1時間25分。盤上の形勢だけでなく、時間もまた永瀬王座は優位に立ちました。

 手を渡された永瀬王座。局面はよさそうなものの、手は広く難解なところでした。

永瀬「(▲6八金右は)指されるかなとは思ってたんですけど、指されたときの対応が。△5四歩が変だったかもしれないので、そこは修正しなければいけない点だったかもしれません」

 永瀬王座は藤井二冠の攻めを催促します。このあたりの善悪は大変に難しいところ。結果としては、藤井二冠がじりじりと形勢を詰めていきました。また時間差も詰まっていきます。

 76手目。永瀬二冠は△7一飛と自陣飛車を打って、藤井二冠の攻めの主力である4一龍との交換をはかります。そこでは代わりに△4二金として千日手含みに指す順もあったようです。

永瀬「途中、千日手模様に何回かなったような気がするんですけど、ただちょっと、そうですね、打開するのが自然かなという感じがして。形勢がよくわからなかった。難しい将棋だったかなと思います。(△7一飛に代えて)△4二金とすれば千日手の可能性が若干あるのかなと。終盤も何度か(千日手の可能性が)あったかなと思います。わるいんですね、けっこう。確かに千日手打開したあとが苦しくなったような気がしましたので。ちょっとわからなかったです。千日手はかなりこちらがしにくいかと思ったんですけど。難しい手を多く指されて、よくわからなかったです」

 正座して考え続ける永瀬王座。ぐっと盤に近づいていて、座布団からは足がはみ出し、盤を映すモニターにひざが映っています。

 82手目。永瀬王座、今度は飛車を藤井陣に打ち込みます。その手を見て正座にすわり直す藤井二冠。つっかけていた端9筋を取り込みました。永瀬王座は耐え難きを耐え、自陣二段目にじっと歩を打って謝ります。

増田六段「形勢逆転しましたね、これは」

 将棋プレミアム解説の増田康宏六段はそう告げました。流れは確かに藤井二冠がつかみつつあったようです。

 藤井二冠は8筋に香を2枚並べる「二段ロケット」を設置しました。これが8筋の永瀬玉を直射してきびしい。

 対して今度は永瀬王座が追い込んできます。藤井玉を飛と馬でにらみ、玉のすぐ近くに歩でいやみをつけ、攻防の香を打って勝負と迫りました。

 残り時間は藤井6分、永瀬32分。いくら時間があっても足りなさそうなところで、藤井二冠は秒を読まれ、時間を削られていきます。受けるのか、それとも攻めるのか。そして最善手はなにか?

 藤井二冠は2分を使い、攻め合いで永瀬陣に歩を打ちました。なんとも玄妙な一手。桂で当たりになっている金に、さらに歩を打って当たりをかける。いわゆる「取りに取りを重ねる」という難しすぎる一手です。

 そこで藤井二冠は席を立ちました。

「うーん」

 盤の前に一人残された永瀬王座。思わず声が漏れます。

豊川七段「いやあ、すごい展開になりましたね」

 エキサイト気味の豊川七段の声。それは先日の豊島竜王-藤井二冠戦の終盤でも聞かれました。その一局は終盤の大逆転で豊島竜王の勝ちとなりました。

 永瀬王座はひたいに手を当ててうつむきます。32分の残り時間があっても、どう指せばいいのか、こちらも難しすぎるところ。

 永瀬王座は21分を使いました。そして同金と応じます。続いて藤井玉をにらむ馬を引き上げ、守備に当てました。これもまたすぐには負けない永瀬流です。

 永瀬王座は頑強な受けを続けていきます。勝敗はまったく不明となりました。

 振り飛車党にとっての神とも言える大山15世名人は、驚異的な粘り腰で数え切れぬほどの逆転勝ちを収めてきました。

 王座戦五番勝負、永瀬王座は現代振り飛車党の代表格であり、また「粘りのアーティスト」である久保利明九段に苦しめられました。

 本局では永瀬王座が振り飛車側を持って粘ります。そしてついにその粘りが功を奏し、藤井二冠の攻めは少しずつ細くなっていきます。攻めの主力である龍が遠く1筋にまで移動し、その横利きは△2二歩1枚で止められてしまいます。

藤井「少しチャンスが来たような場面もあったかと思うんですけど。まあ難しくてわからなかったです。龍を抑え込まれてしまって、そこからは厳しかったような気がします。龍が△2二歩で止められてしまったので、あの形にしてはいけなかったのかなと思います」

 111手目。藤井二冠は香を走って王手をかけます。ここで4時間の持ち時間を使い切り、残りはついに1分となりました。対して永瀬王座は4分。形勢は逆転。再び永瀬王座よしとなります。

 永瀬王座の2枚の馬は中段を制圧。永瀬玉周辺の安全をキープし、さらには藤井玉へと迫ります。

豊川「いやあ、鬼ですね」

 タイトル3期を取って九段に昇段した永瀬王座。その称号はもう、将軍でも元帥でもよさそうですが、変わらず「鬼軍曹」という呼び方がぴったりくるように感じます。

 対して藤井二冠もそう簡単には土俵を割りません。将棋の平均手数は100手少しですが、それを大きく超えていきます。長期戦となって記録係は席も立てない。そこでトイレは大丈夫なのかとも心配されてきます。

 141手目。藤井二冠は自陣に銀を打ちつけて粘ります。対して永瀬王座も銀を打ち返す。なんとなんと、千日手の手順も見えてきました。そして同じ手順が繰り返されていきます。

豊川「もう覚悟決めましたよ、視聴者大喜びでしょう」

 千日手辞さずの姿勢で知られる永瀬王座。豊川七段も千日手になるという覚悟を決め、多くの観戦者の目にもこれはいよいよ本当に千日手かと思われたとき。永瀬王座は手をかえて、千日手を打開しました。これがさすがに的確な判断。藤井玉は受けなしです。

 151手目。藤井二冠は端玉の上に銀を打ってしのごうとします。このとき、藤井陣には銀4枚が並びました。しかし藤井玉は狭くて受けは難しい。対して永瀬玉は守備駒は少ないものの、広くて安全です。

 永瀬王座は最後の1分を使います。これで両者ともに60秒未満で指す「一分将棋」になりました。

豊川「長いぜ永瀬」

 その言葉通り、最後は長手数となりました。そして永瀬王座は藤井玉を即詰みに討ち取ります。

 164手目。永瀬二冠は王手で銀を打ちました。

 何度かうつむく藤井二冠。その仕草から、おそらくは悲しそうな顔をしていると思われます。しかしマスクをしているため、その表情は、はっきりとは見えませんでした。秒を読まれる間、藤井二冠は心を落ち着けていたのでしょう。

「負けました」

 静かに投了を告げた声は、いつもの通り平静でした。永瀬王座も一礼を返し、大熱戦に終止符が打たれました。

 永瀬王座はこれで藤井二冠に公式戦初勝利をあげました。

永瀬「(棋聖戦、王位戦と)挑戦者決定戦の2局、かなり力負けの印象がありましたので、なんとか力不足を補えていけたらなとは思っています」

 リーグ成績もこれで3連勝。豊島竜王と並んで、挑戦権争いのトップを走ります。

永瀬「前進はしたかなとは思うんですけど、どこまでいっても大変なので、引き続きがんばります」

 リーグが始まる前、筆者はTwitter上で藤井二冠のリーグ成績を予想するアンケートを取ってみました。藤井二冠が3敗以上すると予想した人は、ほとんどいませんでした。

 ところが、結果はここまで藤井二冠3連敗です。

 王位、棋聖と続けてタイトルを取った際の勢いを見れば、もはや実質的に藤井二冠の天下が来たと思っていた人も多かったのかもしれません。さらには王将まで取って年内三冠も可能なのではないか、と。

 しかしいま、その可能性はなくなりました。将棋界はそれだけ層が厚いことを物語る結果なのでしょう。そして王将戦リーグは、まさに鬼リーグでした。

 本日おこなわれていた王将戦リーグのもう一局、▲木村一基九段-△佐藤天彦九段戦は19時33分、92手で佐藤九段の勝ちとなりました。

 リーグ戦では残留もまた重要な目標です。この先、挑戦権争いとともに、残留争いもまた見どころと言えるでしょう。

藤井「今期に関しては下を見る戦いになってしまったのは残念ですけど、残留を目指して最後まで最善を尽くしたいと思います」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事