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豊島竜王の趣向に羽生九段は真っ向勝負で異例大乱戦! 竜王戦第1局1日目はわずか27手で指し掛けに

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 10月9日。東京都渋谷区・セルリアンタワー能楽堂において第33期竜王戦七番勝負第1局▲羽生善治九段(50歳)-△豊島将之竜王(30歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 前夜祭において、羽生九段は対局場の能楽堂について次のように語っていました。

「非常に落ち着いた素晴らしい場所で、大舞台、檜舞台にふさわしい場所だなあ、ということを感じましたし、そういった場所で対局者として対局ができるということは、棋士にとって大きな名誉なことだなあ、というふうに思いました」

「檜(桧)舞台」を辞書で引くと、次のように書かれています。

ひのき‐ぶたい【桧舞台】

(1)ヒノキの板で張った、能楽・歌舞伎などの格の正しい舞台。

(2)転じて、自分の腕前を表す晴れの場所。

出典:『広辞苑』第7版

 セルリアンタワー能楽堂の舞台も檜で作られています。文字通りの檜舞台に、羽生九段は帰ってきたというわけです。

 振り駒の結果、第1局の先手番は羽生九段となりました。立ち上がりは矢倉模様に進みます。

 後手番の豊島竜王は金銀を動かさず、早めに桂を跳ねていく意欲的な序盤作戦を見せます。

 前例はあるというものの、豊島竜王が七番勝負の大舞台でこの大胆な作戦を採用してくるとは、ほとんど誰も予想できなかったことでしょう。

 対して羽生九段は銀取りを受けず、飛車先から逆襲します。

 ここまで消費時間わずかに10分だった豊島竜王。ここで42分を使います。そして取れる銀を取らず、じっと突かれた歩の方を取りました。羽生九段が角で歩を取り返したところで豊島竜王はまた熟慮に沈みます。そして次の手を指さず、12時30分、昼食休憩に入りました。

 13時30分、対局再開。豊島竜王はなおも考え続けます。そして14時すぎ。ようやく盤上に手が伸び、桂で銀を取りました。21手目の段階での銀桂交換は非常に早い。駒割は豊島竜王が得していますが、局面全体のバランスは取れています。

 竜王戦七番勝負で序盤のうちから乱戦となった代表的な例としては、1999年第5局▲鈴木大介六段-△藤井猛竜王戦があげられます。両者ともに現代振り飛車党の代表格ですが、このシリーズでは藤井竜王が全局、居飛車側をもって戦いました。第5局は鈴木六段の中飛車に対して藤井竜王が超急戦。19手目の段階で互いに大駒が成り込み合い、駒割は銀桂交換になっています。

 本局は22手目、豊島竜王が金を立って前例と離れました。対して今度は羽生九段が考え込みます。その間に15時、おやつの時間を迎えました。

 豊島竜王は午前、午後ともにフルーツの盛り合わせでした。これは豊島流の定跡手順です。

豊島「フルーツなんか体に良さそうだから。はずれがないと言うか、別にタイトル戦だからはずれはないんだけど、より手堅く」

 AbemaTVトーナメントの際、質問に答える形で、豊島竜王はそう語っていました。

 23手目。羽生九段は1時間42分の長考で角交換をしました。その次、飛車を成り込むと、千日手となる変化もあったようです。筆者手元のコンピュータ将棋ソフト・水匠2は千日手が最善ではないかという提示をしていました。

画像

 本譜、羽生九段は中央に角を打ち据えます。

 対して26手目。豊島竜王は相手飛車先に、手裏剣のように歩を打ちます。縦横いずれにもよく利いている飛車の位置をずらす手筋です。

 この先も変化多岐にわたって大変に難しいところ。羽生九段はここで「封じ手」にする方針を取りました。

 2日制の対局では1日目の終わりに「封じ手」がおこなわれます。竜王戦では18時に手番の側が、次の手を紙に書いて封筒に入れます。

 17時50分頃、羽生九段は記録係に図面作成を頼みます。これはもう次の27手目を封じる意思を示したものです。

 18時。

「封じ手の時刻となりました。羽生挑戦者は次の手を封じてください」

 立会人の森内俊之九段が声をかけます。一呼吸をおいて、羽生九段。

「あ、じゃあ封じます」

 封じ手の意思を示して用紙などを受け取り、別室に移動して封じ手を記入しました。羽生九段が立会人の森内九段に2通の封筒を預けて、1日目の対局は終了です。

 封じ手まで含めて1日目で27手しか進まなかったのは、かなり短手数の記録です。

 竜王戦では前述の▲鈴木六段-△藤井竜王戦で25手目が封じ手という例がありました。

 また1994年王位戦七番勝負第4局▲郷田真隆五段-△羽生善治王位戦では序盤から両者異例の長考合戦となって、羽生王位が22手目を封じたというもありました。

 明日2日目は午前9時、羽生九段の封じ手を開封して対局が再開されます。

 王位戦七番勝負の封じ手はチャリティーオークションに出され、大変な高額で落札されたことが話題となりました。

 王位戦第4局での藤井聡太挑戦者の△8七同飛成は常識外とでもいうべき、驚きの一手でした。

 一方、本局の封じ手本命予想は▲2七同飛。こちらは打ち捨ててきた歩を取る常識的な一手です。王位戦の時のように「同飛車大学」がトレンドワードになることはないと思われます。ただしその先は一気に激しく終盤戦に進む可能性もあり、朝から目が離せないことに変わりはなさそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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