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タフな鬼軍曹・永瀬拓矢王座(27)177手の長手数で久保利明九段(45)を降す 王座戦五番勝負第1局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月2日。神奈川県秦野市鶴巻温泉「元湯 陣屋」において、第68期王座戦五番勝負第1局▲永瀬拓矢王座(27歳)-△久保利明九段(45歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は20時26分に終局。結果は177手で永瀬拓矢王座の勝ちとなりました。

 永瀬王座は初防衛に向けて、幸先よく1勝をあげました。

 第2局は9月9日、京都市・ウェスティン都ホテル京都でおこなわれます。

永瀬王座、長手数の熱戦を制す

 後手番の久保九段が四間飛車から「振り飛車ミレニアム」に組んだのに対して、永瀬王座は居飛車穴熊に組みます。そして互いに動きが難しく、午前中から千日手模様となります。永瀬王座といえば先手番でも千日手辞さずの姿勢で知られています。しかし本局では巧みに打開していきました。

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永瀬「けっこう打開が難しい感じがしたんですけど(63手目)▲3七角までいけば、一応千日手は回避できているのかな、とは思いました。ただ、基本的に打開するのが難しい感じがしました」

 午後、久保九段は銀冠に組み替えて待つ姿勢を続けます。

久保「あまりこっちもいいと思った局面なかったんで。ずっと難しいのかな、という感じだったですね。(組み替えて銀冠となり)もうちょっとなんかいい指し方があったような気もするんですけど。結局、昔ながらの将棋に落ち着いてしまったんですけど。もう少し8一玉型で手を作れたらな、という感じだったですかね。本譜じゃあんまり工夫が・・・。無効に終わってしまったという感じです」

 一方で永瀬王座の方もさほど自信はなかったようです。

永瀬「最初、何かあればという感じだったんですけど、少し形勢を損ねてしまったような気がしました。(93手目)▲3七角では苦しいかなと思いました。▲3二金と(飛角両取りに)打っていけないと、ちょっと主張がないので。そうですね、打てないとなると、組み立てがおかしかったような気がします。(94手目)△6七金と打たれて、かなりこちらの王様が薄くなってしまうので、自信のない展開なのかな、と思ってました。(109手目▲7九金と穴熊に受け駒を足して)苦しい気はしたんですけど、明快な手がなければ、難しいところもあるかなと思いました」

 18時。夕方30分の休憩も終わって対局再開。

 対局開始時の朝には、外の庭園から蝉の声が聞えてきました。夜に入ってからは、秋の虫が涼やかに鳴く声が聞えてきます。

 夜戦に入っての121手目。永瀬王座は金銀銀の3枚がくっついた穴熊に、さらにもう1枚、銀を打ちつけます。

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 これぞ永瀬流の「負けない将棋」といった感があります。

 永瀬穴熊の外からプレッシャーをかけていた久保九段の攻め駒は3枚。進んで龍(成飛車)と、と金(成歩)は消え、さらには金がそっぽにいかされる形となりました。そして永瀬王座の鉄壁4枚穴熊が残ります。

久保「(145手目)▲5八歩と打たれて金が玉の逆に行かされちゃったんで、それじゃちょっと苦しいんだろうな、と思ってたんですけど」

永瀬「勝因かわからないんですけど(147手目)▲7七桂と跳ねた手がどうだったかというのは気になるところかな、と思います。全然わからないです。ただ、浮かんだ手ではあったので。▲7七桂がポイントなのかなと思います」

 攻める余裕を得た永瀬王座。いよいよ久保陣の銀冠の攻略をはかります。

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永瀬「最後の(153手目)▲8一金から▲9一金で・・・まあちょっとわからなかったですけど、こちらの攻めの形も相当なのかな、とは思いました」

久保「やっぱり金で香車取られて、ちょっと受けの効かない形になっちゃったですね」

 久保玉は下から追われ、端に逃れる形となります。そこで永瀬王座は「端玉には端歩」のセオリー通り、端の玉頭に向かって歩を突いていきました。

 「粘りのアーティスト」とも称される久保九段。しかし次第に、受ける手段もなくなってきました。攻めるにしても、穴熊玉はあまりに遠く堅い。また久保九段は5時間の持ち時間も使い切って、あとは60秒未満で指す「一分将棋」にも追い込まれました。

 それでも不屈の精神力で、久保九段は指し続けます。

 174手目。久保九段は相手の歩頭に銀を打ちつけました。残念ながら本局では及びませんでしたが、衰えぬ闘志を感じさせる受けでした。

 常に冷静沈着で、逆転負けとは縁遠い永瀬王座。動じることなく王手をかけて久保玉は詰み筋に。久保九段が静かに頭を下げて、長手数177手の戦いに終止符が打たれました。

 半袖シャツ姿の永瀬王座はジャケットを着て、報道陣が訪れるのを待ちました。

 永瀬王座は初防衛に向けて幸先よく1勝をあげました。しかしこのあともハードスケジュールが待っています。中2日をおいて9月6日には同じ陣屋で叡王戦第8局。そしてまた中2日において9月9日、京都で王座戦第2局と続いていきます。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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