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将棋がファム・ファタールだと思ってた藤田麻衣子さん(元女流棋士)が連珠に出会ってA級に入るまで(3)

松本博文将棋ライター
2010年3月、将棋の女流棋士として最後の対局に臨む藤田麻衣子さん(撮影:筆者)

(休憩明けでそれまでの流れとはまったく関係なくフリーダムに話が始まる)

藤田「連珠は初手から殴り合いだからね(パンチのポーズ)。面白いよ。『早く終盤になればいい』って思ってる人は、連珠だとみんな最初から谷川浩司になれるよ!」

深川・いっぷくからのリモートインタビュー
深川・いっぷくからのリモートインタビュー

――「早く終盤になればいい」っていうのは、谷川九段の若手時代の名言ですね。私も棚瀬寧さん開発のアプリ、「五目クエスト」もちょっとやって。「チェスクエスト」はかなりやりました。チェスは展開次第だけど、比較的将棋より早く終盤になる。「なるほど、これは面白い」と思いましたね。将棋より1路せまくて8×8で、取った駒を持ち駒として使えない。それでもやっぱり、人間の手にはおえないほど深くて広くて面白い。それがおぼろげながらわかりました。だから世界で数億人がプレイしてるんだと。

藤田「チェス、やばいよね。神ゲーだよ」

――そんな風に世界には多くの優れたゲームが存在する。私なんかはもう、将棋だけでせいいっぱいです。そうした中で、藤田さんは桑名七盤勝負(連珠、どうぶつしょうぎ、オセロ、チェス、9路盤囲碁、将棋、バックギャモン)とかやったりするわけじゃないですか。

藤田「そうそう。その中でも、自分が惹かれるゲームがあるじゃないですか。その惹かれ方にも種類があって。私は将棋は、やっぱり観る方が好きだったんだね。たとえば大学将棋部で、部員同士が指してる10秒将棋って、側で一生見てられるじゃん」

――わかる! ほんとそれ。私の人生はその延長線上にあります。

藤田「だけどね、連珠は観てらんないの。自分で打ちたくなる」

――なるほど。

藤田「だから将棋と連珠、どちらが優劣あるっていう話じゃなくて、自分にとっては、プレイヤーとしては連珠が向いてたのね。将棋だとバランスを重んじなきゃいけないじゃん。バランスが崩れたら一気にそこからほころびて、それが敗着になっていく。よく子どもに指導してても『この手を指したために負けちゃったね』っていう振り返りをしなきゃいけないときがあるじゃん。そのときに将棋は『やんなきゃよかった』っていうマイナスの手がある。それが私にとっては切ないんだよ。ところが連珠っていうのは5個を目指すわけだから、置けばたいていプラスになんだよ。だからすごく前向きな感じでできる。あと、絵を描くように構想を描けるし。スピード感って話もそうなんだけど、本当に詰みが鋭いから、斬られる時は一瞬なのね(斬られた時のポーズ)」

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藤田「『あっ? 斬られた? えっ? 血が出てる? えっ? 死んでた?』みたいなことが起こるんだよ! 将棋みたいに、じわじわと何もする手がなくなって、駒たちが泣いてて一緒にさめざめと泣く、みたいなことはあんまりなくて。ガツン!ってきて『あー』みたいな。『飛んでくー』みたいなことが多いから(飛んでくポーズ)。負けたあともけっこうさっぱりできる。そういうところも性に合ってた。どっちがいいわるいとかじゃなくて、連珠の方が、私にとってはやってて楽しいゲームです」

――この前の二次予選も途中、ヤバい場面があったらしいじゃないですか。

藤田「そうなんだよ! あれが勝負だよね。普段なら全然簡単な3手詰とかが見えてないんだよ。余計な王手をしたばっかりに、逆王手みたいな筋が生じてたのね。それにすら気づいてない。それを相手が見逃してくれたから、こっちに詰みがあるんだけど、さらに自分の詰みがわかんなくて、一瞬『うわーっ』って受けることを考えてるのね。とにかく最終日の2日目ってのは、いつもの私らしくなくて。私っていつもすぐ殴りかかるんだって(パンチのポーズ)」

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藤田「それが『殴られないように! 私、死なないように! 生き延びたいんです』みたいなのが気持ちに出てんの。だからちょっと最後、チグハグな感じになって」

――盤上の打ち手に気持ちが表れるんですね。

藤田「重圧を感じてたみたいで。記事に書いてくれた通りの流れだったんだけど」

――全部、岡部さん(寛九段)から教わった通りです。

藤田「初日に、最大の競争相手を倒したの。向こうの方が実力も経験も上なんだけど、私が勝てたからものすごく前進したわけよ。そうするともう気がすごい緩むわけ。もうさ、『お兄さん(松本)インタビューしてくれんのかな』とかさ、『なに話そう?』とかそんなことまで考えてんのよ」

――藤井聡太さんのインタビューとは違って、それは古い知り合いのよしみで、私が独占できるかもしれない仕事ですね(笑)。「連珠のことよくわかんないんですけど、次はどんなことで私たちを驚かせてくれますか?」とか聞いて。

藤田「初日が終わったあとの夜中。眠れないわけ。自分が記録を作ることなんて、将棋ではなかったわけじゃん」

――晩学の21歳で将棋を始めて女流棋士になったのは記録的でしょう。現役中、トーナメントプロとしては残念ながら、記録とは無縁だったかもしれませんね。しかし藤田さんは連珠で今回、将棋で言ったら西山朋佳さん(女流三冠、奨励会三段)が男性の強敵を連破してすごい記録を作るみたいな話ですよね。

藤田「うん。だから『えっ、女性初の記録とか私が作るの? もしそれが実現しなかったら、すごくみんなをがっかりさせるな・・・』とか思って。よっけーい(余計)な雑念が浮かんでくるわけ!! 雑念が消えなくて気がついたら朝の7時よ」

――大勝負あるあるですね。大勝負を前にした人があれこれ考えてしまい、眠れなくなってしまうという話は、古今よく聞きます。

藤田「ヤバいでしょ? 結局、2日目の最終局を迎える前に(A級に進める2枠のうち)1人が圧倒的な実力で通過を決めたわけ。私が2番手。で、1番手の人が3番手の人と当たることになって。実力が抜けてる1番手の人が勝つだろうから、私は最終局、勝たなくても通過できるわけよ」

――将棋界でもよくそういうシチュエーションありますね。で、それが2番手の人にはもっとも危険なパターンだったりする。

藤田「そしたら通過を決めた人、玉田さん(陽一六段)って言うんだけど、昼休み『藤田さんにはがんばってほしい』って言うのよ。『私は玉田さんにがんばってほしいんだけど。そしたら私は楽になるから』って言ったのね」

――ウソいつわりない、わかりやすすぎる、正直ストレートな願望ですね。

藤田「そしたら『いや、私は藤田さんにがんばってほしいんだ』って言い返されて」

――まあ、それが勝負ですよね。最終戦前に通過が決まるほどの実力者で、もちろん最終戦も全力を尽くすんだろうけれど、だからと言って勝てるかどうかもわからないし。

藤田「最終局の相手、私はけっこう苦手としてた相手で。『なんか、いやな予感がすんな・・・』と思いながらやってんのよ。雑念だらけだよね!」

――だいたいそういう場合は、一番ダメなパターンになるとしたものですね。

藤田「そしたら私は負けで、3番手の人は勝ってるの。だから唯一、私が追いつかれる目が出たわけ。『やっぱりか!』と思って」

――不思議とそうなるんですよね。で、3勝2敗で2番手が並んでプレーオフになったと。

藤田「ただそこで、絶対勝たなきゃいけない状況になったわけじゃん。その方がいいんだよ!」

――その話もよく聞きますね。自分が勝たなきゃダメというパターンになったら、もう雑念は消えると。

藤田「昼休みとかは『もし私が負けても向こう(競争相手)も負ければいいんだよね』って考えちゃうの。にんげんだもの! みつをに聞いてもそう言うと思うよ! にんげんだもの! それ考えないっていうのは、ウソだよね!」

――私も俗な人間なんでわかりみが深いです。で、たとえばですね。藤井聡太さんが終局後のインタビューで「競争相手も負ければいいと思いました」って言ったら、やっぱり人間らしいと思うでしょうね。でも絶対にそういうこと言わないもんね。で、おそらく藤井棋聖は本当にそんなこと思ってないんだよね。羽生善治九段もそうなんでしょう。そうした人間性を超越したような天才はね。

藤田「私は『目の前の将棋で最善手を指すことだけを考えてました』なんて言えませんよ! 正直、向こう(競争相手)の局面、どうなってるか、気が気じゃなかったです!」

――正直だ(笑)。にんげんだもの。そりゃそうでしょう。

藤田「で、普通、追いつかれると『ううっ』ってなるじゃん。でも私の場合は勝つしかなくなったから、そこで頭を真っ白にできたわけ。もう勝つしかなくなるから、余計なことを考えるより。プレーオフはいちばん集中して、本当に余計なことを考えずに、ただただ負けないことを考えてできたわけ。そしたら中山(智晴珠王)がさ、『やっぱり、ひえちゃんは精神的に強い、勝負師だ』って言うのよ。おまえは私が夜通し雑念を考えてたことを知らないのかよ!」

――知らないよ、そんなの(爆笑)

藤田「私は連珠でいままで4回プレーオフみたいになってるんだけど、全部勝ってるの。ある意味、将棋でやってた経験が生きてて、すごく苦しい中で頭をリセットするっていうのはできるんだよね。私は将棋界ではすごく弱いと思われてて。実際弱くて、すごく苦しい日々を過ごしたから。そういう中でも平静を保ってやってたわけよ。それを思うとへっちゃらで、盤の前に何食わぬ顔で座れるわけ、一応。そういう意味ではすごく将棋の経験が生きてるけど、でも自分は精神的に強いわけではなくて、そういうドタバタを経て、この前は人間らしく戦ったという。

――いい話ですね。神童・藤井聡太棋聖のインタビューとは対極的ですけど。

藤田「もうテンプレじゃん! おんなじことしか言わないじゃん! 『強くなりたい』とかさ!」

――「記録は意識してませんでした。まずは実力を向上させたいと思っています」とかね。それは本当に藤井さんがそういう志の高いことを思ってて、それで質問がだいたいテンプレだから、同じことを言い続けるしかないんでしょう。藤田さんと藤井さん、同じ愛知県瀬戸市の「雪の聖母幼稚園」出身だけど、対照的な人生ですね。

藤田「そうだよね。私はいろんなこと、興味があることすべてに、すぐその場で邁進していくタイプで。藤井さんは小さい時にファム・ファタール(運命の女性)に幸運にも出会えたタイプでしょう。私の場合は本当に(大学3年、21歳の時に)将棋に出会えてよかったと思ったところに、将棋がファム・ファタールじゃなかったと。最近気づいて愕然としてる」

――いろんな遍歴を経て、いまここに至ったとね。素晴らしいことです。今泉健司さん(五段)みたいに、NHK「逆転人生」出演決定かな(笑)。私は藤田さん、今泉さん、それから木村一基さん(王位)と同じ1973年生まれで。だからいろいろな挫折を経て、四十半ばを過ぎていまだに活躍を続けている皆さんを尊敬します。同い年の私にとって、皆さんの存在は誇りです。

写真提供:藤田麻衣子
写真提供:藤田麻衣子

(次回に続く)

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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