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将棋がファム・ファタールだと思ってた藤田麻衣子さん(元女流棋士)が連珠に出会ってA級に入るまで(2)

松本博文将棋ライター
撮影:大川英輝

――牧野さん(将棋の牧野光則五段)も連珠が大好きなんですね。藤田さんと牧野さんは最近、大の仲良しのようですが。

藤田「去年(2019年)大阪の『ゲームマーケット』っていうボードゲームのイベントにどうぶつしょうぎを普及するために行って、『にゃんこならべ』っていう連珠のかわいいやつも一緒に教えてたの。そこに牧野さんが現れて」

藤田「『このあと連珠、夜やりませんか?』(関西弁イントネーション)って言われて。初対面だよ!? びっくりしたけど、私も連珠ラブすごいから『この人、きてんな・・・。ひょっとして私と同じぐらい連珠好きなのか?』と思って、人見知りなのに『いいですよ』って言っちゃって。それでどこ行ったらいいかよくわかんないから二人で関西将棋会館がある(大阪環状線の)福島駅行って。とりあえず居酒屋入って、連珠の盤を広げて、話すこともないから、ただ連珠をしてた」

――いやあ、いい話ですね。

藤田「『この人、きてんなー』って思って。(牧野五段は京都在住で)離れて暮らしてるけど、いまはオンライン対局場とかあるから、なにかっちゅうと『友達対局』で対局したりとか。『この人が強い』っていう情報を聞きつけると、その人のところに教わりに行くわけ。それを見て連珠界の人たち、『牧野さん、ヤバくない?』ってびっくりしてんだけど、私からすればすごく懐かしくて。将棋界って、強い人をつかまえて教わるっていうのは、みんなやってることじゃん? 強くなるためのいちばん王道なのよ。牧野さんはそれを少年のように実践してるから面白かった。東京まで来ちゃうもん。その年の3月がそれで、牧野さんはすぐにいろんな連珠会に顔を出すようになって。私は8月に世界選手権でA級の人たちと一緒にエストニアに行ったのね。で、帰ってきた日にさ、成田空港に朝着くんだけど、そこに牧野さんがいたの。待ち構えて」

牧野五段、成田空港で世界選手権帰国組を出迎える(撮影:藤田麻衣子)
牧野五段、成田空港で世界選手権帰国組を出迎える(撮影:藤田麻衣子)

――あはははははは。関西に住んでる人が千葉の成田まで! すごい情熱ですね。

藤田「『ウソでしょ? 本当に来るの?』って思って。『打ちたくて来た』って言って。中山さん(現珠王、元名人)がつきあって一緒に泊まって、一日、二日、連珠してた」

――ひえー、としか言いようがないですね。牧野さんもすごいけど、それにつきあった中山さんも素晴らしい。

藤田「でも、そういう若者、将棋界にいなかった?」

――そこまで熱い人は、現代ではなかなか見ないかもしれませんね(笑)。それは昔風の話かな。明治の昔、全国各地に対戦相手を追い求めてた、関根金次郎(13世名人)の修行時代の激熱エピソードみたいな。

藤田「そうか(笑)。私も連珠にはまり出した時って、最初みんなに驚かれて。『すごいぴえちゃん、ハマるんだね』みたいな感じで。私と同じか、それ以上にぐいぐい来てるのが、牧野さんだったから。牧野さんがどんな人かって、私は今でも全然よく知らないし(連珠以外で)話もしたことがない。でも一緒にいると、同じ血なのがわかる。『この人、私と同じだ!』ってお互いにそう思ってる間柄だと思う」

――互いに多くしゃべるわけではないけれど、連珠というゲームを通して、互いに通じ合うところがあるんですね。そんな始めて間もない二人が、連珠名人戦のA級まで入るっていうのはやっぱり異例のことだって、岡部さん(寛九段)が言ってました。連珠界ではどんな反応がありますか?

藤田「・・・いや、それがさ。連珠の人たちも最初は『どうぶつしょうぎの人が来てくれた! ありがたい、これで連珠もついでに広まれば』みたいな感じだった。中倉彰子さん(将棋女流二段)と宏美さん(将棋女流二段、日本女子プロ将棋協会代表理事)がシモキタ名人戦の体験コーナーで連珠やってくれたりした時は『うれしい!』みたいなことを言ってウキウキしてるわけ。ところがさ! 私や牧野さんみたいにガチにハマってると、ドン引きされるんだよね!」

――うはははははは。その空気感、わかる気がする!

藤田「『あなたたち、将棋の方は大丈夫なんですか?』って。本気で心配してんの、みんな。こっちはそんなのどこ吹く風でやってるから『語る言葉も見つからない』みたいな感じで見られてる。だからさ『人の願望って、自分の想像の斜め上を超えると処理できないんだな』ってわかった。『連珠を普及したい』って言いながら、ここまで急激にハマってる状態を見ると、どう扱っていいのかわからないみたい。だってさ、牧野さん、順位戦(将棋界における重要なリーグ戦)の前日、深夜まで五目クエストでやってたもん。私、牧野さんが次の日に順位戦とか当然知らないからさ、朝(スマホで将棋の)中継画面開いて、びっくりすんのよ。『えーっ!? ウソでしょ? あんた昇級候補じゃん!』って」

――順位戦を神聖視する将棋界の目線で見れば、信じられないような話ですね(笑)。牧野さんは2019年度C級2組順位戦で、最後は惜しくも昇級を逃してしまったけれど、途中までは7連勝でした。『連珠にハマったら将棋まで好調になるのか?』って声もTwitter上で目にしましたね。

藤田「たとえば(将棋の対局が夜の)11時ぐらいに終わるでしょ。そしたら12時か1時ぐらいには(ネットの連珠の対局場に)いるんだよ。『えーっ!? やるの、順位戦のあとに?』みたいな」

――いやすごい。

藤田「牧野さんに聞いたことがあって。久しぶりに駒を持って将棋の対局をすると、新鮮で面白いんだって」

――なるほどね。将棋の棋士でも、囲碁にめちゃくちゃハマるみたいな話は聞いたことがあります。凝り性な人が多いんでしょうね。それで牧野さんの場合は将棋と連珠とで、好循環なのかもしれませんね。

藤田「牧野さんは純粋に『強い人が何を考えてるのか知りたい』っていう情熱にかられて突き進んでるのがビシバシ伝わってきて」

――最初の話に戻りますけど『連珠なんていくらやっても儲からない、本業でもない趣味に時間を浪費してる』と下世話な見方をする人もいるでしょうね、きっと。

藤田「でもたぶん、私も牧野さんも、そんなこと1秒も考えたことがなくて。牧野さんにあるのは知的好奇心で。ちょうどいいぐらいに壁となる人たちがいるから、そういう人たちに挑戦したくてたまらない感じで」

――なるほど。将棋界に羽生善治九段や藤井聡太棋聖が存在するように、連珠界にもスーパースターがいると思います。その人たちのことを語ってもらえますか?

藤田「その前にちょっとコーヒー入れてきていい?」

――あっ、そうですね。じゃあ休憩にしましょう。

(次回に続く)

撮影:松本博文
撮影:松本博文
将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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