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17歳の間もひたすら勝ち続けた藤井聡太棋聖、17歳最後の一日も白星で飾る 強敵・菅井竜也八段に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月18日。東京都渋谷区、シャトーアメーバにおいて将棋日本シリーズ・JTプロ公式戦1回戦▲藤井聡太棋聖(17歳)-△菅井竜也八段(28歳)戦がおこなわれました。

 15時12分に始まった対局は16時46分に終局。結果は103手で藤井棋聖の勝ちとなりました。

 翌日に18歳の誕生日を迎える藤井棋聖は、17歳最後の日を白星で飾りました。

 藤井棋聖には勝利者賞として「テーブルマークパックご飯1年分」が贈られました。

 2回戦に勝ち上がった藤井棋聖は9月12日、豊島将之竜王・名人(30歳)と対戦します。

藤井棋聖、相穴熊で快勝

 本棋戦に出場できるのは、前回優勝者、タイトル保持者、獲得賞金ランキング上位のわずか12人。永瀬拓矢二冠(27歳)は今回が初出場となります。

 菅井八段の出場は今回で3回目となります。初出場の2018年には、準優勝の成績を収めました。優勝したのは渡辺明現二冠。渡辺二冠は昨年も優勝して2連覇中です。

 一方の藤井棋聖は2回目。史上最年少での初出場となった昨年は1回戦で三浦弘行九段と対戦し、敗れています。

 例年だと公開対局でおこなわれる本棋戦。今年はコロナ禍の影響により、ここまでABEMAのスタジオにおいて、無観客でおこなわれています。

 また本棋戦は、対局者に和服の着用が義務付けられている点も特徴的です。藤井棋聖が公式戦で初めて和服を着て臨んだのは、昨年の三浦九段戦でした。

 藤井棋聖は一昨日16日、棋聖戦五番勝負を制し、史上最年少で初タイトルを獲得したばかりです。

 藤井棋聖は大阪から東京に移動しての対局となります。

 本局開始前、藤井棋聖は次のように語っていました。

藤井「JT杯には前回初めて出場することができまして、その時に封じ手なども経験することができたので、今回はそういった経験をいかして戦いたいというふうに思っています」

 対局の途中で封じ手がおこなわれ、観戦者に「次の一手」の問題が出題されるのもまた、本棋戦の特色です。

 岡山県在住の菅井八段も、東京まで遠征しての対局です。

菅井「自分はせいっぱい力を発揮できるようにがんばりたいと思います。よろしくお願いします」

 開始前の意気込みを簡潔に語りました。

 両対局者の過去の対戦では、振り駒はすべて上位者だった菅井八段の「振り歩先」でした。本局は序列順が入れ替わり、藤井棋聖の「振り歩先」となります。

 棋譜読み上げの高浜愛子女流2級が畳の上に敷いた紺色の布の上で振り駒をした結果、「歩」が4枚出て、藤井棋聖の先手と決まりました。

 その後で向かって左側に藤井棋聖、右に菅井八段が座ります。両対局者は一礼し、上位者の藤井棋聖が駒箱に手を伸ばし、駒袋のひもをほどいて、盤上に駒をあけます。

高浜「振り駒の結果、藤井棋聖の先手となりました。持ち時間はそれぞれ10分。それを使い切りますと、1手30秒未満で指していただきます。ただし1分単位で、それぞれ5回の考慮時間があります。それではよろしくお願いいたします」

 両対局者は「お願いします」と言いながら一礼。対局が始まりました。

 早指しなので1秒でも惜しいのではないかと思われるところですが、藤井棋聖はいつもとかわらぬゆったりとした所作で、まずは冷たいお茶を口にしました。そして飛車先の歩を手にして、1つ前に進めます。

 菅井八段は早見え早指しの振り飛車党。一呼吸を置いて、2手目に角道を開けました。そして4手目に角道を閉じ、6手目に四間飛車の作戦を明示しました。

 藤井棋聖が早めに3筋の歩を突いて、急戦、持久戦、いずれにも出られる姿勢を見せると、菅井八段は4筋から3筋に飛車を転じ、いつでも動いていける態勢を作ります。

 序盤から微妙な駆け引きがあったあと、両者は盤上隅に玉を囲い合う「相穴熊」の進行となりました。対して藤井棋聖はできるだけ離れ駒を作らないよう、慎重に固めていきます。

 ABEMA解説の藤井猛九段は2002年と2005年の2回、優勝を飾っています。

 藤井九段は藤井棋聖の35手目を封じ手にしようと、盤側の高浜女流2級に伝えようとしたものの、うまく伝わらず、藤井棋聖は居飛車を1つ左の3筋、袖の位置に動かしました。

 先日の王位戦第2局では2日制のタイトル戦で初めて封じ手記入を経験した藤井棋聖。本局では37手目が封じ手とされました。タイトル戦では別室に移動することになりますが、本棋戦では盤の前に座ったまま、相手に見えないように封じ手を記入します。藤井棋聖は用紙を封に入れ、高浜女流2級に渡しました。

 ここで両対局者は休憩に入ります。

 藤井九段はかつて決勝でこの休憩中に妙手を発見し、勝ちに結びつけたことがあったそうです。

 休憩後、封じ手開封。藤井棋聖は銀を上がって穴熊を完成させます。オーソドックスな予想の第一候補で、アンケートでも半数を超える一番人気でした。

 互いに穴熊が完成したしたあと、まだしばらくは本格的な戦端は開かれず、差し手争いが続きます。その間に藤井棋聖は穴熊の強度を高めました。

 駒がぶつかったのは互いの攻撃の主力である飛車が位置する右辺ではなく、穴熊側の左辺でした。

藤井「(58手目)△7四金が少し手厚い形になってしまったので、もう少しその前に違う指し方があったかもしれないな、とは思っていました」

菅井「でも7四金とか8四角がはたらきにくいかなと思ってたので、自分もちょっと苦しいかなとは思ってましたけど」

 このあたり、互いに相手の駒を取り合う激しい変化も含みとなっていました。本譜は押し合いの中で、金銀交換がなされます。

 金と銀は似た駒ですが、一般的にはわずかに金を手にした方が勝ります。また菅井陣右辺には攻めに使いたい銀が取り残されています。藤井棋聖はそれほど自信がなかったようですが、客観的には、ここでは藤井棋聖がリードを奪っていたようです。

 菅井八段は飛車を転じて藤井陣に成り込みます。一方で藤井棋聖は角を成り込みます。菅井八段は自陣に取り残されていた銀を取らせる方針で進めました。この段階で駒割は藤井棋聖の金得。まだ難しいところはあるものの、形勢は次第に藤井棋聖優勢に傾いてきます。

 菅井八段は形勢が苦しくなってからの粘りもまた一流です。特に振り飛車穴熊では数々の大逆転勝ちを収めてきました。しかし本局の藤井棋聖の指し回しは、菅井八段に粘りを許しませんでした。

 藤井棋聖は遊んでいる自陣の飛車を菅井八段の龍と交換。そして手にした飛車を菅井陣に打ち込んで、的確に寄せを進めていきます。

 最後は正確な速度計算で飛車も切り飛ばして穴熊を薄くして、金銀をはりついて一手勝ちの情勢です。

 1分単位で5回の考慮時間を菅井八段が使い切った後も、藤井棋聖は2回は残しています。この時間のペース配分もまた、完璧と言えそうです。

 100手目。菅井八段は藤井陣に歩を打って金取りで迫ります。下段の二枚飛車と合わせて、迫力ある攻め方です。

 しかし藤井棋聖はなんら動じた様子も見せず、また指し手も誤りません。さほど時間を使うことなく、菅井玉に王手をかけます。こう迫っていけば、やはり一手勝ちとなります。

 103手目。藤井棋聖は馬を引いて王手をかけます。

「20秒、1、2、3、4、5・・・」

 秒読みの声が響く中、菅井八段は駒台に右手を添え一礼。

「負けました」

 と投了を告げました。

 棋聖位を獲得して最初の対局、そして17歳最後の対局を、藤井棋聖は勝利で飾りました。

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 日本各地を駆け巡ってのハードスケジュールが続く藤井棋聖。棋聖戦第5局がなくなった分だけ、ここから数日はほんの一息、というところでしょうか。

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 9月12日、2回戦で対戦する豊島竜王・名人は現在の将棋界の席次第1位。さすがの藤井棋聖もこれまで4連敗を喫しています。藤井棋聖にとっては、まさに「ラスボス」と呼ぶにふさわしい相手かもしれません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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