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あるいは棋聖宗歩の再来か――新時代を駆け上がる藤井聡太七段(17歳)初タイトル棋聖位獲得まであと1勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月28日。東京・将棋会館において第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局▲渡辺明棋聖(36歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦がおこなわれました。

 9時に始まった対局は18時38分に終局。結果は90手で藤井七段の勝ちとなりました。藤井七段はこれで2連勝。あと1勝で五番勝負を制し、初タイトル棋聖位を獲得します。

 もし次の第3局で初タイトル獲得となれば17歳11か月での戴冠。屋敷伸之五段(当時18歳6か月)を抜き、史上最年少記録更新となります。

 第3局は7月9日、東京都千代田区・都市センターホテルでおこなわれます。

藤井七段、新時代感覚の金上がりで大局を制す

 渡辺棋聖先手で戦型は急戦調の矢倉。

 本局のハイライトは42手目、藤井七段が守りの要である金を△5四金と上がった手でしょう。これは旧来の将棋観では、とてもいいとは思えない構想でした。しかし進んでみると、大局を制していたのは藤井七段でした。

藤井「序盤はやってみたかった作戦で、積極的に動いていけたかなと思っていたんですけど・・・。△5四金というのは、その局面になればやってみたい手だなと思っていました。5三歩型だと部分的にある手なので、はい、本譜の形でもやってみたかったです」

渡辺「△5四金からちょっと大胆な指し方で来られて・・・。均衡が取れるように指してたつもりだったんですけど、ちょっと・・・。一気にばたばたとダメになってしまったような内容で。(△5四金について再度問われ)前例もあまりない将棋だと思うんで、互角ぐらいのわかれを探してはいたんですけど」

 この△5四金は新時代を駆け上がる藤井七段の姿を表す、象徴的な一手となりそうです。

 ただし△5四金以下の手順だけで、勝負が決まったわけではありません。途中は58手目、藤井七段が自陣一段目に△3一銀と打って受けたあたりでは、少し難しくなったかと思われました。その△3一銀もまた、ほとんどの人が予想できないであろう一手です。

藤井「△5四金の後も難しいと思っていました。途中から激しくなったんですけど・・・。▲6六角に△3一銀と受けたんですけど、△3一銀だとあまり自信がある感じじゃないのかなと思いました。こちらの玉が壁金になっていて薄い形なので、難しい局面が続いたのかなと思います」

渡辺「▲6六角打って△3二金かなと思ってたんで。いやあちょっと△3一銀は全然読めてなかったですね。そのあとやってたら、いきなりダメになってしまったんで。▲3四歩と取り込んだあたりがちょっと悠長だったのかな、というのはいま思っていることですけど」

 当代の第一人者である渡辺棋聖の指し手は自然であり、疑問手があったようには見えません。「本当にそれはいい手なのか?」と観戦者の目を驚かせる手を指していたのは藤井七段の方です。そして優位に立ったのもまた、藤井七段でした。

 棋聖位は現在、渡辺棋聖と藤井七段が五番勝負で争っている、現代将棋界のタイトルの名称です。

 一方で、将棋界で単に「棋聖」といえば、これはただ一人、幕末の棋聖・天野宗歩(1816-1859)をさします。

 宗歩は幼少期から恐ろしいばかりの才能を見せました。時代の数歩先をゆく新感覚で序中盤からぶっちぎりの大差をつけ、旧来の強豪たちを圧倒。宗歩は将棋家の当主を継がなかったため、名人位には就かず、形式上の段位は七段に留まりました。しかしその技量は後世、名人九段の上、実力十一段とも、十三段とも称えられました。

 師匠の杉本昌隆八段から贈られた和服で本局に臨んだ藤井七段。あるいはその姿は、若き日の棋聖宗歩と重なるのかもしれません。

藤井「和服は長時間の対局では初めてで、どんな感じかわからないところもあったんですけど、実際着てみると、思ったより快適というか。普段どおりやれたのかな、と思っています」

「勝ち将棋鬼のごとし」という言葉通り、優位に立ってからの藤井七段の側には、次々と好手が出ます。

 最後は銀を捨てて、ぴったり渡辺玉は詰み。90手で完勝を飾りました。

藤井「ここまでいい状態で指せているかなあと思うので、次戦も気負わずに臨みたいなと思っています」

渡辺「今日はちょっと差がついてしまったので・・・。えー・・・。そうですね、もう少しいい将棋を指さないといけないな、とは思います」

 藤井七段はこれで五番勝負で2勝目。あと1勝で初タイトル獲得となります。

藤井「五番勝負だと5局で一つの勝負だと思っているので、次も今までと変わらない気持ちで臨めればと思っています」

 藤井七段、渡辺棋聖ともにハードスケジュールが続きます。

藤井「対局が今後続くことになるので、休むときはしっかり休んで、調子を崩さないようにしたいなと思います」

渡辺「(名人戦第3局から)昨日は中一日だったんですけど、睡眠とかも予定してた通りに取れたんで(笑)。今朝起きた段階では体調がよかったんで、そのあたりは体調管理や研究などもうまくこなせたと思うんですけど」

 両対局者にとっては怒涛の6月が終わりました。そしてまた、怒涛の7月が始まろうとしています。私たち観戦者はいま、それら歴史的な対局をリアルタイムで見続けていられる、幸福な時代に生きているのでしょう。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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