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「序盤、中盤、終盤、スキがない」と称えられた豊島将之六段(当時21歳)称えた佐藤紳哉六段(34歳)

松本博文将棋ライター
2011年、弱冠20歳で王将戦七番勝負に登場した豊島将之六段(撮影:筆者)

豊島? 強いよね。序盤、中盤、終盤、スキがないと思うよ。だけど、おれは負けないよ。えー、こまたっ、駒たちが躍動するおれの将棋を、皆さんに見せたいね。

出典:2012年NHK杯、佐藤紳哉六段

 多くを語る必要はないかもしれません。以上は将棋ファンでは知らない人がいないであろう、名台詞です。

 2012年4月22日に放映されたNHK杯将棋トーナメント▲佐藤紳哉六段(当時34歳)-△豊島将之六段(21歳)戦。対局前のインタビュー映像で、佐藤六段は以上のように語りました。

 身体を左右をゆらゆら揺らせながら、途中少しかんでしまうところまで、完コピできる人も多いでしょう。

 まずは相手の強さを素直に称える。棋士の才能を表す際「序盤、中盤、終盤、スキがない」とは、ほぼ最大級に近い賛辞です。

 その上で勇ましく「負けない」と口に出して決意を表す。謙譲が美徳の将棋界において、近年は特に見られなくなった姿勢でしょう。これで観戦者が沸かないはずがありません。

 豊島六段(現竜王・名人)の強さは、棋界通であれば知っていました。前年の2011年、王将戦で史上最年少の20歳で挑戦権を獲得し、七番勝負にも登場しています。

 それでも豊島六段の才能を世間に広く知らしめたのは、やはり佐藤紳哉六段の功績が絶大でしょう。

 その時のNHK杯の対局。後手番の豊島六段は序盤で中飛車の作戦を取りました。中盤の戦いでは押し引きを制して優勢に。終盤は終始リードを保ったまま、最後はきれいに相手玉を詰め上げました。なるほど、まさに序盤、中盤、終盤、どこにもスキのない完勝でした。

 NHK杯が収録されてほどなく、豊島六段は七段に昇段します。

 第3回電王戦。棋士とコンピュータ将棋の真剣勝負をうたう対局は、5対5の団体戦でした。この時の棋士側の出場者は屋敷伸之九段、森下卓九段、豊島将之七段、佐藤紳哉六段、菅井竜也五段(段位はいずれも当時)。いずれも熱いメンバーです。

 2013年の出場棋士発表会。豊島七段の名が挙げられた時の将棋ファンのどよめきはすさまじいものがありました。「背水の陣」において人間側がにおいて、人間界の王者の系譜を継ぐ若者を押し立ててきた。ファンはそう受け取りました。いまコメントを見返してみても、当時の高揚感が伝わってきます。

 PVでの紹介が「最強のエンターティナー棋士」佐藤紳哉六段から「羽生、渡辺に続く天才オールラウンダー」豊島将之七段という流れもまた最高でした。(上記リンクの記者発表会では03:58あたりから。PV動画ではこちらから見返すことができます)

 当時の電王戦。現在のAbemaTVトーナメント。団体戦には棋士の関係性から個人戦にはないドラマが生まれます。

 記者発表会では佐藤六段に次のような質問がされました。(1:03:20あたりから)

「錚々たるメンバーが揃ってるんですけども、その中で豊島さんの印象をおうかがいしたい」

 この質問で会場からは笑いが起きます。アドリブは苦手という佐藤紳哉さん。それでも多くの人の期待に応え、次のように答えます。

佐藤「豊島、強いよね。・・・よろしいでしょうか」

 隣りに座っている豊島七段も一緒に笑っていました。

佐藤「まあけど今回、棋士のメンバーすごい揃ってまして。屋敷九段をはじめ。その中でも豊島君、本当に強いので、団体戦として勝ちが期待できるんじゃないかな、と思っています」

 2014年におこなわれた第3回電王戦。唯一の勝利を挙げたのが豊島七段でした。

2014年電王戦、YSSを相手に勝利を挙げた豊島将之七段(撮影:筆者)
2014年電王戦、YSSを相手に勝利を挙げた豊島将之七段(撮影:筆者)

 誰もが認める大器ながら、なかなか実績には結びつかなかった豊島七段。電王戦の準備の過程でコンピュータ将棋の強さを改めて認識すると、以後は積極的に研究に用いるようになっていきます。

 そして現在の活躍はすでに周知の通りです。2017年にA級に昇級し、八段昇段。2018年には無冠を脱し、棋聖、王位を続けて獲得します。(ちなみに2020年現在の藤井七段も、タイトル獲得の過程に関しては同様の順をたどる可能性があります)

 2019年には名人、竜王の「大二冠」を獲得して、史上4人目の同時保持者となりました。

「序盤、中盤、終盤、スキがない」

 豊島竜王・名人が活躍するたびに用いられる賛辞は、依然変わりません。

 6月2日におこなわれた棋聖戦準決勝▲藤井聡太七段-△佐藤天彦九段戦。佐藤紳哉七段はABEMAの中継で解説を担当していました。

 佐藤紳哉七段はそこで、次のようにも語っていました。

佐藤「今回、藤井七段は最年少タイトルを目指すということで。ここに来て屋敷(伸之)九段の記録がクローズアップされてきたり。藤井さんが新四段の頃、連勝した時があったじゃないですか。29連勝して。その時は神谷(広志)八段の昔の記録がクローズアップされてきたり。そういう記録によって昔のことを掘り起こしてくれる、偉大な記録を思い返してくれるというのは、すごくいいですよね」

 しみじみとした口調で、いい話が語られます。そして以下のように続きます。

佐藤「これで僕、思ったのは、将来、藤井君がハゲてカツラをかぶる時が来るかもしれないじゃないですか。そうしたら、カツラの棋士として、私がクローズアップされるんじゃないかな、と思って。過去にはこんな人もいましたと。それをちょっと期待してるんですけどね」

 どう反応していいのか。聞き手の女流棋士も困惑気味の、話の着地点でした。

 藤井聡太七段が今後どうなろうとも、佐藤紳哉七段のパフォーマンスはファンの記憶に残り続けるでしょう。

 そして若き日の豊島竜王・名人を評した名台詞もまた、きっと後世に残るでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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