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負けて打ちひしがれる藤井聡太七段(17)連勝止まり今期王座戦敗退 難敵・大橋貴洸六段(27)に敗れる

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月10日。大阪・関西将棋会館において王座戦二次予選決勝▲藤井聡太七段(17歳)-△大橋貴洸六段(27歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は21時21分に終局。結果は110手で大橋六段の勝ちとなりました。

 大橋六段はこれで本戦(ベスト16)進出。1回戦では斎藤慎太郎八段と対戦します。

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 一方の藤井七段は今期王座戦で永瀬拓矢王座へ挑戦する可能性は絶たれました。また昨年度3月から続いた連勝も10でストップしました。

大橋六段、後手番で横歩取り3連投

 藤井七段先手で横歩取り。大橋六段は過去に後手番で藤井七段を相手に横取りに誘導して2連勝。そして本局でもまた横歩取りに誘ったことになります。

 互いの大駒が中段でにらみあい、早い段階でこの戦型特有の激しい展開となりました。

大橋「序盤からなかなか難しいというか、どうでしたかね。ちょっと判断がつかなかった将棋だと思うんですけど。ちょっと無理気味に動いていたような気もしたんですけど・・・。まあ、難しかったですかね」

 大橋六段は35手目、1時間44分の長考をしました。そして角銀交換の駒損から藤井陣に飛車を打ち込んで迫ります。

大橋「あそこは何かこちらはやっていかないといけない局面になっていたので。ちょっと(角銀交換の駒損で)角を切るというのは結構決断のいる一手だったんですけど。ちょっと読みが必要な局面だったので、時間を使いましたね」

藤井「あまり経験のない将棋で、一手一手、手探りという感じだったんですけど(34手目)△8四飛車から△8八角成と強く踏み込まれて、その手が思ったより厳しかったのかな、という気がします」

 進んで駒割は飛と金銀の交換となりました。大橋六段が逆に駒得となったものの、藤井玉は安全な方に逃げ出して安定。藤井七段が飛角角の大駒3枚を駒台に乗せて、藤井七段ややリードかというところでした。

 藤井七段は大橋玉にすぐに迫るか。それとも逆サイドから攻め入るか。どちらも考えられそうなところで、藤井七段は後者を選びました。

藤井「(51手目)▲8五飛車から▲8二角に期待していたんですけど、それが思ったより成果が上がらなかったのかな、という気がします」

 藤井七段は大橋陣に角を打ち込んで、金との交換で龍(成り飛車)を作ります。対して大橋六段は持ち駒の金を打ち、龍取りで対応をうかがいました。

 藤井七段はそこで龍を逃げず、もう1枚の飛車を金頭に打ち込む▲7二飛という強襲を考えていたそうです。しかし誤算に気づき、龍を逃げながら香を取る▲9一龍を選びました。

藤井「△7一金に(▲9一龍ではなく)▲7二飛車が打てるつもりでやっていたので、▲9一龍ではなんというか、苦しくしてしまったのかなと思いました」

藤井「けっこう激しい将棋になったんですけど・・・。途中で誤算があってそのあたりから、なんていうか、だめにしてしまったのかなという気がします」

 藤井七段は2枚目の飛車も大橋玉から遠い端に打ちました。このあたりの方針がどうも疑問だったようで、大橋六段が差を詰めていきます。

 藤井七段には珍しく――。というべきでしょう。そして相手の大橋六段がまた強かった、というべきでしょう。少しずつ藤井七段が失点、大橋六段が得点を重ねたようで、いつしか形勢ははっきり大橋六段が優位に立ちました。

大橋「(▲9一龍のあたりでは)難しいのかなと思ってました。(66手目、遠く角筋を利かせて9一龍取りに)△7四歩と突いたあたりは、なんとなく手応えがあったという感じですかね」

 75手目。藤井七段は残り時間の8分をすべて使い切って、あとは一分将棋となりました。そして玉の早逃げをします。しかし左右はさみ撃ちの形は解消されません。時間もない中、藤井七段は苦しい終盤が続きます。

 対して大橋六段は55分を残しています。そして3分を使って藤井玉に成銀を寄せ、勝利のゴールへと近づいていきます。

 大橋六段の2枚の馬(成角)が急所に働いているのに対して、藤井七段の飛車と龍(成り飛車)が盤上隅に封じ込められているのが痛い。

 さすがの藤井七段も万事急すか。そう思われたところで、最終盤を迎えました。

幻の逆転劇?

 藤井七段は大橋玉を一段目に落とし、三段目に香を成り込んで詰めろをかけます。

 ここをしのげば大橋六段の勝ち。そして一見、受けは比較的簡単ではないかと観戦者には見えました。しかしそれがどうも簡単ではないようです。いくつかの受けはあっという間に逆転につながります。大橋六段も時間を使って考え始めました。

 将棋を勝ち切ること、中でも藤井七段を相手に勝ち切ることは、そう簡単ではない。それを痛感させられるような場面でした。

「もう評価値は関係ないぞ!」

 解説者の藤森哲也五段がそう叫びます。ソフトが導き出す評価値がいかに離れていようとも、わずか一手誤っただけで逆転するのが将棋です。

 大橋六段は44分のうち16分を使って、銀を打ちました。これがほぼ唯一に近い正解だったようです。

 藤井七段は隅で遊んでいる攻めの主力の龍を、大橋陣外郭の守備隊長である金と刺し違え、勝負を捨てずに指し続けます。

 90手目。大橋六段はノータイムで藤井玉の頭に△3七香と王手で打ちました。これはさすがの好手か・・・と思いきや。ソフトが示す評価値は数千点差がひっくり返り、逆に藤井よしを示しています。これはまさかのドラマが起こったのではないか・・・?

「何が起きてるんですか?」

 解説の飯塚祐紀七段も驚きの声をあげました。

 △3七香には▲4八玉と逃げる、おそるべき妙手があったのかもしれません。以下△7五馬と当たりになっている馬を逃げられながら王手をされて全然だめのようですが、そこで▲5九玉とかわし、これがきわどくしのぐ形になっています。

 本譜、一分将棋の藤井七段は▲3七同玉と応じました。以下、大橋六段は王手で飛車を打ち、自玉上部をしばる成香を抜くことに成功します。これで今度こそ、勝負あったようです。

 大橋六段が最後の勝ちを確認をする時、藤井七段はしばし中空を見上げていました。先日の棋聖戦第1局。藤井挑戦者を相手に負けを確認した時、渡辺明棋聖もまた、同じような仕草を見せていました。

「プロの仕事ですね。素晴らしい将棋です」

 飯塚七段は大橋六段の技量を称えました。

垣間見えた負けず嫌いの片鱗

 藤井七段はマスクを少しずらしてお茶を飲みます。そしてまた中空を見上げ、そしてがっくりと首が折れました。藤井七段であれば、数秒もかからず自玉の詰みは読み切れるところでしょう。そこで投了してもおかしくはない。

 しかし藤井七段は投げきれないかのように、駒台の歩を手にして、合駒に歩を打ちます。

 これだけ打ちひしがれた様子の藤井七段を見るのは、本当に久しぶりのことです。幼少時の藤井少年は名うての負けず嫌い。将棋に負けるたびに大声をあげて泣くことで、地元将棋界では有名でした。

 長じて――といってもまだ現在17歳ですが、藤井七段はプロ棋界で、ほとんど負けることなく勝ち続けています。そして10回に1度か2度か。負けても終局後は、冷静に敗局を振り返っています。

 しかしそれでもごくたまに、対局中、負けを自分に言い聞かせ、受け入れざるをえない瞬間に、今でも本質的には変わらない、負けず嫌いの心の奥底を垣間見せることがあります。

 110手目。大橋六段は銀で藤井玉に王手をかけます。藤井七段はじっとうつむいたままです。

「50秒、1、2、3、4・・・」

 記録係の秒読みの声にうながされるようにして、藤井七段は一礼。

「負けました」

 マスクの奥から声をふりしぼるように、そう告げました。頬に手を当て、しばらくまたうつむき、そして中空を見上げました。

 大橋六段は難敵中の難敵を降し、これで王座戦本戦進出。1回戦で斎藤慎太郎八段と対戦することが決まりました。

大橋「そうですね、変わらず・・・。自分らしく何か指していきたいなと思います」

 大橋六段は対藤井戦の成績は2連敗からの3連勝。しかもその3連勝はすべて後手番を持ってのことです。先手番の藤井七段にこれだけ勝っている棋士はいないようです。

 インタビューで本局を振り返る際には、藤井七段はいつものしっかりした受け答えで応じました。

藤井「残念な結果でしたけれども、内容を反省して、次につなげたいと思います」

 藤井七段はそう語りました。

 感想戦は手短に、7、8分ほどで終わりました。

 東奔西走の日々が続く藤井七段。大阪・関西将棋会館を後にして、新幹線で地元愛知県に帰っていきます。

 藤井七段の連勝は10でストップし、今期王座戦はここで敗退となりました。

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 しかし藤井七段は他にも多くの棋戦で勝ち残っています。

 ほとんど休むまもなく13日。王位戦リーグ最終局、阿部健治郎七段戦が控えています。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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