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新時代の天才・羽生善治五段(18歳)歴代4名人を連破して史上最年少でNHK杯優勝(1988年度)

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1988年度(第38回)NHK杯決勝は▲羽生善治五段(18歳)-△中原誠NHK杯(41歳)という組み合わせになりました。

 収録されたのは1989年2月20日。元号が平成に変わった後の大一番でした。

 2020年6月7日。NHK杯戦アーカイブスで、その模様が再放送されました。

 見逃してしまったという方は、現在ABEMAでも見ることができます。

 Aブロックを勝ち上がってきたのは前年度優勝の中原NHK杯。

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 中原NHK杯は当時、棋聖、王座を合わせ持つ二冠。2009年に引退するまでには名人15期、十段11期、棋聖16期などタイトル通算獲得数は64期。言うまでもなく将棋史に名を残す超一流棋士です。

 一方でBブロックを勝ち上がったのは新時代の天才、羽生五段です。

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 先手となった羽生五段はひねり飛車の作戦を取ります。戦機をとらえて開戦し、リードを奪いました。そして角、飛車を順に切って2枚のと金を作り、中原陣に殺到します。

 終盤、▲4三銀とただで取られるところに銀を打ったのが鮮やかな王手でした。しかしそれを取ると準々決勝・加藤一二三九段戦の▲5二銀と同様、玉が詰んでしまいます。

 銀を取っては負けとなる中原NHK杯は、玉を逃げてこらえます。進んで、羽生五段がその銀を▲3四銀成と成り返ったのが最後の決め手。これも金でただで取られるところですが、そうすると端まで逃げた中原玉は詰んでしまいます。

 総手数は97手。

「一方的にやられちゃいましたかね」

 終局後、中原二冠が苦笑するほどの、羽生五段の圧勝劇でした。

 こうして天才・羽生五段は、大山康晴15世名人、加藤一二三九段、谷川浩司名人、中原誠棋聖・王座と名人経験者4人を連破して、史上最年少18歳で優勝を飾りました。

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「非常に重みがあって・・・」

 優勝杯を手にして感想を求められた羽生五段は、そうコメントしました。その後、優勝杯には何度も「羽生善治」の名が刻まれていきます。

 この決勝戦の見どころは、羽生五段の鮮烈な強さの他に、大山15世名人(当時日本将棋連盟会長)の解説の的確さも挙げられるでしょう。大山15世が予想する手は、先に未来をのぞいてきたかのように、ことごとく的中していきます。それはまさに、名人芸を見ている感がありました。

 その大山15世名人がほぼ唯一はずした予想がありました。以下は聞き手の永井英明さんとのやり取りです。

永井「中原-羽生戦といえばどちらも勝率が抜群でございまして。中原名人は6割8分ぐらい。6割8分何厘です。これは千何百指してですから、大変な勝率でございまして。羽生五段の方が7割8分」

大山「そりゃまだ歳が若いし、年月がね」

永井「ほんの2、3年の間ですけどね、高い勝率です」

大山「羽生さんでもね、10年、15年すればやっぱり、6割ぐらい落ちますよ」

永井「そりゃそうですね。勝負の世界はだいたい6割勝てば大変だといいますから」

 大山15世が語っている通り、どれほどの大棋士であっても、いずれ通算勝率は6割台に落ち着く。それがこれまでの将棋界の常識でした。

 しかし羽生五段はその後も予想を上回るハイペースで勝ち続けました。

 2020年6月7日現在、羽生現九段の生涯成績は1459勝609敗(勝率0.7055)です。

 NHK杯で多く優勝している棋士は大山15世名人(8回)、加藤九段(7回)、中原16世名人(6回)。

 羽生九段はそれらの偉大な先人の記録をすべて超え、現在までに通算11回の優勝を果たしています。またNHK杯10回以上の優勝者に与えられる「名誉NHK杯」の資格を、将棋界では唯一得ています。

 羽生五段が達成した18歳という史上最年少での優勝記録も現在まで更新されていません。

 藤井聡太七段(17歳)が仮に今年度(2020年度)優勝したとしても、同じ18歳ながら、月数の差で羽生五段の年少記録には及びません。

 藤井七段で抜けないとなれば、羽生五段の記録は空前にして、おそらくは絶後ではないでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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