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新時代の王者を目指す藤井聡太七段(17)現代の王者・羽生善治九段(49)にデビュー以来3連勝

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月18日。東京・将棋会館において第61期王位戦リーグ白組1回戦▲羽生善治九段(49歳)-△藤井聡太七段(17歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は19時51分に終局。結果は113手で藤井七段の勝ちとなりました。

 藤井七段はこれでデビュー以来、羽生九段に公式戦3連勝です。

 リーグ成績は藤井七段1勝、羽生九段1敗となりました。

藤井七段、長考合戦を制して堂々の勝利

藤井「羽生九段との対戦ということで、非常に楽しみでしたし、集中して臨むことができました」

羽生「まだなかなか、対戦する機会が少ないので、一局一局、非常に楽しみにしていました」

 両対局者は局後にそう語っていました。

 戦型は角換わり腰掛銀。羽生九段は王者らしく、これまでの姿勢と変わらず、藤井七段の得意から逃げずに受けて立ちました。

羽生「今日は角換わりでやってみようかな、とは思ってました。途中まではけっこう前例がある形なんで、そこが離れてからが、非常に指し方が難しかったです」

 藤井七段が見せた新工夫に対して、羽生九段は昼食休憩をはさんで41分を使いました。そして飛車先の歩を交換する順を選んでいます。

 対して今度は藤井七段が読みにふけります。そして相手の動きに応じて、反撃しました。角金交換からと金を作る、一見わかりやすい手順。

「これで決まっていれば話は早い」

 というのは将棋を伝える側の常套句ですが、決まっているかどうかはさっぱりわからず、局面は難解きわまりない、というところです。

藤井「玉を手厚くしながら攻める感じになればと思っていたんですけど、△3一飛車とかわされた局面ではそういった手段が難しいのかな、とは思いました」

 78手目。羽生九段がと金に追われながら△3一飛と逃げた局面で、藤井七段の残り時間は1時間29分でした。

 そこで藤井七段は再びこんこんと読みふけります。

藤井「と金は作ったんですけれども、思ったよりも考えているうちに成果は挙がっていないのかなという気がしました」

 観戦者にはとりあえずは、羽生玉にと金を寄せていく手が考えられるところ。保険として、飛車を追いながら千日手模様でやり直せる順も見えています。

 しかし藤井七段は、とりあえず指しておいて間違いではないだろうという手を指しません。

 そして1時間10分を使って、▲6六銀。中段五段目の銀をじっと自陣に引き戻しました。なんとも味わい深い、渋い手です。読みに読んで、これが最善と判断したのでしょう。そして残り時間は19分となりました。対して羽生九段は1時間49分。1時間半もの差がつきました。

三浦「天下の羽生先生を相手にこの時間差で勝てたらすごいですね」

 解説の三浦弘行九段はそう語っていました。

 対して羽生九段は、とりあえず目につく手を指してしまえば「時間攻め」ができます。しかし羽生九段はそうしたことをしません。今度は羽生九段が長考に沈みます。

「うーん、そっか」

 羽生九段からは時折、そうした声がもれます。毎度のことですが、筆者には何が「そっか」なのか、さっぱりわかりません。一般的な観戦者の皆さんも同様ではないでしょうか。

羽生「▲6六銀の時にこちらに思わしい手がなかった気がするんで、銀引かれてみると、ちょっと苦しいのかもしれませんね。ちょっと、何がわるかったのか、調べてみないとわからないです。ちょっとわるいのかな、と思ってました」

 そういう意味での「そっか」だったのでしょうか。しかし勝負がそこでついていたわけではありません。

木村「羽生九段はこういう時に怪しい手を連発するのは、得意中の得意ですからね」

 木村王位は実感のこもった声で、そうつぶやいていました。

 羽生九段は1時間11分を使って、じっと桂の下に歩を打ちました。これもまた渋い手です。形勢は難しいまま推移していきます。

 藤井七段はすぐに3筋の歩を取り込みました。

木村「もう何考えてるかわかりませんね」

 木村王位がわからないのでは、それはもう、みんなわからないでしょう。なんとも難しい応酬の末に、勝敗は不明です。

 最終盤。羽生九段はやわらかく自陣の歩を突きます。

羽生「こちらは玉が狭いので、ふところを広げたというところです」

 藤井七段は攻め続けます。羽生九段に明らかな疑問手があったようには思われません。しかし形勢はいつしか、藤井七段に傾いていました。藤井七段は銀で質駒の桂を取り、飛車取りに打ちます。

「うーん」

 羽生九段は苦しげに、そう声をあげました。羽生九段の飛車は逃げ切れません。飛車を取られてしまうと、羽生玉はたちまち寄り形となります。

羽生「飛車がつかまりそうなので、あの局面、どうやればいいのかわからなかったですね」

藤井「飛車を取るような狙いで指していたんですけれど・・・。ただ、飛車を取っても、攻め合いになったときに、どうかわかっていなかったので・・・。うーん。あのあたりはわからなかったです」

 局後、両対局者の「わからなかった」という声は一致しました。ただし形勢は次第に藤井七段優勢がはっきりしてきました。

 羽生九段が玉の早逃げで粘るのに対して、藤井七段はじっと、と金を寄せていきます。羽生九段は攻防の角を打つ勝負手を見せるものの、藤井七段が羽生玉に圧力をかけ、じっと銀を出る手があまりにぴったりとした決め手でした。

 そして最後。藤井七段はただで取れるところに王手で角を打ちつけました。これが次の一手のような華麗な収束でした。

藤井「最後までわからなかったです。▲3四角が見えて、はい、勝ちになったかと思いました」

 王手の角は、取れば詰み。取らなければ受けなしに追い込まれます。

 羽生九段はそこで次の手を指さず、きれいな投了図を残して、終局としました。

藤井「羽生九段と公式戦で対戦できるのは非常に嬉しいことなので、こちらもしっかり、いい将棋が指せればという思いで臨みました。これからも一局一局集中して指せればと思っています。王位リーグ、スタートできたことはよかったなと思います。これから、まだまだ続くので、しっかり、気を引き締めてやっていければと思っています。(羽生九段に3連勝したことについては)対戦自体がまだ多いわけではありませんので、これから自分が勝ち上がることで、対戦を増やしていけることができればと思っています」

 藤井七段はいつもながらに、落ち着いた感想を述べていました。

 一方で、黒星スタートとなった羽生九段。

羽生「また次から新たな気持ちで臨めたらと思います」

 藤井七段がこの先全勝すれば別ですが、1敗でもすれば羽生九段に追いつくチャンスは残されています。

木村「みんな負けてほしい。その思いは変わらないですね」

 解説を終える際、木村王位はそんな締めの言葉をキリッと述べていました。

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 藤井七段のタイトル戦に関する最年少記録を整理すると、挑戦は今期棋聖戦がラストチャンスです。

 一方で獲得は年内に番勝負がおこなわれる王位戦、王座戦、竜王戦でも可能です。

 藤井七段の今期成績はこれで42勝11敗(0.793)。勝率は依然1位で、ここから2連勝で8割復帰となります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『あなたに指さる将棋の言葉』(セブン&アイ出版)など。

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