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新鋭・本田奎五段(22)タイトル戦初勝利 棋王戦五番勝負第2局で渡辺明棋王(35)を降す

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 2月16日。栃木県宇都宮市・宇都宮グランドホテルにおいて第45期棋王戦五番勝負第2局▲本田奎五段(22歳)-△渡辺明棋王(35歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は17時40分に終局。結果は97手で本田五段の勝ちとなりました。

 本田五段はタイトル戦初勝利をあげ、両者ともに1勝1敗となりました。

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実力、勢い、そしてツキを感じさせる挑戦者勝利

 1月、2月と多忙をきわめる渡辺棋王(王将・棋聖)。先日は叡王戦挑戦者決定戦三番勝負第2局で豊島将之竜王・名人に敗れ、最終第3局も戦うことになりました。

 本田五段は棋王戦第1局で負け。続く竜王戦6組2回戦では佐々木大地五段に敗れ、先日の棋王戦挑決のリベンジをされています。

 それにしても棋王戦挑決で当たった佐々木五段、本田五段の2人が、竜王戦の一番下のクラスである6組の、最初の方で対戦するというあたり、令和の将棋界の「カオス」を示している感じです。

 第2局と先後は入れ替わって、先手は本田五段。

本田「先手番で自分の指したい戦型があるので、しっかり準備してきたいです」

 第1局で敗れた後、本田五段はそう語っていました。その言葉通り、得意の相掛かりに進めます。

本田「他にはないかな、と」

 局後に本田五段はそう語っています。王者の渡辺棋王は相手の得意から逃げるようなことはせず、本格的な相掛かりの戦いとなりました。

 後手番の渡辺棋王は本田陣の桂頭をねらって、序盤早々でゆさぶりをかけます。対して本田五段は慎重に対応して収めました。

 難解な中盤戦。本田五段は昼食休憩をはさんでの長考の後、自陣に角を打ってリードをはかります。この手を境に、次第に模様は本田よしへと傾いていきます。

渡辺「昼休までは一局かと思ってたんですけど、昼休あけて、ちょっと何手か指したら、なんか全然ダメになっちゃって・・・ちょっと、そこらへんの数手がひどかったですね」

 渡辺棋王は右玉で金銀を上部に進めます。手厚いようでも、このラインを突破されてしまうと、渡辺玉は一気に危なくなります。

 本田五段は真正面から飛角銀の威力で真正面から圧力をかけていきます。

渡辺「ちょっと淡白になってしまった。悪いなりにもうちょっと勝負になる順を指さなければいけなかった」

 渡辺棋王は局後にそう語っています。形勢は本田五段がはっきり優勢となりました。

 苦しくなった渡辺棋王は大きく動いて勝負に出ます。このまま本田五段快勝か、と思われたところで本田五段は最善の勝ち手順は逃したようです。渡辺棋王の飛車が金を取りながら本田陣に成りこんで、勝負になったのではないかとも思われました。

本田「中盤以降、ちょっと指せそうかなと思ってたんですけど、決める順というか、明快な順がよくわからなくて、ちょっと変ですかね・・・。そこらへんが・・・」

渡辺「ずいぶん前に全然ダメだと思ってたんで。ダメな順はこっちから見るといっぱいあるんで(苦笑)。そうですね、(形勢は)接近したと言っても最終的にはダメなんでしょうけれど。接近もしてなんいじゃないかな」

 観戦者には怪しい流れになったかと思われたところで、本田五段は妙手を見せました。それが歩頭に桂を打つ王手です。歩と金、どちらで取っても簡明に本田五段よし。

「桂があるので、そういう組み立てなのかと思って」

 と渡辺棋王。妙手のようでも、両対局者には見える手でした。そして渡辺棋王は玉を逃げます。

 本田五段は質駒の金を取り、相手の金の利きに馬を引きます。流れるような鮮やかな手手順。渡辺棋王の銀の合駒に対して、本田五段はタダのところに▲6一金と打って王手をしました。

 最後まで華麗に進んで収束・・・。そう見えて、実はドラマがありました。

 渡辺棋王は形勢を悲観していました。まだ残り時間が45分あったにもかかわらず、1分の考慮時間で玉を寄って逃げました。本田五段はすぐに銀を捨てます。そして逃げ道をふさぐ角を打って王手。渡辺玉を詰ませました。

 本田五段は終局直後のインタビューで勝ちが見えたのは「詰みが見えた時」と語っていました。金打ちの王手からはどう変化しても詰みと考えていたようです。

 立会人の田中寅彦九段は終局直後、▲6一金を△同玉と取ったらどうするのかを、本田五段にたずねています。本田五段は「銀を打って詰み」と答えていました。しかしそうではなかった。銀を打てば玉を寄られて詰まず、大逆転です。

 両対局者は終局後、大盤解説場で待つファンの前に姿を見せました。解説の森内俊之九段が対局者に質問をします。

森内「最後、お聞きしてもいいですかね。最後、金を打った時、取ったらどういう手順で負けになるんでしょうか?」

渡辺「えっ、最後ですか? 私はもう考えてなかったんですけど。(直前の△6二銀合に▲6一金ではなく)▲同桂成かなと思ってたんで」

本田「▲7二銀で詰み・・・」

森内「あっ、詰みですか」

渡辺「いや、すみません、私もう、考えてなかったです。(▲7二)銀で、寄り(△5一玉)で?」

本田「あっ、違う(誤算に気づいて)。えっと、先に(▲2五)角・・・? なんか自信がなくなってきました」

渡辺「ああ、詰まないんですか、これ」

渡辺「詰みがないんじゃあ、あれですね・・・」

本田「詰みがないんじゃあ、おかしすぎますね・・・」

 大盤解説場はどよめき始めます。両対局者には錯覚があったようです。

 整理すると、93手目(投了から4手前)、本田五段の▲6一金の王手に渡辺棋王が△4一玉と逃げたのが敗着で、詰まされてしまいました。最善は△6一同玉です。本田五段は▲7二銀と打って渡辺玉は詰みと思っていたものの、それは△5一玉で詰まずに逆転します。本田五段が▲2五角と最善手を指せば、後手はまだ不利ですが、▲7二銀で詰みだと思っていた本田五段が踏みとどまって、最善手を指せていたかどうか。渡辺棋王の真の敗着は、必要以上に悲観していたから、ということになりそうです。

 いずれにしても、本田五段は大きな1勝をあげました。強者をあきらめさせるのもまた、実力の反映です。その上でこの勝ち方は「ツキ」を感じさせます。本局の終盤が五番勝負のターニングポイントとなる可能性もありそうです。

本田「ストレート負けにならなくて、1勝できてほっとしたという感じです。(次戦第3局は)後手番なので、しっかり準備してきたいと思っています」

 本田五段は以上のように語っていました。あともう2勝すれば、四段昇段以来、史上最速期間でのタイトル獲得となります。

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渡辺「今日の将棋はあまりチャンスがなかったんで、気を取り直して残りの3局を迎えればと思います」

 百戦錬磨の渡辺棋王。ここは気持ちを切り替えて、次からの対局に臨むのでしょう。ほとんど休む間もなく、次は王将戦七番勝負第4局です。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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