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「チダンザ」千田翔太七段(25)朝日杯初優勝 準決勝で藤井聡太七段、決勝で永瀬拓矢二冠を連破

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月11日。東京・有楽町朝日ホールにおいて第13回朝日杯決勝▲千田翔太七段(25歳)-△永瀬拓矢二冠(27歳)戦がおこなわれました。14時30分に始まった対局は16時7分に終局。結果は105手で千田七段の勝ちとなりました。

 千田七段はこれで朝日杯初優勝。賞金750万円を獲得しました。

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千田七段、実力を発揮して棋戦初優勝

 永瀬二冠、千田七段はともに、二十代後半で若手トップクラスの実力者。順位戦では同じB級1組です。

 対照的なのは、永瀬二冠が対人戦の研究「VS」(ブイエス)を重視するのに対して、千田七段はコンピュータ将棋ソフトを用いての研究をいち早く取り入れたところ。コンピュータ将棋に対する造詣の深さから、強豪将棋ソフトの「Bonanza」(ボナンザ)や「ponanza」(ポナンザ)の名にちなんで、ファンや関係者からは「チダンザ」とも呼ばれています。

 永瀬二冠と千田七段は過去に6回戦って、永瀬二冠の6戦全勝と、意外と差がついています。ただし千田七段は過去2敗の藤井聡太七段を破って決勝に駆け上がってきたところ。一番一番の対戦では、過去の結果は関係ないとも言えそうです。

 振り駒の結果、先手は千田七段。戦型は角換わり腰掛銀となりました。両者ともに経験、研究ともに十二分の進行で、50手を過ぎるあたりまで、わずか3、4分ほどで進みました。

 時間のペース配分はもちろん、将棋における重要な勝負の要素の一つです。

 準決勝の▲千田七段-△藤井聡太七段戦では、持ち時間40分のうち、千田七段が4分しか使っていないところで、藤井七段が40分を使い切ってしまうということがありました。これが現代将棋の怖さで、連戦連勝を重ねる藤井七段といえども、未知の難しい局面を迎えると、そこで時間を使わざるをえません。結果的には藤井七段は時間切迫がたたって、敗戦へとつながりました。

 先手は桂1枚を取らせる代償に歩を2枚得て、攻め駒が前に伸びていきます。どちらが指せるかは見解のわかれそうなところ。攻めが好きな人は先手、受けが得意な人は後手を持ってみたいところかもしれません。

 現地解説の木村一基王位は「私は現金が好きなので」と言いながら、桂1枚を五千円札、歩を小銭にたとえていました。

 強靭な受けで知られる永瀬二冠は馬を作って丁寧に受けに回ります。対して千田七段は永瀬陣の奥深く、一段飛車までにらんでレーザービームのようによく利く遠見の角を自陣に据えます。

 大盤解説場に現れた藤井七段は先手持ち、師匠の杉本昌隆八段は後手持ちの見解でした。

 大盤解説では、いつの時代も若手は形勢がわるくなってもベテランを相手になかなか投げない、という話。

木村「藤井さんは『このおじさんはそろそろ間違える頃だろう』と思うことはありますか?」

藤井「いやいやいやいや(苦笑)」

 そんなやり取りもありました。

 永瀬二冠の馬の守備力が優るのか。それとも千田七段の飛車と筋違い角の突破力が優るのか。

藤井「流れは少しずつ永瀬二冠の方に傾きつつあるのかなと思います」

 千田七段は飛車と馬を刺し違えて、攻め続けます。永瀬玉は中段にひっぱり出される形となりました。怖いところではありますが、力強い受けが得意な永瀬二冠にとっては、十八番の展開と言えるかもしれません。

 木村王位、永瀬二冠と、昨年は受けが強い人の活躍が目立ったというのは、佐々木勇気七段の見方。プロともなればみな攻めが強く、その中で受けに特長がある人が成績を残した、ということかもしれません。

 両者40分の持ち時間を使い切って、白熱の最終盤。永瀬玉が中段に泳ぎだすのに対して、千田七段は端に角を打って王手をします。この次、永瀬二冠は銀を打って合駒をしたのが敗着となりました。ここは自陣に向かって戻っていけば、まだまだ難解な終盤でした。

 千田七段は角を切り、取った銀を打ってしばります。これで途端に永瀬玉に受けがありません。

佐々木「この見落としは永瀬さんにしては珍しい気がしますね」

 永瀬二冠にとっては珍しい一手ばったりでした。

 他の棋士であれば投げてもおかしくないと言われるところ、永瀬二冠は飛車を捨て、桂を捨てて指し続けます。

 千田七段は動揺せず、着実に寄せていきました。いよいよ本当に受けがなくなったところで、永瀬二冠は「負けました」と頭を下げ、投了の意思を示しました。

 終局後、両対局者はファンに向かって一言述べました。

永瀬「今日は残念な結果になりましたが、これをよい糧(かて)にして頑張りたいなと思います。本日はありがとうございました」

千田「本日はたくさんの方にお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。準決勝で(3連覇がかかっていた)藤井さんを倒したので、ここで、決勝で負けると何を言われるかもわかりませんし(場内笑)。個人的に、準優勝が多かったこともあって、ぜひとも勝ちたい一戦ではありました。本局は勝って優勝することができて、ほっとしております。皆さまありがとうございました」

 過去に棋王挑戦やNHK杯準優勝などの経験もある千田七段。意外なことに、棋戦優勝は今回が初となります。屋敷伸之九段、深浦康市九段、藤井七段、永瀬二冠を連破しての優勝は、その実力がトップクラスにあることを改めて示したものでしょう。今後とも、さらなる活躍が望まれます。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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