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将棋新人王戦で優勝した高野智史五段(26)記念対局で師匠の木村一基王位(46)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2019年12月5日。東京・将棋会館において新人王戦記念対局▲高野智史五段(26歳)-△木村一基王位(46歳)戦がおこなわれました。その模様は2020年1月1日、AbemaTVにおいて放映されました。結果は97手で高野五段の勝ちでした。

 

記念すべき師弟戦

 高野智史五段は第50期新人王戦で優勝を果たしました。決勝三番勝負の相手は、過去2回の優勝を誇る増田康宏六段です。言うまでもなく、相手は強敵でした。さらに第1局で敗れて追い込まれもしました。そしてそこから2連勝。見事に栄冠を勝ち取っています。

 新人王は記念対局(現在では非公式戦)でタイトル保持者に挑戦することが恒例となっています。高野五段が対戦したのは師匠の木村一基王位でした。史上最高例の46歳でのタイトル初獲得は、昨年2019年の一番のトピックかもしれません。

 局後、師弟での記念対局が実現したことについて、両者はこう語っています。

木村「いいことというか、嬉しいことですね。私もタイトル取れるとは思っておりませんでしたし、弟子も(新人王戦では)決勝がきつい相手でしたから。こういった機会をいただくことは、大変喜ばしいことだと思います」

高野「本当に何というか、いいめぐり合わせというか、師匠が王位を取った時に、自分も新人王を取れて、とにかく嬉しいです、はい」

 対局開始前、両者が駒を並べ終えた後、木村王位は高野五段を見つめ、こう語りかけました。

「平手か?」

 高野五段も笑ってこう答えます。

「平手でお願いします」

「平手か、ははは」

 かつての将棋界では、師匠と弟子がハンディなしの平手で対戦することは、ほとんどありませんでした。ハンディありの駒落で師匠が指導することもまれでした。師匠が弟子と指すのは、実力を見るための最初の入門時と、弟子に見切りをつけさせる際の記念の最後の2回だけ、とも言われました。

 戦後になって、どのような間柄の対戦であっても、手合は平手が一般的となりました。それでも師匠と弟子が公開の場で指す機会は、そう多くはありません。

 師匠から見れば、弟子の多くはまず棋士となることができません。奨励会の試験に合格するだけでも狭き門です。奨励会員になれても、奨励会を卒業し、晴れてプロ棋士となれるのは、全体の約2割です。

 そしてもし弟子が難関をくぐり抜けて棋士となっても、師匠が現役であるとも限りませんし、両者が勝ち進まないと当たる機会も限られます。師匠と弟子の対戦は、やはりまれだと言えるでしょう。

 今回で50回目となる新人王戦記念対局でも、師弟での対戦は過去にわずかに1回のみ。1992年の中原誠名人-佐藤秀司四段戦だけでした。当時の『将棋年鑑』には次のように記されています。

 恒例の名人と新人王の記念対局は初の師弟対決となった。(中略)新人王は名人のお株を奪う自然流の指し回しで見事に「恩返し」を果たし、勝利の美酒に酔った。

出典:『将棋年鑑』平成5年版

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 さて、木村-高野戦。手合は前例通り、平手です。ただし先手は新人王と決まっています。

 高野五段が先手で、戦形は角換わりとなりました。最近の角換わりは、銀を互いに中央の5筋に出る「相腰掛け銀」が多いのですが、本局では高野五段は4筋に銀を進める「早繰り銀」を採用しました。

 高野五段が先攻する形で、局面が動いていきます。対して木村王位は、玉側の香をじっと一つ上がりました。

木村「師匠は破門されないからやってみた」

 木村王位は局後にそう語っていました。あまりに無筋な手を指した際には、「師匠から破門される一手」「田舎に帰れと言われる一手」という表現が使われることがあります。なるほど、これはほとんど見たことがないような筋です。後の変化で香があたりとならないようにする、深謀遠慮ながら、結果的にこの手がよかったどうかは微妙でした。

木村「奇異な形というか、奇をてらった感じだから」

 高野五段は木村陣に角を打ち込んで、飛角交換から飛を手にして寄せの形を作ります。そして長考後、横からだけではなく、縦からプレッシャーを加える桂を打ちました。

木村「まあ、1時間考えたもんな。どんな大悪手が飛び出てくるのかと思ったら、正解が飛び出てきてびっくりしましたよ、もう。楽しみにしてたのに。いやいや、いい手だったような気がしますね。ちょっととがめ方がないもんね。そっか」

 高野五段はその後も誤ることなく、ゴールに向かっていきます。最後は長手数の即詰みを読み切って、きれいに勝ちを決めました。

 終局後の感想戦。木村王位には終始笑みがこぼれていました。

木村「どうせなら、香車一本ぐらい引いて勝ちたかったんですけど、平手で負かされちゃった。嬉しい誤算ですけどね」

 この記念対局が放映された同じ1月1日、NHKラジオでは「王手!最後のお願い(新春スペシャル)」という番組が放送されました。

 番組の終盤で、木村王位と深浦康市九段が弟子について語り合っています。木村王位には高野五段、深浦九段には佐々木大地五段という、優秀な弟子がいます。

深浦「木村さんは練習将棋で高野さんと・・・」

木村「やります。結構負けます。『いやあ、おれ本当に弱くなっちゃったなあ』と思ったら、たぶん弟子が強くなってるんですね。これを喜べるのが本当の師匠だと思うんですけど(声をひそめて)素直に喜べない!」

深浦「いやそれ、同意、同意(笑)」

木村「師匠踏みつけていくんだったら、他の人を踏みつけていってほしい」

深浦「ほんと、そう思うよね!」

中村太地七段「将棋界では師匠に勝つのが恩返しって言われてるんですよね。でも師匠側からすると全然・・・」

木村「とんでもない話!」

深浦「とんでもない」

【参考記事】

将棋界では弟子が師匠に勝つことを「恩返し」と言うけれど、もっといい恩返しの仕方はあるという話

木村「できればね、師匠をやっつけた人を、もう、とことんやっつけてほしい」

深浦「ほんとだねー」

 どうやらこのあたりが、師匠たちの本音のようです。「恩返し」という言葉の定義も、実態に即して再考すべき時が来ているのかもしれません。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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