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将棋史上の大天才・升田幸三 その唯一の弟子・桐谷さんが師匠を語る

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

 以前、石田和雄九段(72歳)のYouTubeのチャンネルをご紹介しました。

【前記事】

将棋界最年長YouTuber石田和雄九段(72)の番組が面白い! 愛弟子の高見七段、佐々木七段も登場

 石田一門の精鋭が相次いで出演するという豪華なラインナップで、将棋ファンは必見のチャンネルと言えるでしょう。そこにまた、新たなスターが登場することになりました。現在では「株主優待生活」で知られる棋士、桐谷広人七段(70歳)です。

【参考記事】

桐谷広人七段、波乱の将棋界と株式市場の暴落を語る

 筆者のようなオールドファンは、石田九段、桐谷七段がYouTubeの番組に出演する未来がやってきたことに、感慨を抱かずにはいられません。現在は両者が升田幸三九段(1918-1991)のお墓にお参りする動画、そして両者が升田九段を語り合う動画がアップされています。

 升田九段は木見金治郎九段の門下です。

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 木見九段自身は第1期名人戦に参加。名人になることはできませんでしたが、その門下からは升田幸三、大山康晴と2人の名人が輩出されています。また大山15世名人の孫弟子である佐藤天彦九段も名人経験者です。

 升田、大山の数々の名勝負は、将棋史上のハイライトと言えるでしょう。

 将棋連盟が定める升田九段の正式な肩書は「実力制第四代名人」。タイトル獲得は名人位2期、王将位3期、九段位2期で、史上初めて三冠を独占するという偉業を達成しています。

 升田九段の弟子として唯一の棋士となったのが、桐谷広人七段です。

 両者の共通点は広島県出身であること。升田九段は三良坂町(現在の三次市)、桐谷七段は竹原市で生まれ育っています。ちなみに桐谷七段の弟子である今泉健司四段は福山市の出身です。

 桐谷七段が升田門下となったいきさつは、動画上で詳しく語られていますが、三原市在住の松浦卓造八段(1915-1977)の紹介でした。

 ちなみに松浦八段は大変な豪傑でした。石田九段の著書『棋士という生き方』(2018年刊)には次のように著されています。

 プロレスラー並の体格を持つ松浦先生は、ケンカが始まると、重い碁盤を片手で持ち上げて威嚇します。宿泊している時、麻雀のしている音がうるさいと思ったら、その部屋まで行き、「うるせえ!」と言って、麻雀台をぶち壊してしまう。

 町中で3人対1人のケンカがあり、1人の側が一方的にやられているのを見ると、

「わしはこげんなのは黙って見とれんけん」

 と言って飛び出していき、3人の方を殴り飛ばしていく。また、松浦先生は、私の師匠の板谷四郎先生の親友でした。

「純情一徹でいい男だ」

 板谷先生は松浦先生のことを、そう言っていました。

出典:石田和雄『棋士という生き方』

 石田九段の著書には、かつての型破りな棋士のエピソードがたくさんつづられています。

 これも動画で話されていますが、石田九段と桐谷七段が若い頃、升田九段の家に遊びに行く話があります。桐谷七段はかつて雑誌記事にこう著しています。

(前略)石田さんが遊びに来て、夜の十一時ごろ、升田先生に会いたいという。

 思い切って電話してみると、奥さんは夜遅いからと渋っておられた(当たり前)が、先生からはOKが出た。

 奥さんが門を開けてくださって、「今日は二カ月ぶりでゆっくりできると思ってましたのに。約束通り絶対十二時までに帰ってくださいね」と言われた。

 私も石田さんも大丈夫ですと答えて家に入った。

 先生はまず怖い顔をして、「こんな夜中に人の家へ来るような非常識なことをしちゃあイカン」と言われた。

 こちらがシュンとなると、笑顔で「まあええ」と言われ、面白い話を次から次へとしてくださった。

 時のたつのを忘れるという言葉は升田先生の話を聴いている時のためにあるようなもので、約束通り帰らなければいけないと思いつつも、あまりの面白さに席を立てず、退出したのは午前三時だった。

 奥さんに大目玉を食ったのは言うまでもない。

 酒乱の石田さんの方が私より悪いということで、私の罪が軽かったのはせめてもの救いだったが。

出典:桐谷広人『将棋世界』1991年6月号

 升田九段、石田九段はともにお酒が大好きで、そして座談の名手でもあります。

 筆者は何度かお酒の席で、石田九段にかつての将棋界の話をうかがったことがあります。これが本当に面白い。YouTubeではおいおい、そうした話もされていくことでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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