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将棋で左利きの人は駒台を左に置いてもいいのか?

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影:筆者)

 現在の日本の将棋は四百年以上の歴史があります。その長い歴史の中で、持ち駒を置く「駒台」は明治の終わり頃と、比較的新しい時代に登場しました。

 それまでは駒台はなく、上級者同士の対局であれば、白扇や半紙の上に持ち駒を置いたそうです。時代考証がしっかりしている漫画や小説、時代劇などでは、往時の将棋のシーンには駒台は登場しないことになります。

 関根金次郎13世名人(1868-1943)によれば、駒台を発明したのは飯塚力造という人です。

 ところで、現在つかはれてゐるやうな将棋の駒台を発明したのは、実はこの飯塚さんであつた。

 飯塚さんが駒台を発案するまでは、高段者は半紙を四つに折つてその上に駒を置いてゐたものなのである。ところが、最初飯塚さんはお雛様にいろんなお供へものをするあの飾台(かざりだい)からヒントを得て、さういふものがあつたならば、手でとるのにも便利だし、眼で見るのにもハツキリするといふところから、工夫に工夫をこらして、現在用ひられてゐるやうな形式にまで発展させ完成させたのであつた。

出典:関根金次郎「駒台の発案者」

 発明されてみれば駒台は便利なものであり、たちまちのうちに普及したそうです。

 テーブルに盤を置いての対局であっても、卓上用の駒台もあれば本格的でしょう。

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 ところで、駒台はどこに置くべきか、決まりはあるのでしょうか。盤から離れたような、妙なところに置くのはダメでしょうが、盤の横、右に置くか、左に置くかで選択の余地はあるのか。ネット上で「駒台 左利き」で検索してみると、そうした疑問がしばしば呈されていることがわかります。

 将棋連盟のウェブページには次のような問題が掲載されています。

Q.左利きの人の駒台はどこに置くのが正しいですか。

(1)将棋盤の左側 (2)将棋盤の右側 (3)対局者の好みで決める

出典:「将棋文化検定 ~良問振り返り~」2016年8月19日出題分

 これはもしかしたら、難問かもしれません。実は筆者も少し考えさせられました。

 もし筆者がアマ同士の対局の際、左利きの方から「駒台を左に置いてもかまいませんか?」と尋ねられた場合には「もちろんご自由にどうぞ」と言うと思います。

 上記問題は将棋連盟のTwitterアカウントでも「良問」として出題されていました。

 解説には次のように書いてあります。

A.(2)

左利きの人も、右利きの人と同じく盤の右側に置きます。左利きの人だけ左側に置くと、駒台が近すぎて相手の持ち駒を間違えて使いそうですね。

出典:「将棋文化検定 ~良問振り返り~」2016年8月19日出題分

 というわけで、現在の公式ルールでは、右側に置くことに決まっているようです。

 さて、その理由は何でしょうか。上記に記されている趣旨は、正直なところ、筆者にはちょっとよくわかりません。もし左利き同士ならば、互いに左に駒台を置くことも妨げられるのでしょうか。

 「将棋倶楽部24」という将棋連盟の対戦サイトの画面では、駒台が同じサイドに並んでいます。

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 これで自分と相手の持ち駒を勘違いしたという話は聞いたことがありません。

『日本将棋連盟公式 将棋ガイドブック』(2003年刊)には次のように書かれています。

 持ち駒を置く場所(駒台)

 持ち駒を置く場所を駒台といい、対局進行の利便性を高めるために使用する。

 なお駒台のない場合は両対局者の合意で、持ち駒を盤側の見えるところに置くことも可である。

 また原則として駒台は将棋盤の右側面、写真のように互いに自分にとって手前の領域に置き合う。これは利き腕には影響されない。

出典:日本将棋連盟公式 将棋ガイドブック

 こちらの方にはルール制定の趣旨は書かれていないようです。

 昔の文献には、次のような記述があります。

「ときに誰です? 次の対局は」(中略)

「大崎八段と金子七段です」

「ほう、そいつは面白いね。大崎君と言えば、今度は駒台が二つ並ぶわけですね。アハハハハ……」

 大崎八段は左の手で駒を持つので、相手と同じ左側に駒台を置く。

出典:『菅谷北斗星選集 秘録篇』

 金子金五郎九段(1902-90)がまだ七段の時、というのは実力制名人戦が始まる前、昭和のはじめのことになります。その頃はまだ「駒台はともかくも右側に置くべし」というルールはなかったのでしょう。

 大崎熊雄九段(1884-1939)は1924年に東京将棋連盟(27年に日本将棋連盟に改称)が結成される際の中心人物で、戦前の大物棋士の一人です。左手で指すのは理由があり、日露戦争に出征し、手榴弾で重傷を負って右腕が不自由となったためでした。そうした人にとってはもちろん、駒台は左に置く方が便利でしょう。

 駒台、持ち駒は右に置くべきもの、という考えは、いつしかスタンダードになったようです。

 将棋雑誌の読者投稿欄を眺めていると、何しろ基本的にやってることは同じなので、いくつかのテーマが百年ぐらいにわたってループしているのを発見します。その中には、左利きの愛棋家による「持ち駒を左側に置かせてほしい」という願いもありました。

(前略)右利きの将棋を愛する諸君よ。どうか、少数の左利きのささやかな願い「左利き及びそれに類する人は左側に駒を置いてもよい」の一条を認めてくださるようお願いいたします。

出典:『近代将棋』1968年5月、読者投稿「なぜ駒台は右なのか 左利きの切なる願い」

 将棋クイズの問題として、現在の将棋連盟の公式ルールを問われれば「駒台は右側」と解答するのが正解のようです。

 しかし映像中継上の要請など特段の理由がない限りは、持ち駒が相手によく見えさえすれば、駒台の位置は「どっちでもええやないか」という気もします。少なくともアマ同士の対局で、双方合意の上であれば、どっちでもいいのではないでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『あなたに指さる将棋の言葉』(セブン&アイ出版)など。

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