Yahoo!ニュース

完勝、快勝、辛勝、奇勝・・・将棋における勝ちの程度を示す語彙

松本博文将棋ライター
(写真撮影:筆者)

 ラグビーワールドカップで、日本代表が快進撃を続けています。過去の対戦成績が1勝10敗だった強豪スコットランドを相手に、プールA最終戦で28-21というスコアで勝ちました。

 スコットランドの攻めをしのげるかどうか、という最終盤の場面。筆者は先日おこなわれた竜王戦七番勝負第1局・広瀬章人竜王-豊島将之名人戦の、詰むや詰まざるやの白熱の局面を連想しました。

 ところで日本の勝利を表現するのに、Twitterでの書き込みや、ニュース記事では「完勝」という表現が使われているのをいくつか見ました。

 筆者はラグビーに関して素人です。素人目には、これまでの実績から見れば格上を相手にしての、かなりギリギリの勝負に見えました。だから「完勝」という見方があることを知って、見る人が見ればそういうものなのか、と思いました。

 『広辞苑』で「完勝」という言葉を引くと「完全な勝利」と、実に簡潔な定義が示されています。

 将棋で「完勝」といえば、どのような対局の内容でしょうか。これは明解な定義はありません。

 筆者なりの適当なイメージとしては、序盤でポイントをあげて作戦勝ちし、中盤で差を広げ、終盤で危ない場面はなく、そのまま勝利。そんなところでしょうか。

 新聞のデータベースで検索してみると、最近では、王将戦二次予選の谷川浩司九段-藤井聡太七段戦を「完勝」と伝えている記事がありました。筆者自身が書いた記事では「完勝」という言葉は使っていませんでしたが、なるほど、これは藤井七段の「完勝」というべき内容かもしれません。

藤井聡太七段(17)初の王将戦リーグ入り決定 二次予選決勝で谷川浩司九段(57)を降す

 「完勝」「圧勝」「大勝」。これらはデータベースで見る限り、勝ちの程度を語る上での言葉として、同じぐらいの割合で使われています。

 将棋を語る上で使われる「○勝」という表現で、筆者が調べた限りで一番多いのは「快勝」でした。ネット上で「将棋 快勝」で検索すると、多くのニュース記事がヒットします。

 一方で「楽勝」はどうでしょうか。仲間内のくだけた話し言葉としては使われても、対外的に使われる書き言葉としては、あまり使われないようです。

 「爆勝」は、あるスポーツ紙に「爆勝!大盤解説」と使われている例があります。これは「爆笑」と掛けているのでしょうか。

 「激勝」という言葉もあります。これも勢いのいいスポーツ紙の記事で見られました。

 ギリギリの勝ちを示す言葉には「辛勝」があります。

しんしょう【辛勝】

競技などで、かろうじて勝つこと。「接戦の末―する」

出典:『広辞苑』第7版

 勝者がコメントする際、本当はそれほど危なげのない勝利であっても、謙遜して「辛勝」と表現することもあります。

 藤井聡太四段(当時)がデビュー以来無敗で29連勝を達成するという歴史的快挙を達成する過程では、何局か絶体絶命のピンチに陥ったことがありました。中でも20連勝目の澤田真吾六段戦は、大逆転での勝利でした。これを「辛勝」と表現したメディアは多かったようです。藤井四段が使って有名になった(将棋界では昔からなじみ深い)言葉を使えば「僥倖勝ち」ということになります。ただし当然ながら、その逆転勝ちを呼び寄せたのもまた、藤井四段の実力と言えるでしょう。

 「奇勝」は「思いがけない勝ち」(広辞苑)のこと。最近はあまり使われませんが、昔の記事ではしばしば見られます。

 大山康晴15世名人が終盤で逆転勝ちを収め「大山、奇勝を博す」と表現されることがありました。他者から見れば、そう見えて、そう伝えたくなるところかもしれません。しかし、当の大山名人は、それほどの逆転と思っていたでしょうか。

 羽生善治現九段の数々の逆転劇は「羽生マジック」と言われ、さかんにその言葉が使われました。後世の人々の目にもそれは「マジック」と映るのでしょうか。そして後世の人々は、どう表現するでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

松本博文の最近の記事