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村山慈明七段(35)が藤井聡太七段(17)に勝ち通算400勝達成 叡王戦七段予選2回戦

松本博文将棋ライター
2007年、村山慈明現七段

 8月29日19時から関西将棋会館でおこなわれた叡王戦七段予選2回戦▲村山慈明七段(35)-△藤井聡太七段(17)戦は21時16分、107手で村山七段の勝ちとなりました。

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これぞ新時代の将棋

【前記事】

8月29日19時から村山慈明七段(35)と藤井聡太七段(17)が対戦 叡王戦七段予選2回戦

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190829-00140387/

 対局がおこなわれたのは関西将棋会館。東京で生まれ育った村山七段ですが、今年度から関西に移籍しています。

村山慈明七段、来月関西へ移籍「40歳までの5年がラストチャンス」(「スポーツ報知」2019年3月11日)

https://hochi.news/articles/20190311-OHT1T50160.html

 村山七段は14時からおこなわれた1回戦で、豊川七段に勝ち。その時点で通算成績は399勝223敗(勝率0.6415)。村山七段は局後に指摘されて驚いていましたが、この藤井七段戦は、400勝目をかけた戦いでした。

「藤井さんと指すのは3年ぶりぐらいで、藤井さんが奨励会(三段)の時に(練習で)1局指して以来だったんですけれども。藤井さんの将棋は普段からよく勉強させてもらってますし、先手でも後手でも角換わりの将棋になるなと思っていたので、そのうちの研究をぶつけてみたいなと思ってました」

 局後に村山七段はそう語っていました。

 対局開始は19時。両者が席に着き、駒を並べ終わったのはその14分ぐらい前でした。

 振り駒の結果、先手番を得たのは村山七段。初手は▲2六歩と、飛車先の歩を突きます。将棋四百年の歴史で、不動の初手人気ナンバーワンは、角道を開ける▲7六歩でした。それが最近では、▲2六歩の人気が急上昇し、人気を二分しつつあります。

 後手番となった藤井七段は、相手がどう来ようとも、2手目は△8四歩。デビュー以来から一貫して変わらない、相手のどんな得意形でも正面から受けて立つ、王道のスタイルです。

 進んで、戦形は角換わりとなりました。以下は現代の最新形へと進みます。両者ともにもちろん、研究十二分。持ち時間はそれぞれ1時間ありますが、速いテンポで駒を進めていきます。そして開始から十数分で、本格的な戦いが始まりました。

 村山七段は藤井陣奥深くの香車を取りながら、馬(成り角)を作ります。対して藤井七段は桂を跳ね、飛車筋を通して、馬取りとしました。

 常識的には馬を取られないために、何らかの手段を講じるところです。しかし村山七段はさして時間を使わずに、他の手を指しました。

 このあたりなどはもう、かつてであれば「歴史的」と表現したくなるような妙手順です。ただし、事前のコンピュータ将棋ソフトで深く研究しているであろうことを合わせて考えると、何と表現すべきでしょうか。もちろん、そうした研究も含めて、棋士の実力と言えます。局後、村山七段はこのあたりまで研究していたことを明らかにしていました。

 対して藤井七段も、ただで取れる馬を取らない。そして形勢は均衡が取れています。両者ともに、どれだけ深いところまで研究しているのか。

 解説の森内俊之九段はしきりに、近年、ソフトの影響で将棋の内容がずいぶんと変わったことを言及していました。本局などはまさに、新しい時代を象徴するような内容でしょう。

 叡王戦では、対局の模様がリアルタイムで放映されるとともに、トップクラスのソフトの評価値がずっと表示されています。これも新しい時代の観戦スタイルと言えるでしょう。

両者、実力を発揮した好局

 村山七段は打った桂で金を取らず、「終盤は駒の損得より速度」の格言通り、藤井七段の玉上部に跳ね出します。

 先手のわずかな利が、そのまま広がったと言えるのでしょうか。画面に表示されている評価値は、村山七段よしです。

 藤井七段にどこか誤算があったのでしょうか。手が止まり、時間が削られていきます。

「強く指されて手が見えなくなってしまった。そこで手がないのならば、本譜の展開にしたのはどうだったかということになるかもしれません」

 局後に藤井七段はそう語っていました。

 そして19分考え、中空にじっと角を打ちました。解説を担当している百戦錬磨の森内俊之九段は、この手を見て「さすがですね」と感心します。

 真の強者は、苦しそうなところで、その真価を発揮します。チャンスを待ってじっと力をためるあたり、藤井七段の底力が発揮された場面といえるかもしれません。

 藤井七段の角打ちは、村山七段の読みにはない手でした。今度は村山七段が時間を使って考えます。

「一直線に行く変化はどれも自信が持てなかった」

 村山七段は局後にそう語っていました。とはいえ、ここで時間が残っているのは大きい。村山七段は20分を使い、手厚く自陣に銀を埋めました。

 このあたりの進行を見れば、村山七段の強さは、序中盤だけではないことがわかります。村山七段にすれば「消去法で仕方なく」という選択だったようですが、終盤で藤井七段の攻めを的確にしのいでいきました。

「ちょっと困りましたね」

 森内九段が言う通り、藤井七段が攻めあぐねた格好となりました。

 最後はどう決めるかというところで、村山七段は最短の勝ちを読み切り、飛車を切り捨てます。

「いやあ、村山さん、強いなあ」

 森内九段も感嘆する決め方でした。

 飛車を取っては詰んでしまうので、藤井七段は飛車を取らず、銀を埋めます。しかし、ここではもう、藤井七段の終盤力をもってしても、粘りようがありません。

 村山七段が的確な寄せを続ける中、藤井七段は力ない手つきで駒を動かし、何度かうなだれる場面が見られました。

 あと2手で詰んでしまう。そんな局面をしばらく見つめ、藤井七段は投了しました。

 総手数は107手でした。

「密度の濃い将棋でしたね。藤井七段を相手に、村山七段の完勝譜といえる内容ではないでしょうか。完璧でしたね。最先端の見応えある将棋でした」

 森内九段は、本局をそう評しました。

 本局は藤井七段が不出来だったわけではなく、先手番の利を生かした村山七段の完勝という内容でしょう。

 村山七段は通算400勝を達成したことについては、以下のように語っています。

「そうだったんですか。あと4勝か5勝かぐらいの時に、人からそう言われたような気もしてたんですけれど。そうですね、区切りの将棋ということで、よかったかなとは思います」

藤井七段、最年少タイトル挑戦への道

 藤井七段は過去2期は四段予選、七段予選を突破して、2年連続で本戦トーナメントに出場していました。しかし今期は七段予選での敗退となります。そして同時に、叡王挑戦への道もまた閉ざされました。

 最年少タイトル挑戦の可能性は、二次予選決勝まで勝ち進んでいる王将戦、そして二次予選をこれから戦う棋聖戦の結果次第となりました。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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