弱いハム将棋はなぜ偉大なのか? 人間が「負けてあげる」ことの難しさ

(写真撮影:筆者)

どうしても勝たされてしまうコンピュータオセロの実力

 今年7月、「世界最弱のオセロAI」という触れ込みで、こちらのコンピュータオセロが公開されました。

「負けられるなら負けてみてくれ!」

 作者の方はそうツイートしています。素人の筆者も何度かプレイしてみましたが、なるほど、これは負けようがない。どうやっても勝たせてもらえます。

 そして逆に、負けようと思っても、負けられません。それもそのはず、人間のオセロ高段者が何とか負けようとして、ようやく負けられるかどうか、というレベルのようです。

 現在表示されている成績は3477勝113万4616敗(187引分)。勝率は約0.3パーセントです。

 念のため、野暮を承知で記せば、人間がどうしても勝たされてしまうというのは、それだけコンピュータに実力があるということです。

 たとえばAとBの選択肢があって、どちらかを必ず答えなければならない二択クイズが100問あるとします。そして、全問不正解で0点を取らなければならないとしたら、どうでしょうか。それはもちろん、100点を取るのと同じ実力が必要となります。

 コンピュータオセロは既に二十年以上前に、名実ともに人間のトップを超えています。その詳しい経緯については、こちらのインタビュー記事が大変興味深いです。

人間VSコンピュータオセロ 衝撃の6戦全敗から20年、元世界チャンピオン村上健さんに聞いた「負けた後に見えてきたもの」(ねとらぼ)

https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1710/06/news013.html

ハム将棋の偉大さ

 オセロから遅れること十数年。将棋もまた、コンピュータが人間のトップを超えました。そして現在も、コンピュータ将棋は青天井で強くなり続けています。

 しかしながら、昔のコンピュータ将棋は、それほど強くありませんでした。そうした古い時代の雰囲気を残し、以前と変わらぬ実力のまま、今でもブラウザ上で、無料で対戦できるコンピュータ将棋があります。それがハム将棋です。

 筆者がいま確認したところでは、成績はハム将棋側から見て、814万7602勝-2625万2123敗です。勝率は約23.7パーセント。

 これはかなり絶妙の「弱さ」です。人間の上級者であれば、多くの駒を落として(ハンディをつけて)勝てます。

 一方で初心者クラスであれば、ほどよい感じの相手となります。向こうはわざと手を抜いている感じもしません。向こうなりの全力で戦ってくれて、そんなに強くない。そして何度挑んでも、変わらず相手をしてくれます。もしハンディが必要であれば、ハンディもつけてくれます。

 作者の方は、次のように述べています。

作者の力量不足により強いプログラムが作れず、苦肉の策で入門者用と銘打って公開した当時は、まさかこんなに遊んでもらえるとは思いもよりませんでした。

出典:http://www.hozo.biz/column/column2.html

 ハム将棋は、将棋を覚えたての人、まだそれほど強くない人にとっての第一関門として、ずっと重要な役割をになってきました。その功績たるや、絶大なものがあります。

 将棋界の第一人者である羽生善治九段もまた、将棋界の敷居を低くするという点を評価して、ハム将棋に言及しています。

ネット上でハム将棋っていうのがあるんですね。「ハム」って何かというと、ハムスターのことなんです。キャラクターがハムスターでできていて、対局してくれるんですけど、めちゃくちゃ弱いんですね。

出典:将棋を世界に広める会 設立20周年 NPO法人化15周年記念シンポジウム 7/7 羽生善治名人記念講演

人間が「負けてあげる」ことの難しさ

「子どもに将棋を教えるコツは何でしょう?」

 親御さんからのそうした趣旨の質問に対して、羽生九段の回答は、ほぼ決まっています。

「負けてあげてください」

 羽生九段は以前から繰り返し、そう述べています。

 羽生九段が言ってきたことは、実に正しかった。筆者が改めてそう認識させられたのは、藤井聡太少年の出現を目の当たりにしたからです。

 天才少年の伝説は、5歳の時に、おばあさんに将棋を教わったところから始まります。使った盤駒は、くもん出版から販売されている『スタディ将棋』です。駒が大きく、駒の動かし方がデザインされている点に特徴があります。

 聡太少年は小学校の卒業文集に、「ぼくと将棋」と題して、以下の一文を寄せています。

将棋を覚えたのは、確か五才の夏だった。祖母がどこからか盤と駒を出してきたのだ。駒には動かし方が書いてあったので、ぼくにもすぐ指す事ができた。相手は祖父や祖母…。毎日のように隣りの祖父の家に行っては将棋を指していた。だが、三人共肝心の詰め方が分からない。

出典:藤井聡太・小学卒業文集「ぼくと将棋」

 聡太少年は5歳の時に将棋に触れ、それほど時間がかからないうちに、おばあさんには勝てるようになりました。これが実に大きかった。もしここで、おばあさんが将棋が強くて、孫の聡太少年をこてんぱんに負かしていたら、どうだったでしょうか。

「最初の頃は単純に、勝つのが嬉しかったです」

 藤井聡太現七段は、そう回想しています。

 将棋で勝つ喜びを覚え、将棋が好きになり、将棋の面白さがだんだんわかってくる。そうした段階を踏んでから、聡太少年は近所の将棋教室に通うようになります。おばあさんやおじいさん、家族の皆さんは、将棋が好きな聡太少年を全面的にバックアップします。そして聡太少年は、劇的なステップアップを果たしていきました。

 以上の話と対照的なのが、娘と将棋を指したい、できれば女流棋士にさせたいという夢を持った、将棋の強いお父さんの話です。筆者はそうしたお父さんたちの話を、これまでに多く見聞きしてきました。

 お父さんは棋力も高く、熱心です。娘には簡単に負けてはいけないと思っていて、将棋を指せば、手厳しく負かします。娘が大会で負けると、厳しく叱ります。すると、どうなるか。多くの場合は、娘さんは将棋がきらいになります。

 後に女流棋士となった女性でも、子どもの時は、将棋がきらいでしょうがなかった、という人もいます。女流棋士になるまでがんばったという人は例外的で、途中でやめてしまった女性は多いでしょう。

 筆者には5歳の息子がいます。最近、一緒に「どうぶつしょうぎ」をやるようになりました。羽生九段の言葉を思い出し、とにかく負けるようにとは心がけてはいます。しかし、子が「このゲーム、かんたんだね!」などと言おうものなら、どうでしょうか。「ほう、言ったな」と思い、その後はつい全力で負かしたりします。自分の人間としての器の小ささ、親としての未熟さを痛感するばかりです。ハム将棋は、実に偉い。改めて、そう思います。いずれ息子が本将棋を覚えた際には、父の役目はハム将棋に変わってもらうのが、最善手となりそうです。