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NHK杯2回戦・久保利明九段-藤井聡太七段戦、千日手指し直しから大熱戦の末に決着

松本博文将棋ライター
(記事中の写真撮影・画像作成:筆者)

【前記事】

8月25日(日)10時30分よりNHK杯2回戦・久保利明九段(43)-藤井聡太七段(17)戦放映

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20190824-00139721/

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 対局前、藤井七段は「久保九段に負けないように自分も粘り強く戦いたい」とコメント。一方の久保九段は「勢い重視で集中力を持って」と抱負を語っていました。

 多くの棋戦で実績のある久保九段ですが、NHK杯では2003年に優勝を飾っています。

 久保九段の得意戦法は、飛車を左側に移動させる「振り飛車」。最近は飛車をそのままにして戦う居飛車(いびしゃ)側の対策が進んだためか、全般的に振り飛車は押され気味となっています。振り飛車党のヒーローである久保九段が、どの筋に飛車を振るのかも注目されました。

千日手成立

 振り駒の結果、先手は藤井七段。

 後手の久保九段は左から4番目の筋に飛車をかまえる四間飛車(しけんびしゃ)の作戦を採用しました。

 立ち上がりは比較的オーソドックスでしたが、ほどなく久保九段は、角筋をオープンにする形を選びます。

 近年、よく指されるようになった角交換型の振り飛車は、互いに自陣に角の打ち込みを警戒しながらの駒組が要求されます。久保九段、藤井七段ともに金銀を慎重に組み換え、互いに銀冠の形に。そこで膠着状態が生まれました。

 久保九段は玉、藤井七段は金を左右に動かし続けます。同じ手順が続き「千日手」引き分けの可能性が出てきました。

 将棋の勝率は、先手番がわずかに高い。ですので、一般的に先手番の側は千日手に持ち込まれるのは不満です。

 しかし、藤井七段をもってしても、打開の順は見つからなかったようです。それだけ久保九段の作戦が巧妙だったということでしょう。

 同じ手順が続いて同一局面が4回現れ、規定により、62手で千日手が成立しました。

指し直し局は大熱戦に

 先後を入れ替えて、指し直し局開始。

 先手となった久保九段は、今度もまた、四間飛車の作戦です。そして再び、角交換に。久保陣の構えは、アマチュアの立石勝己(たていし・かつみ)さんが開発した「立石流」の形になりました。

 久保九段は美濃囲い、藤井七段は銀冠の堅陣に組みます。そして再び、戦況は膠着状態に陥りました。ただし、今回は藤井七段が待ち続ける順も難しかったようです。

 藤井七段は自陣に角を打ち据えて、打開の順を選びました。久保九段も手に乗って動き、本格的な中盤の戦いが始まります。

 久保九段は相手陣に角を打ち込んで、馬(成り角)を作りました。

 対して藤井七段は久保九段の玉近くの端から反撃を開始。藤井七段が盤面の右に左に手をつけ、あちこちで火の手が上がり、盤面いっぱいを使っての戦いとなりました。

 先に考慮時間を使い切ったのは久保九段。以下は1手30秒以内で指すことになります。

 難しい中盤の押し引きが続くうちに、いつしかリードを奪ったのは藤井七段でした。

 やがて藤井七段も時間を使い切って、双方30秒の秒読みに。早指しのNHK杯では、この秒読みの中で、幾多のドラマが生まれてきました。

 藤井七段は飛車と角を成りこみ、強力な龍と馬を作って、いち早く久保陣の攻略を目指します。終盤の入口では、藤井七段がはっきり優位に立っていたようです。

 しかし久保九段も金を取りながら馬を作って、藤井七段の本陣に迫ります。

 そこでどこか、藤井七段に緩手が出てしまったか。藤井七段の終盤力は傑出したものですが、久保九段も当然ながら強い。銀を捨てて、藤井玉を端の危険地帯におびき寄せます。あっという間に体が入れ替わり、逆転模様となりました。

 さすがは歴戦の久保九段というところ。解説を担当していた藤井七段の師匠の杉本昌隆八段は、改めて久保九段の終盤力に感嘆していました。

 攻防にはたらいている馬と藤井玉が1筋に並び、その動きを久保九段は1枚の香で制しています。見事な指し回しで、最後は久保九段がはっきり勝勢となりました。

 焦点は最後、久保九段の玉が詰むか詰まないか、という点にしぼられました。

 藤井七段もまた、銀を捨てて久保玉に迫ります。しかし馬が身動きができない状態では、どうしても駒が足りない。

 詰将棋を解くのが世界一速い藤井七段なら、久保玉が詰まないのは、すぐにわかっていたのでしょう。藤井七段は何度も悔しそうな表情を見せました。王手を続けながら、がっくりと肩を落とし、下を向きます。

 藤井七段が龍で王手をしたのに対して、137手目、久保九段は金を合駒します。やはり、はっきりと詰みません。

 藤井七段が頭を下げ、さしもの大熱戦も終幕となりました。

 投了後もしばらく、藤井七段はうつむいたままでした。

 久保九段と藤井七段の対戦成績は、これで久保九段の3勝1敗となりました。

 久保九段は3回戦で、佐藤天彦九段-行方尚史八段戦の勝者と対戦します。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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