棋聖戦第2局、渡辺明挑戦者と豊島将之棋聖が作り上げた美しい投了図

「神童」と呼ばれた20歳六段当時の豊島将之さん(写真撮影・図面作成:筆者)

 2019年6月19日、名古屋市の万松寺でおこなわれた棋聖戦五番勝負第2局・豊島将之棋聖(29歳)-渡辺明二冠(35歳)戦は、18時53分、106手で挑戦者の渡辺二冠の勝ちとなりました。持ち時間4時間のうち、残り時間は豊島7分、渡辺6分。

 開始からほどなく、中盤の早い段階で渡辺二冠優勢となり、形勢に差がついたため、早い時間での終局が心配されました。しかし豊島棋聖が地力を発揮して、途中ではどちらが勝つかわからない、勝負形にまで追い上げます。そして最後は渡辺二冠が鮮やかに勝ちきった。振り返ってみれば、そうした一局でした。

 以下はその投了図です。

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 豊島棋聖の玉に対して、王手をかけ続けること、11手目。渡辺二冠は8一に置かれていた飛車を、ふわりと8五に浮きました。何か駒を取ったわけではありません。相手の銀で取られてしまう空間に王手で進めたのが妙手。これで豊島玉はぴったりとつかまっています。

 図から指し続ければ、先手玉が詰むまでに、最長で14手ほどかかります。しかし、豊島棋聖は次の手を指さずに、ここで投了しました。

 この投了図は、観戦しているファンや関係者の間では「実に美しい」と話題になりました。それがなぜ「美しい」のか。言葉にするのは難しいのですが、野暮を承知で言葉を添えると、最後の全体的な駒の配置と、最後に示された妙手とが、激闘の余韻と、両対局者の技量の高さを感じさせる、ということでしょうか。

 上級者の方ですと、この最終図を見てどう思うでしょう。

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「ああ、そうか。取れないし、逃げられない。歩合をすると・・・んー、そうか。金打って歩を取って打って、端に戻して馬入って、駒も余らないでぴったりか。最初に桂合をしても一緒と。なるほど、きれいですね」

 そう納得されるかもしれません。しかし初級者の方には難しいところもあろうかと思います。本稿では、投了図からの手順をできるだけ詳しく追ってみたいと思います。

「玉は包むように寄せよ」

 という格言があります。その格言通りに、先手玉は前後左右から包囲されるように攻められています。

 注目すべきは4六の地点にいる後手の馬(成り角)。これが斜めのラインによく利いていて、先手玉は6四や5五の地点に逃げることができなくなっています。

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 投了図では以下のような手が考えられます。

(A)▲8五同銀と(王手をかけられている)飛車を取る。

(B)▲7四玉と(歩を取りながら)左上に逃げる。

(C)▲6六玉とまっすぐ下に逃げる。

(D)▲7六玉と(桂を取りながら)左下に逃げる。

(E)▲7五歩と(持ち駒の歩を打って)合駒をする。

(F)▲7五桂と(持ち駒の桂を打って)合駒をする。

 以下、順に調べていきたいと思います。

 投了図からはまず(A)▲8五同銀。王手をかけられている相手の飛車を取る手から考えるべきでしょう。しかし、そうするとすぐに詰んでしまうのが大きなポイントです。後手が飛車を取らせようとするのは、銀の利きをそらせて、7五の地点に利かせないようにするためでした。銀は横には進めません。▲8五同銀と飛車を取ってしまうと△7五金(変化A図)と持ち駒の金を打って王手をされます。

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 玉は1ますであれば、前後左右ななめ、8方向どこにでも進めることができます。しかし変化A図では、先手玉はどこに動いても後手の駒に取られてしまう。よって動ける場所がありません。この状態を「詰み」と言います。ちなみに棋士同士の公式戦では、最後の詰みの状態まで指されることはめったにありません。

 投了図から(B)▲7四玉と左上に逃げるのも、やはり△8四金(変化B図)と持ち駒の金を打たれて詰み。

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 投了図から(C)▲6六玉とまっすぐ下に逃げるのは△6五金(上から金を打って王手)▲6七玉△6八桂成(変化C図)までの詰み。

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 最後の△6八桂成では、代わりに△6八馬でも詰みです。

 投了図から(D)▲7六玉と桂を取りながら左下に逃げるのは△7五金(金で王手)▲同銀△同飛(変化D図)と進みます。

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 変化D図からは次のように詰みます。

(Dー1)▲6六玉は△6五銀(玉の上から銀を打って王手)▲6七玉△6八馬まで。

(Dー2)▲6七玉は△6八成銀(玉の下に成銀を寄って王手)▲6六玉△6五銀まで。

(Dー3)▲8六玉は△8五銀(玉の上から銀を打って王手)▲9七玉△7九馬(変化D3図)

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 変化D3図は「合利かず」(あいきかず)と呼ばれる状況です。△7九馬の王手に対して、合駒を打っても無駄である、という意味です。たとえば▲8八香としても△同馬と取られてそれまでとなります。

 棋士によっては、変化D3図まで進めて投了するという人もいるかもしれません。それは初級者に優しい先生です。また同時に、多くの解説を省くことができるので、同僚の解説者にも優しいと言えるでしょう。

 変化D3図から▲9八玉と逃げればやはり△8八馬(変化D最終図)までの詰みです。

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 後手の持ち駒は1枚も余っていません。やはり美しい。

 難関は投了図から(E)▲7五歩(変化E図)と持ち駒の歩を打って合駒をされた時です。

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 変化E図からはちょっとした詰将棋となっています。まずは△6四金(変化E1図)と打って王手をします。

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 後手の4六馬が利いているため、▲同玉と取るわけにはいきません。

 ▲7六玉と逃げるのは△7五金▲同銀△同飛と進んで、先ほどの変化Dの進行と同様となり、先手玉は詰みます。

 そこで▲6六玉(変化E2図)と逃げます。

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 ここからもそう簡単ではありません。まずは△7五金と、合駒に打たれた歩を取りながら王手で進めます。先手は▲同銀と取る一手。そこで△6五歩(変化E3図)と、いま取ったばかりの歩を打って王手をするのが、作ったような好手順です。

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 この好手順を盤上に実現させてから投了する、という棋士もいるでしょう。また対照的に、相手にいい手ばかり指されるのはシャクだからそんなことはしない、という勝負師タイプもいるでしょう。

 変化E3図から▲6五同玉は△7五飛(銀を取って王手)▲6六玉△6五銀(頭から銀を打って王手)▲6七玉△6八桂成までの詰みとなります。

 変化E3図から▲7六玉は△7五飛▲8六玉△8五銀▲9七玉△7九馬▲9八玉△8八馬(変化E最終図)まで。

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 やはり後手の持ち駒は1枚も余らず、先手玉は詰み上がります。投了図からは14手。王手をかけ始めてからだと、実に25手詰めになります。

 最後に、合駒を歩などのまっすぐ進める駒に代えて、投了図から(F)▲7五桂(変化F1図)と打つのはどうでしょう。

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 それには△6四金▲6六玉△7五金▲同銀に△5四桂(変化F2図)がぴったりとなります。

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 5四の地点に、ちょうど桂馬を打つスペースがありました。

 変化F2図からは、変化Eと同様に追っていけば詰みます。

 また戻って、変化F1図では△7五同飛▲同銀△7三桂▲7六玉△6五金という手順でも詰みます。ご研究ください。

 最後にもう一度、投了図を掲げます。

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 「棋は対話なり」と言います。詰み手順をすべて読んで納得し、対局相手の渡辺二冠の技量を認めた上で、豊島棋聖は美しい終局図を残しました。

 棋譜は後世に残ります。

 敗れてなお、豊島強し。さすが棋聖の名に恥じない、高い品格の持ち主。

 後世の人も、そう感じるのではないでしょうか。