2019年6月4日。王位戦リーグ白組プレーオフの対局で、羽生善治九段が永瀬拓矢叡王に133手で勝利した。羽生は将棋史上単独1位となる、通算1434勝を達成した。

 それがどれだけの偉業であるか。将棋界では、現役生活の間に600勝以上を挙げることは大変な快挙とされ、達成した棋士には「将棋栄誉賞」が与えられる。

 2018年度の年間最多勝は佐々木大地五段の46勝。素晴らしい記録である。しかし、仮にそれだけの超ハイペースで20年勝ち続けられたとしても、920勝。

 過去に生涯成績で1000勝以上を挙げた棋士は、わずかに9人しかいない。

 どこからどう見ても、羽生の1434勝は並外れた数字である。

 しかも1970年生まれの羽生は、まだ48歳の若さ。タイトル通算99期などとともに、さらなる高みに向かって、今後とも記録は更新され続けていく可能性が高い。

 記録達成の一局をもって、羽生は王位戦挑戦者決定戦に進出した。木村一基九段との決戦に勝てば、豊島将之王位への挑戦権を得る。王座戦本戦トーナメントでもベスト8に残っている。今年の秋には、またタイトル保持者へと返り咲いている可能性もある。

 これまでに通算1433勝を記録し、羽生に抜かれるまでトップであり続けたのは、大山康晴15世名人(1923-1992、69歳没)だった。他にタイトル通算80期、名人・A級連続44期など、大山の偉大さは端的に数字にも現れている。

 大山がひたすら勝ち続けた昭和の半ばと、羽生が君臨した平成とでは、時代背景が大きく違う。

 大山の青年期には第二次世界大戦があり、また戦後しばらくは今よりずっと、棋戦数、タイトル数も少なかった。それだけに、大山と羽生の成績を簡単に比較することはできない。

 もちろん、両者ともに同時代中に傑出した存在であることに変わりははない。「将棋史上最強は誰か?」という議論がなされる際には、これから先、どのような強者が現れようとも、両者の名前は挙げられ続けるだろう。

 さて、ここで両者の年度別の勝数をグラフ化してみたい。

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 縦軸は勝数。横軸は年度初めの時点での年齢である。

 誕生日は大山が3月13日。羽生が9月27日。たとえば両者がともに現役だった1989(平成元)年度。4月の時点では、大山は66歳、羽生は18歳だった。

 両者は1989年度、竜王戦決勝トーナメントという大きな舞台で対戦した。結果は羽生の勝ち。その勢いで竜王位まで昇り詰めた。羽生はその年、53勝を挙げている。一方の大山も24勝と健在ぶりを示していた。

 さてグラフからは、いろいろなものが読み取れる。1985年度半ば、15歳(中3)でデビューした早熟の羽生は、十代のうちから驚異的なペースで白星を積み重ねている。

 一方で1940年に四段に昇段した大山は、青年時代の勝数は比較的少ない。これは前述の通り時代的な制約により、対局数が圧倒的に少なかったことによる。

 29歳から30歳となる年度が終わった時点での勝数は、羽生が709。一方の大山は230である。

勝数キャリアハイ、羽生は30歳、大山は57歳!

 羽生が歴代最多の年間68勝を挙げたのは、29歳から30歳となった2000年度のことである。一般的に棋士は、二十代前半から三十代前半にかけて、全盛期を迎えることが多い。

 一方で大山はどうか。生涯最高の年間53勝を挙げたのは、何と56歳から57歳となる1979年度だった。

 大山は48歳で迎えた1971年度から、69歳、現役中になくなった1992年度まで、実に678勝をマークしている。

 両者のグラフを重ね合わせてみよう。

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 現在48歳の羽生が、この先も大山のように勝ち続けるとすれば、いずれ通算2000勝を達成していてもおかしくはない――。いや、本当ですかね。想像するだけで、現実感覚が麻痺してくるような話だ。

 羽生はわれらの時代のスーパースターである。現実とは思えないようなことを次々と現実にしてきた。通算2000勝もまた、そう遠くない未来に達成しているかもしれない。

 そしてもし、大山がもう少し後の時代に生まれていれば――。あるいは大山もまた、2000勝を達成していたのかもしれない。