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女流棋士第一号の蛸島六段(71) 引退前に最年長記録を更新

松本博文将棋ライター
2017年12月、引退発表後、ファンにあいさつをする蛸島女流六段

 2018年1月15日。将棋界の偉大な記録が、また一つ更新されました。

 女流棋界のパイオニアである蛸島彰子女流六段(71)が、女流名人戦予選2回戦で、千葉涼子女流四段(37)に勝利。自身が持つ最年長勝利記録を伸ばしたのです。

「続ければ人生」

 それが蛸島さんの座右の銘です。その言葉通り、蛸島さんは将棋一筋の人生を歩んできました。そしてその道は、そのまま女流将棋界の歴史でもあります。

 蛸島さんは、女流棋士の第1号でした。女性が将棋を指し続けることが、少なからず困難だった時代から、その先頭に立って、少しずつ道を切り開いてきました。そして1974年に初代女流名人位に就くなど、常に第一線で活躍を続けてきました。

 また、日曜日の午前に放映されるNHK杯において、長く棋譜読み上げを務めたことから、社会的に広く顔を知られる存在でした。中倉彰子女流二段(40)は、将棋好きのお父さんから、蛸島さんの名にあやかって、その名をつけられました。蛸島さんの存在に勇気づけられて、将棋を指し始め、そして女流棋士を志した女性は、たくさんいます。

 2007年には、日本将棋連盟から独立する形で、日本女子プロ将棋協会(LPSA)の設立にも参加しました。その際にもまた、少なからぬ苦労があったと思われます。しかしそれを表に出すことなく、女流棋士の権利拡充、女性が将棋を指す環境の整備、将棋普及の現場で、最前線に立ち続けてきました。

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 蛸島さんは大御所と言ってもよい存在です。しかし後進を相手に、威張るようなことが全くありません。

「蛸島先生」

 後輩からそう呼ばれると、

「先生はやめてね」

 と笑って返すのが常でした。

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 蛸島さんは、既に功成り名遂げた存在です。また、後進には既に、多くの女流棋士が誕生しています。蛸島さん自身は、いつ引退しても悔いはない、と言われていました。

 蛸島さんは、過去から現在に至るまで、変わらずに、真摯な姿勢で対局に臨むことでも知られています。将棋界はベテランになると、どうしても勝てなくなるものです。そして、成績が振るわなければ、規定により、引退に追い込まれます。しかし蛸島さんは、常に一定以上の成績をキープして、現役生活を続けてきました。

 その蛸島さんは昨月、自ら現役引退を表明しました。

蛸島彰子女流六段 公式戦引退のお知らせ(日本女子プロ将棋協会)

http://joshi-shogi.com/lpsa/news/news_171208.html

 蛸島さんの引退は、成績規定によるものではなく、自らの意思によるものです。そして、現在参加している棋戦で敗退が決まり次第、正式に引退となります。

 1月15日の対局で蛸島女流六段が対戦した千葉女流四段は、過去に女流王将位を獲得したこともある、強豪です。その千葉女流四段を相手に、蛸島女流六段は十八番の中飛車を採用。最新形からの中盤の攻防では、長く形勢不明が続きました。

 対局の模様は、インターネットで中継されていました。多くのファンが、固唾を呑んで観戦。Twitterには、蛸島女流六段を応援する声が並びました。

 中盤で蛸島女流六段は、振り飛車のお手本ともなるような、見事なさばきを見せます。ほどなく引退してしまう女流棋士とは、とても思われないような指し回しでした。勝勢に持ち込んだ後、最後は確実に押し切り、114手で勝利を収めました。キャリアの悼尾を飾るにふさわしい、名局だったと言っても過言ではないでしょう。

 トーナメントを勝ち上がった蛸島女流六段は、次局で、山田久美女流四段(51)-山口恵梨子女流二段(26)戦の勝者と対戦します。その戦いぶりもまた、注目を集めることでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『あなたに指さる将棋の言葉』(セブン&アイ出版)など。

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