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ボランティアでも優れた運営は可能 ――オリンピックはコミケから学べるか?

まつもとあつしジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
会場の東京国際展示場「ビッグサイト」(写真:アフロ)

2019年の夏コミ(コミックマーケット96・以下「コミケ」)が終了した。1975年の第1回開催から40年余り、来場者数は75万人を超え、現在では世界最大の同人即売会となっている。筆者もここ数年、同人サークルとして参加しており、ここでしか味わえない本を作って頒布する楽しみを享受させてもらっている。

このコミケが来年のオリンピック開催を受けて様々な変更を余儀なくされており、これまで3日間だった開催期間が今回はじめて4日間となった。そして残念ながら猛暑の中その余波を受けたトラブルも起こってしまっている。しかしコミケを開催するボランティアスタッフ(コミックマーケット準備会・以下「準備会」)は当日夜には検証結果を発表し、翌日には適切な対策を取り、改めてその運営能力の高さも強く印象づけることになった。来年同時期に開催され、やはりボランティアを中心に運営されることになるオリンピックは果たしてこれに学ぶことが出来るだろうか?

初めての4日間開催となったコミックマーケット96・会場の東京国際展示場=ビッグサイト・以下写真は筆者撮影
初めての4日間開催となったコミックマーケット96・会場の東京国際展示場=ビッグサイト・以下写真は筆者撮影

今回のコミケは、これまで同人サークルの出展に用いていた東展示棟がオリンピックに向けた拡張工事のため全て使えないという制約のもと開催された。新しく増設された南展示棟に加え、後ほど触れる企業出展は離れた場所にある青海展示棟で行われたとはいえ、これまで東西の建物に分散していた参加者は、ビッグサイトの西ホールとその先の南ホール、つまり西側を目指して集中することとなった。

東京ビッグサイト公式ページ(http://www.bigsight.jp/services/floormap/)より引用
東京ビッグサイト公式ページ(http://www.bigsight.jp/services/floormap/)より引用

そんな中、筆者もサークル参加したコミケ3日目(8月11日)に来場者が集中したことによるトラブルが起こってしまった。お目当ての本を手に入れるため、コミケは早朝始発から大勢の人がビッグサイトに押し寄せる。そのため、午前中は会場前の公園に入場待機の行列を形成し、「規制解除」となる時間まで順に会場に整理入場させる手順が取られている。

今回開催期間が1日延びたもののこの日は混雑が予想されていた。その人気度合いは、これも今回はじめて導入された有料の入場リストバンドの売行きから準備会もある程度把握をしていたという。そこで、会場入り口前から最寄り駅(国際展示場前駅)に広がる公園に加え、東展示場に隣接する駐車場とそこに至る道路を行列整理と入場までの待機場所として新たに用いることになった。しかしこれが裏目にでることになる。

既に待機列で埋め尽くされた公園を大きく迂回した行列は炎天下2時間以上待機をすることになった。コミケで2時間の待機というのは実はそこまで珍しくはないが、2時間を超え来場者が持ち合わせた水が尽きてしまい、しかもトイレや売店が導線にほとんど配置されていなかったため、熱中症で倒れ緊急搬送される人が数名出てしまったのだ。午前中日陰ができにくい東側、そして照り返しに対する対策があまりされていない屋外駐車場での長時間待機も状況をさらに悪くしてしまった可能性が高い。そして、11時に規制解除が行われたあともこの行列はなかなか会場内に吸収されることがなかった。会場内、西側に向かう通路が大渋滞していたからだ。

8月11日12時50分ごろのエントランスホール→西展示棟を結ぶ通路の様子
8月11日12時50分ごろのエントランスホール→西展示棟を結ぶ通路の様子

サークル参加で開場前に建物の中にいた筆者だが、昼食にいったん会場の外に出て中に戻ろうとしたところこの大混雑に巻き込まれた。建物内とは言えほとんど冷房が効いていない。それに加えて行列がなかなか前に進まない。参加者たちは汗を拭いたり、飲み物を口にしながら耐えていた。西ホール、そして南ホールの「宝物」=自由な表現物を目指して……。

今回新たに会場となった南ホールは西ホールに比べ天井が低く、冷房設備も新しいため「過ごしやすい」という声も
今回新たに会場となった南ホールは西ホールに比べ天井が低く、冷房設備も新しいため「過ごしやすい」という声も

今回のトラブルへのコミックマーケット準備会の対応に注目が集まったが、当日夜には「3日目の一般参加者入場についてのお詫びと4日目の対応方針」を発表し、スムーズな入場の実現と飲料販売・救護テントの増設を約束し、翌日は大きなトラブルなく4日間のコミケは終了となった。

企業出展者のブースは隣駅「青海」を最寄りとする別会場に設けられた。ビッグサイトからは約1.5キロで駅周辺の混雑を避け15分ほどの道のりを歩く参加者も目立った
企業出展者のブースは隣駅「青海」を最寄りとする別会場に設けられた。ビッグサイトからは約1.5キロで駅周辺の混雑を避け15分ほどの道のりを歩く参加者も目立った

翻って心配なのは来年のオリンピックの運営体制だ。期間中の1日の会場来場者数はコミケを超える92万人と予想されている。すでに暑さ対策は様々打ち出されているが決定打に乏しい印象だ。コミケとは違い、来場者の年齢も様々となり、暑さへの耐性、個人で採れる対策も十分ではないことも予想される。最寄り駅から会場までの徒歩移動や入場までの待機列の整理など、年2回90回以上を重ねたコミケと異なりはじめて顔をあわせるボランティア・運営スタッフがトラブルに迅速に対応できるかも心配だ。ボランティアの休憩場所や交代体制も十分考慮されているとは言えないニュースが目につく。

コミケは、「世間」との認知の乖離を強く感じるイベントでもある。マンガやアニメ好きとしては必ず知っておくべき、あるいは一度は足を運ぶべきイベントなのだが、そうではない人からすると「たくさん人が集まることはわかるけど、どこに魅力があるのか、またどうやってその運営が可能になっているのか」ほとんど知られていないというのが現実だ。しかし今回の一件が示したように、ボランティアが中心となっているにもかかわらず、オリンピックに伴う変更の「副作用」とも言える事故に対しても、迅速・的確に対応が出来ている点は高く評価できると思う。その運営能力の高さにももっと注目が集まっても良いはずだ。

※2019/08/15追記:写真注が誤って「青梅」となっていました。正しくは「青海」です。

ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者

敬和学園大学人文学部准教授。IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て現職。実務経験を活かしながら、IT・アニメなどのトレンドや社会・経済との関係をビジネスの視点から解き明かす。ASCII.jp・ITmedia・毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載。デジタルコンテンツ関連の著書多数。法政大学社会学部兼任講師・デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士(プロデューサーコース)・東京大学大学院情報学環社会情報学修士 http://atsushi-matsumoto.jp/

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