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「投稿小説」炎上とヒットを分けるもの

まつもとあつしジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者
『二度目の人生を異世界で』ホームページより・取材を受付けない旨も。

過去のヘイトツィートが発掘・炎上

アニメ化が発表されていた『二度目の人生を異世界で』(以下『二度目~』)の主要キャストが降板を発表、原作ラノベの出版停止、アニメ化の中止が発表された。作者の過去のツィートのなかにヘイトスピーチに該当するものが見つかったことが原因とされている。

『二度目~』はもともとは投稿小説サイト「小説家になろう」で発表されていた異世界転生ファンタジー物語。現実世界で死亡した主人公が、異世界で生まれ変わり、現代の技術・知識や、異能の力を用いて活躍するというこのジャンルの筋立てを踏襲している。

作品そのものには直接的なヘイト表現はみられない。「世界大戦従軍期間中に3712名」を惨殺したという設定(※この箇所は既に「小説家になろう」の投稿からは削除されている)から、中国でのいわゆる「百人斬り」を想起する向きもあるようだが、そこまで直接的であったりことさらに揶揄したものではないと感じた。

残酷描写も多く「小説家になろう」ではR15指定となっているこの作品。冒頭いきなり幼い少女に躊躇無く暴力を振るうなど、明らかに読む人を選ぶ作風であるものの、ソーシャルメディア上でヘイト投稿を繰り返していた作者と結びつくような箇所を見つけることはできなかった。

ヘイト投稿自体も作品が注目される以前のものが主に問題視された。刊行元のホビージャパンがコメントで述べているように、「作品の内容とは切り分けるべき事項ではありますが、著者が過去に発信したツイートは不適切な内容だった」というのがアニメ化中止の直接の原因と言えそうだ。

炎上とヒットの曖昧な境界

「小説家になろう」で1日に投稿される作品は400~500タイトルにも及ぶ(参考記事)。その中で読者を獲得しつなぎ止めようとすれば、良く言えば尖った、悪く言えば過激な展開が選択されがちだ。「二度目~」も表現の部分でそういう箇所が散見されるし、他の作品でも左右を問わず思想的にかなり偏ったものも珍しく無い。

人が物語を書く行動に向かう動機は様々だが、社会から十分に包摂されないといった負の衝動に駆られて生まれた作品も数多い。作者のルサンチマンが作中でどのように現れ解決されるのかは、様々な要因が作用しているはずだが、いずれにせよ中庸な精神からは人の心を揺さぶるような作品は生まれにくいのも事実だ。

投稿小説サイトは自分だけしか読者がいないところから、徐々に作品を気に入ってくれた読者との小さなコミュニティが形成されていく。連載形式を取りながら、更新告知や感想の投稿を起点として徐々にそれが広がっていくことになる。

作者のヘイト投稿も、作品がまだそれほど注目されておらず、読者もコアな層に限定されている段階では、「小さなコミュニティ」からは問題視されてこなかったわけだが、今回アニメ化が発表されたことでその閾値は大きく変化した。その結果、約5年前の投稿が発掘され、中止という憂き目にあっている。

小説に限らず、ソーシャルメディアを通じてコンテンツが伝播される現代においては、まずコアなファンを獲得した上で、その周辺にユーザーを拡げて行く手法が取られる。コアなファンに満足してもらい、また周辺からの注目を集めるために彼らの耳目を引く時に過激な表現を選択することも珍しくなくなった。

そのことがヒットにつながるか、それとも炎上を招くかの境界線は曖昧で、しかも今回の一件のように、当該コンテンツがライフサイクルのどの段階にあるかで、その反応も大きく変化することになる。作品をより多くの人に届ける役割を果たす出版社やプロデューサーも、作品そのものだけでなく、作品を支えてきたコミュニティがどういう状態にあるのかを注視することが求められている。

ヘイトを憎んで作者・作品を憎まず

「異世界転生もの」は現実世界ではうだつの上がらない主人公が、生まれ変わりを経て大活躍するという展開をとるものが多い。投稿小説サイトに作品を投稿するほとんどの作者は無名な存在だ。それが作品に人気が集まりアニメ化などのメディアミックス展開が決定すると、一躍注目の的となる。言わば物語と同じくあたかも「転生」したような変化が人生に訪れるわけだが、作中では無双(俺TUEEE)状態になる主人公と異なり、作者の側はかつてのように小さく居心地の良いコミュニティの中のような自由な振る舞いは許されなくなっていく。

ルサンチマンを抱えた作者が、物語を生み出し、社会から一定の評価を得るその前にソーシャルメディアに怨嗟の声を残してしまうこともあるだろう。しかし人は変化する生き物だ。同時に作品が社会に受入れられる過程で、作者の思想・思考が変化することもよくあることだ。ソーシャルメディアへの差別的なヘイト投稿を繰り返しながら、一向に反省するそぶりをみせない「著名人」も少なくないなか、それを撤回し反省の姿勢を示したことは私は評価されるべきだと思う。

「無名」の間は、この作者の投稿もよくあるネトウヨのツィートに過ぎなかった。もちろんその内容は許されるべきものではないが、作者の過去が作品の評価の高まりとともに発掘されてしまう、というのも今回がはじめてではない。書籍化やアニメ化によって作品に注目が集まっていく過程の中で、出版社など本作をプロデュースする人々が作者の過去のソーシャルメディア(コミュニティ)での振る舞いについて、しっかりと確認をしておくことができなかったのか、むしろ問われるべきはその点ではないだろうか。そうでなければ、物語が生みだされる構造から見ても、同じようなつまずきは繰り返されることになるだろう。

個人的には本作は人を選ぶ描写や、設定にツッコミどころもあるものの全体を通じて楽しんで読むことができた。作者が登場人物に込めた思いのようなものも、おそらく全てではないが受け止めることができたと感じている。

今回は残念な結果となってしまったが、時間をおいての本作の復活や作者の次回作にも期待したいと思う。

(なおこの問題については明日開催されるこちらのイベントでも議論したいと考えている)

ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー・研究者

敬和学園大学人文学部准教授。IT系スタートアップ・出版社・広告代理店、アニメ事業会社などを経て現職。実務経験を活かしながら、IT・アニメなどのトレンドや社会・経済との関係をビジネスの視点から解き明かす。ASCII.jp・ITmedia・毎日新聞経済プレミアなどに寄稿、連載。デジタルコンテンツ関連の著書多数。法政大学社会学部兼任講師・デジタルハリウッド大学院デジタルコンテンツマネジメント修士(プロデューサーコース)・東京大学大学院情報学環社会情報学修士 http://atsushi-matsumoto.jp/

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