柴咲コウの「種苗法」改正案への警鐘がもつ意味 拙速な国会審議は問題だ

コンピュータ制御で栽培される中国の最新種子工場(写真:ロイター/アフロ)

 女優・柴咲コウが自身のツイッターで、種苗法改正に警鐘を鳴らしたことで種子への関心が広がっている。種苗法改正は「連休明け」に審議が始まる予定であり、農業者や関係者の中でも意見の相違がある。人間は種子なくして生きていけない。人類共通の財産とも言われる種子について、改正案を契機に多くの人々の間で議論が活発化することが求められる。記事では改正案の背景にある課題と柴咲の警鐘がもつ意味について考える。

 柴咲は4月30日、「皆さん、『種子法」「種苗法」をご存知ですか?新型コロナの水面下で、「種苗法」改正が行われようとしています。自家採取禁止。このままでは日本の農家さんが窮地に立たされてしまいます。 これは、他人事ではありません。自分たちの食卓に直結することです。」と公式ツイッターに投稿し、種苗法改正が一躍注目を集めることになった(※1)。

 この柴咲のツイートに対しては賛否両論の視点から様々なコメントが寄せられた。そうした反応あってか当該ツイートは削除されたが、柴咲は同日に次のようにツイートして考えの整理を行っている。「種の開発者さんの権利等を守るため登録品種の自家採種を禁ずるという認識ですが、何かを糾弾しているのではなく、知らない人が多いことに危惧しているので触れました。きちんと議論がされて様々な観点から審議する必要のある課題かと感じました」(※2)。 

 この主張は、現在の種苗法改正をめぐる議論においてまっとうな指摘だ。なぜなら農業者に対し十分に周知されないまま種苗法改正が進んでいると考えるからだ。ここにきて改正を擁護するニュースも見られる中で今一度改正案の問題点の背景を整理してみよう。尚、詳細については筆者のこれまでの種苗法を扱った記事を参照して欲しい(※3)

知的財産強化と農民の種子の権利の抑制

 種苗法改正の問題点は、種苗の知的財産権を強化し農民の種子の権利を抑制する点にある。日本政府は他国へ知的財産権強化する国際条約である「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)」を推進している。そうした流れの中で種苗法改正が、種子法廃止の際のように国会で議論もなく通過してしまう可能性があり、日本の種子を守る会や農民運動全国連絡会が異議申し立てを行っている(※4)。

 一方、日本は「食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)」という国際条約にも加盟している。そこでは食料や農業の植物遺伝資源である農作物のタネは、農民により保全・改良されてきたことが明記されている。農民はその貢献から発生する「農民の権利」を保有することが謳われ、農民が自家採種する権利の自由はその中心の概念となっている

 農林水産省担当者は、種苗法改正について「一般品種については自家増殖できるので、誤解が解ければ反対する理由はないのでは」と取材に応えたとされるが(※5)、背景の一部を切り取った主張の報道であり問題がある。

(図1)自家増殖に育成者権の効力が及ぶ植物(現行387種類)、農林水産省(2019)
(図1)自家増殖に育成者権の効力が及ぶ植物(現行387種類)、農林水産省(2019)

 確かに農水省が主張するように種苗法改正後も一般品種については、自家増殖=自家採種できる。しかし種苗を取り巻く問題の一つは、自家増殖禁止の対象が数年で急速に増加していることだ。種苗法が成立した1978年には、農家の自家採種の慣行に配慮し、自家増殖を認めない植物は、挿し木等によりきわめて容易に繁殖するキク等の花卉類やバラ等の鑑賞樹 に限られていた。1998年に23種だった対象品目は、2020年には396種(図1・参照)で大幅に増加し、食卓にみぢかな野菜なども対象に上り、さらに登録品種が一つもない品目も追加され農業者の自家採種の権利が抑制される傾向にある(図2・参照)。

(図2)自家増殖に育成者権の効力が及ぶ植物(野菜・果樹)、農林水産省(2019)
(図2)自家増殖に育成者権の効力が及ぶ植物(野菜・果樹)、農林水産省(2019)

 この方向性について農山漁村文化協会(以下、農文協)が「自家増殖原則禁止に異議あり!」という活動を展開(※6)し、農水省に何度も取材に行っている。農文協が農水省に自家増殖禁止の理由を尋ねた所、自家増殖原則禁止が国際標準であり、日本は他国に比べて取り組みが遅れており、今後も品目リストを増やし、これまでの対象である栄養繁殖の植物だけでなく、種子繁殖の植物も追加していくと答えたという。つまり今後は食卓により近い作物が対象になっていく可能性がある。この主張には、国際条約で保護されているこれまで種子を育成してきた農民の種子への権利の抑制を意味し問題がある。

  

種苗法改正の内容は農業者に周知されていない

(図3)主な野菜における登録品種の割合、農林水産省(2019)
(図3)主な野菜における登録品種の割合、農林水産省(2019)

 さらに農水省の主張「誤解が解ければ」という発言が事実であれば、根源的な問題がある。なぜなら今回の改正において農業者当事者の意見を十分に聴取したとはいえず改正案の内容も周知されないまま拙速に採決される可能性があるからだ。中でも改正の影響が今後出てくると予想される野菜の分野においては、野菜生産農家に情報が十分に行き渡っていないと感じる。その背景には、野菜の種子はほとんどがF1品種という自家採種できない種子が多く種苗メーカーもほとんど登録していないことがある(図3・参照)。ただし近年野菜の登録品種の数も少しずつ上昇しており、今回の改正を契機にさらに増加する可能性もある。

 さらに種苗法改正に反対する農民運動全国連合会によると「登録品種数の少ない野菜の作付実態の中で、サツマイモやイチゴ、サトウキビなど、栄養生殖で増える野菜の登録品種への依存は強まっている」とし、今回の改正による農村現場への影響を指摘している(※7)。

(図4)ハイブリッド(F1)品種の栽培、農林水産省(2019)
(図4)ハイブリッド(F1)品種の栽培、農林水産省(2019)

 

登録品種の許諾性の問題

 種苗法改正のもう一つの問題は、登録品種の許諾性導入である。農水省の改正案を検討する会合では、農協の委員から自家増殖禁止の流れと金銭の負担も発生する許諾性について繰り返し疑問が呈された。そのポイントは、多様な農民がいる中で許諾制導入は本当に可能なのか。農民が追加で払う必要がないように、また農民の自家増殖がこれまで通り認められ、許諾においては、生産者と間に立つ団体に負担がないよう要望が出された(農水省 2019)。

 改正案では、農協の疑問が反映されないまま、許諾について明記されてしまった。農水省は、許諾は種苗メーカーと生産者や農協ら当事者に丸投げする意向で、今後は農業現場で混乱が起こる可能性が高い(現代農業2020)。許諾料が発生すると、小規模農民が種苗購入において不利になる可能性もある。なぜなら多くの農家は農協出荷を基本としており、そこは農協等の団体を通じて種苗メーカーと交渉が出来ることが予測される一方で小規模農民は交渉力を持つことが困難であるからだ。最悪、一般向け種苗代が上昇する可能性もある。欧州では、すでに許諾料の支払いが生じているが、種苗メーカーと小規模農民の構造的関係を考慮して小規模農家への許諾料の支払い免除規定がある(生産量・穀類92トン、ジャガイモ185t/年以下)。農村を支える多様な農家が農業を続けるためには、種苗法改正においてこうした免除条項についても議論がなされるべきである。

 日本の種子の海外流出を理由に国内農家の自家増殖を抑制し農民の種子への権利が制限することは、農業・農作物の多様性と持続可能な農業への道を阻害する可能性がある。そもそも日本の野菜の種子の自給率は低く8-9割が輸入に依存しており、新型コロナ危機でその影響が国内農業現場に影響が及ばないか心配な状況である。上述してきたように種苗法改正は、農村を支える家族農家などの生産基盤を脆弱化させる可能性もある。政府は今一度、農業者ら利害関係者とともに議論を行い種苗法改正を検討する必要があるといえるのだ。新型コロナ対策に終われる中で、上述のような問題を含む「種苗法改正案」は不要不急なものであり、今国会での成立を断念されるべきだ。繰り返しになるがこうした状況下で行われた柴咲の警鐘は大きな意味があったと考えるのである。

(※1)「柴咲コウ 種苗法改正案審議入りへ警鐘『日本の農家さんが窮地に…』」『スポニチ』2020年4月30日

(※2)「柴咲コウ公式ツイッター」4月30日、https://twitter.com/ko_shibasaki

(※3)松平尚也「種苗法改正の何が問題なのか 種苗法って何?  種子の知的財産権と農民の種子への権利」

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsudairanaoya/20200304-00166054/

    松平尚也「種苗法改正の問題点 種子と農民の歴史的関係から考える」

https://news.yahoo.co.jp/byline/matsudairanaoya/20200420-00174238/

(※4)日本の種子や農民運動全国連合会はリーフレットや署名活動を展開している。

https://www.taneomamorukai.com/shubyou

農民運動全国連合会 http://www.nouminren.ne.jp/index.shtml

(※5)「『種苗法改正案』で農家が窮地に? 柴咲コウ警鐘も、農水省『誤解が解ければ反対する理由ないのでは』」

J-CASTニュース編集部、2020年5月1日

(※6)「農家の自家増殖原則禁止に異議あり」農山漁村文化協会

http://www.ruralnet.or.jp/s_igi/

(※7)「深刻な問題をもたらす「自家増殖原則禁止」!私たちは種苗法「改正」に強く反対します 」農民運動全国連合会、2020年5月1日

(参照文献)

現代農業編集部(2020)「種苗法 農水省の有識者会議で話し合われていること」『現代農業』2020年2月号

現代農業編集部(2020)「農水省にも種苗業界にも話を聞いたけどやっぱり『農家の自家増殖に原則禁止』に異議あり !」『現代農業』2018年4月号、280-289頁

農林水産省(2019)「第6回 優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会議事概要」2019年11月

農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。京都市・京北地域の有機農家。京都大学農学研究科に在籍し世界の持続可能な農や食について研究もする。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析している。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行いレシピと一緒に食べ手に伝えている。また未来の食卓を考えるための小冊子「畑とつながる暮らし方」を知人らと出版(2013年)。ヤフーニュースでは、農家の目線から農や食について語る「農家が語る農業論」、野菜の文化や食べ方を紹介する「いのちのレシピ」持続可能な旅を考える「未来のたび」などを投稿する予定。

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