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広島の攻撃力を支える守備職人、DF中村楓。積み上げた“信頼感”で、大輪の花を咲かせるか

松原渓スポーツジャーナリスト
中村楓(右は相模原のサンデイ・ロペス)

【1年目のチームとともに】

 スピードに乗ってペナルティエリアに侵入してくる相手から、スライディングでボールを奪う。足を出すタイミングが0.1秒でも遅れれば、相手にPKを与えるリスクがある。

 だが、迷いはない。1対1の間合いの取り方に、経験値の高さが表れる。

 WEリーグ・サンフレッチェ広島レジーナのセンターバック、DF中村楓。人並外れたジャンプ力や俊足を持っているわけではないが、体が強く、的確なカバーリングと粘り強い守備でチームを支える。まさに“縁の下の力持ち”だ。

 18節の大宮戦で、その真骨頂ともいうべきプレーが見られた。

 0-0で迎えた前半16分、広島はカウンターのピンチを迎えた。得点力の高い大宮のFW井上綾香が、鋭い動き出しでゴール前に侵入。だが、中村はその瞬間を予測していたかのように中央から近づき、鮮やかなスライディングでボールを奪い返した。

「スライディングを使ってボールを奪ったり、シュートブロックに入るのが昔から得意でした。最近はケガの時期が長く、そういうプレーが減っていたんですが、最近、また感覚が戻ってきました。今季からプロになって、個人的にジムでトレーニングして、しっかりケアやストレッチできる時間が持てるようになったのは大きいですね。サッカーに集中できる環境はありがたいですし、プロとして、結果につながるプレーをしたいと思っています」

 広島は昨年、立ち上げられた新しいチームだ。選手を集め、ゼロからチームを作ってきた。中村は新潟から加入し、プレシーズンマッチや皇后杯も含めチームで唯一、21試合にフル出場。中村伸監督の信頼も厚い。しっかりとパスを繋いで主導権を握るサッカーを構築する過程で、中村自身、「元々は苦手だった」というビルドアップも上達した。

 センターバックでコンビを組むのは、新潟でもチームメートだったDF左山桃子。ともに30歳の同学年でもある。左山は空中戦や1対1に強く、中村はその背後のスペースをカバーする。互いの強みを熟知する2人の呼吸はぴったりだ。「もも(左山)は前に強い選手です。自分のカバーリングを信用して強くいってくれていると思うし、お互いの良さを生かせるシーンをたくさん作りたいです」と言う。

左山とのコンビで最終ラインをコントロールする
左山とのコンビで最終ラインをコントロールする

 17節・相模原戦で連敗を脱してから、攻撃の歯車がしっかりと噛み合うようになった。そして、開幕から15試合目の18節・大宮戦ではホーム初勝利を飾った。守備の安定が、攻撃の活性化につながっている。

「キーパーの福元(美穂)さんを中心に、守備で改善点を話して修正を重ねてきました。以前よりもディフェンスラインが安定したことで、前線の選手も攻撃しやすくなったと思いますし、後ろから見ていても、一人ひとりの自信が戻ってきたように感じています」

とはいえ、強敵は多い。翌週、アウェーで首位の神戸と対戦した19節は、前半30分までにFW田中美南の2ゴールなどで3失点を喫し、代表ストライカーの底力を見せつけられた。だが、広島はそこから猛反撃を見せ、FW川島はるなのゴールとFW上野真実のゴールで2点を返した。総シュート数では神戸(11本)の倍近い20本のシュートを記録。

 川島は試合後、連勝がストップした悔しさとともに、「立ち上げから1年半、ブレずにやってきたものが少しずつ形になっていると思います」と、確かな手応えも口にした。

雨垂れ 石を穿つ(あまだれ いしをうがつ)という故事成語がある。小さな雨の雫が、長年の間に少しずつ石を削って硬い石に穴を開けることがある、というたとえだ。

 広島が積み上げてきたサッカーは、そう遠くない未来に大きな花を咲かせるかもしれない。

 そのとき、中村のプレーは開花への原動力となるはずだ。

【最大のターニングポイント】

 中村の父は、岩手県を代表するFWだった選手で、全国の優秀選手にも選出されたことがある。兄も全国優勝経験者。2人は指導者としても実績を残している。

 そんな岩手県のサッカー一家に生まれ、小さい頃からボールに親しんだ中村は、中学卒業後に常盤木学園高等学校(宮城)に進学。DF熊谷紗希、DF鮫島彩ら、多くの代表選手を輩出してきた名門で守備者としての礎を築いた。2、3年次には全国優勝を経験している。

 1995年の創部から同校を率いてきた阿部由晴監督は、2017年の取材時に、中村についてこんなエピソードを明かしてくれたことがある。

「彼女は芯が強く、フラフラしたところがなかった。昔から1対1が強い選手です。お父さんは岩手県で有名な選手で、ユース代表にも選ばれた天才児でしたが、楓は努力家です。(2009年の選手権で)神村学園と決勝を戦った時に、相手チームに攻撃力の高いFWがいたのですが、すべてセンターバックの楓が“掃除”するんです。普段、寮でもよく掃除をしていて、まさに“掃除人”でした。サメ(鮫島彩)もそうでしたね。気が利くというよりは、2人とも掃除が趣味なのかな?と(笑)。そういう感じで、ベンチにいた他の選手に『見てみろ、楓は毎日寮を掃除していたけど、試合中も楓が全部掃除しているじゃん』と言ったら、全員が頷いたんです。それはよく覚えています。普段は寡黙でしたね」

 高校卒業後は新潟に加入し、ルーキーイヤーからレギュラーとして活躍した。「遺伝的に筋肉質なんです」と話していたが、雪が積もる冬の練習などで、足腰はさらに強化された。

 世代別代表を経て、2013年にはなでしこジャパンに初選出。2017年に再選出された際は、海外の強豪国とも対戦するなど、国内トップクラスのセンターバックとして、成長の階段を駆け上がった。

 だが、順風満帆ではなかった。2018年に右ひざ前十字靭帯損傷と外側半月板損傷、2019年に左ひざ前十字靭帯損傷とケガが続き、長期離脱を強いられたのだ。約2年間のリハビリを乗り越え、完全復帰を果たしたのは2020年だった。

 そして、WEリーグがスタートした昨年、中村は11年間を過ごした新潟から広島への移籍を決断した。

創設1年目で一つずつ積み上げてきた
創設1年目で一つずつ積み上げてきた

 山あり谷ありのキャリアを歩んできたが、自分にとって最大のターニングポイントとなった出来事を聞くと、中村はしばし考えを巡らせた後、こう続けた。

「広島に移籍してきたこと、ですね。すごく悩みましたが、それまでに大きいケガを重ねたことによって、より自分と向き合うことができたんです。それまでは、『クラブのために』とか、『誰かのために』と考えることが多かったのですが、周りの状況や環境などが変化していく中で、自分自身が成長するために環境を変えたほうがいいんじゃないかな?と思ったんです。父に相談したら、チャレンジしたい気持ちを尊重して『やってみたら』と声をかけてくれた。それで決心がつきました」

 移籍してからの1年間は、怒涛の日々だった。ゼロからのチーム作りは初めてのことばかり。加えて、環境の変化も大きかった。温暖な気候、プロ契約、新たなサッカースタイルへの挑戦ーー。「すべてが新鮮で、世界が広がった感じがしました」と言う。

 そして、チームの歴史を仲間とともに作りながら、中村は自身の新たな伸びしろとも向き合い、成長を楽しんでいる。

 キャプテンのMF近賀ゆかりがピッチに立っていない時は、代わってゲームキャプテンを務めることも。中村自身が表現したいリーダー像を聞くと、瞳に力が宿った。

「近賀さんは先頭に立って、ぐいぐいみんなを引っ張ってくれるイメージです。言葉でもみんなの力を引き出してくれますから。自分は喋りの方は得意ではなくて、性格的にも前で引っ張っていくというより、後ろから支えていくほうが合っていると思います。目立たなくても必要とされる存在になりたいですし、試合でもどん!と構えていられる選手でいたいと思います」

 恩師が言っていたように、中村は今も多弁ではない。だが、何があっても動じない雰囲気がある。

 1年目のシーズンも、残すところあと4試合。

 いい守備から、いい攻撃へ。コツコツと積み上げてきた広島のサッカーを最後まで貫き、来季に繋げる戦いができるか。

 次は5月4日、ホームの広島広域公園第一球技場で、再び首位の神戸と対戦する。冷静かつ大胆に守備を牽引する背番号4、中村のプレーに注目してみてほしい。

残りは4試合となった
残りは4試合となった写真:YUTAKA/アフロスポーツ

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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