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「サッカー人生で初」の苦境を乗り換えたFW田中美南。3連続ゴールでタイトルへのカウントダウンへ

松原渓スポーツジャーナリスト
田中美南(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【ケガが長引いたシーズン前半】

 チームの得点源となる絶対的ストライカーは、1、2試合ゴールが取れないだけで「不調では?」と囁かれる。ノーゴールが5、6試合も続けば、さらに深刻だ。

 INAC神戸レオネッサのFW田中美南(たなか・みな)は、今季、自身の代名詞とも言えるゴールから長く遠ざかっていた。

「ケガが続いてコンディションが上がらないことは、サッカー人生で初めての経験でした。リーグ前半戦は、メンタル的にも苦しかったです」

 たとえコンディションが100%でなくとも、ピッチに立てば結果を求められるのがFW。その宿命を田中も受け入れている。

 ただし、「リーグ4年連続得点王」の肩書きを持っているだけに、もとより期待の大きさが並ではない。日テレ・東京ヴェルディベレーザがなでしこリーグを5連覇した2015年から19年まで、リーグ戦は4シーズンで82ゴール。ほぼ、1試合1ゴールペースで決めてきた。

 結果を残しながら、2019年W杯のメンバーには選ばれなかった。その挫折を乗り越え、成長を期して2020年に神戸に移籍。新天地でも1年目から12ゴール(18試合)を決め、評価を高めた。その後、ドイツ1部のレバークーゼンに4カ月間の期限付き移籍をして強さを身につけ、昨夏の東京五輪に出場。

 魂のこもったプレーでチームを牽引した田中は、決勝トーナメント進出の原動力になった。だから、WEリーグが開幕した今季も、当たり前のように得点ランキングを賑わすと思われていた。

 しかしーー。

 開幕前に膝を負傷し、9月の開幕戦は欠場。2試合目で復帰したものの、いつもとは“何か”が違っていた。

 シュートがバーやポストに嫌われたり、以前なら迷いなく打ったシーンでファーストタッチがうまくいかないなど、チャンスはあるのに決まらない。9試合を消化した前半戦終了時点で、ゴールはわずか「1」。試合に勝っても、試合後の表情は冴えなかった。

 神戸は前半戦9試合でわずか1失点の堅い守備で首位を快走し続けたが、星川敬監督は、「決め切れるエースが不在です」「ポジションは関係なく、いい選手を11人ピッチに立たせたい。前線の選手たちは危機感を感じて欲しいです」と、田中を筆頭とした攻撃陣にあえてプレッシャーをかけ続けた。

 試練は代表でも重なった。11月の欧州遠征では、「奪ってからからゴールに向かうときに、自分を一番に見てもらえるようなアクションでボールを引き出したい」と復調のきっかけを探った。だが、オランダ戦で前半35分に相手のタックルを受け、負傷交代を余儀なくされてしまったのだ。

 1月のアジアカップでも、悔しい思いをしている。W杯出場権がかかった準々決勝は、自身のルーツでもあるタイとの対戦だった。試合前日、田中は静かな闘志を燃やしていた。

「ゴールは取れていませんが、コンビネーションでチャンスを作ったり、ポゼッションを高めることができているので、そこまで焦っていません。みんなのおかげで勝てていますから。ゴールを取れない責任を感じていることをチームメートも分かってくれているからか、『ナイスプレー!』と声をかけてくれるので、前を向くことができる。大事な試合で決められるように、集中していきます」

 取材では、毎回のようにゴールが取れない理由や心境を探るような質問が投げかけられた。だが、田中は淡々としていた。FW岩渕真奈(アーセナル)の「ゴールは取れるときには取れる」という言葉も、心の支えになっていたようだ。

 ところが、気持ちを奮い立たせて臨んだタイ戦で、開始9分に再び負傷してしまう。

「コンディションが上がってきていると感じていた中でケガをしてしまい、またか、と思いました」

 振り返る言葉に、無念さがにじむ。

 とはいえ、この試合は田中に代わってピッチに立ったFW菅澤優衣香の4ゴールなどで、タイに7-0で快勝。田中はベンチで仲間と共に、W杯出場権獲得の喜びを分かち合った。

アジアカップではノーゴールに終わった
アジアカップではノーゴールに終わった写真:ロイター/アフロ

【タイトルへのカウントダウン】

 潮目が変わったのは、3月12日の千葉戦(◯1-0)だ。

 試合は神戸が押される展開だったが、田中は後半開始早々にミドルシュートを決め、それが値千金の決勝弾となった。続く仙台戦(◯1-0)でも粘り強く戦って試合終盤に得点。そして、古巣・ベレーザとの上位対決(◯3-1)でも貴重な先制弾を沈めた。

「やっと(調子が)上がってきて、サッカーを楽しめているし、チームに貢献できているな、と感じるところまで(戻って)来られました」

 コンスタントに点を取るストライカーは、決め続けることで感覚を研ぎ澄ませ、「ゾーン」に入っていくのではないかーーそんな風にイメージしていたが、田中の答えは、予想とは少し違っていた。

「今は単純に痛いところがなくて、それが続いてコンディションが上がってきた中で、自然と余裕が出てきたと感じます。周りを見る余裕もできて、相手のプレスが遅く感じるような感覚も、最近は持てるようになりました」

 きっと、田中の頭にはいつも、ゴールを決める複数のルートが描かれているのだろう。そのイメージを具現化するためにも、コンディションを100%に近づけることがとても大切なことなのだ。

上位対決でゴールを決めた
上位対決でゴールを決めた写真:森田直樹/アフロスポーツ

 復調の要因には、神戸が田中の特徴を生かしやすい戦い方にシフトしたこともあるようだ。星川監督は、中盤の人数を増やして守備の強度を高め、前線は田中を軸に、組む選手によって戦い方を変化させている。

「前半戦の彼女はフィットしていませんでしたが、練習も積んで、ケガの状態も良くなってきた。彼女本来の良さを出してくれているし、ここからはゴールを連続で決めてくれるだろう、という期待しかないです」(星川監督)

 神戸は2位に9差をつけ、7試合を残して優勝までのカウントダウンを始めた。エースの復調は、タイトルを引き寄せる決定打となりそうだ。

 田中は、福島県のJヴィレッジで4月4日から行われている代表合宿に参加している。池田太監督率いるなでしこジャパンは、昨年10月の立ち上げから半年と、まだ日が浅い。今回は初選出の選手も多く、来夏のW杯に向けた再スタートを印象付ける活動となっている。田中は言う。

「ゴールに向かう推進力は、より強くなりました。FWの最初のアクションは裏(のスペースを目指す)。いい動きをして、自分の動きを見て!と要求していきたいと思います。初めて(代表に参加する)の選手が多いので、いい刺激になればいいと思うし、伝えることは伝えて、チームとして一つになれるようにやっていきたいです」

 27歳になり、代表でも経験を伝える立場になった。田中はベレーザ時代、長く主将を務めたDF岩清水梓からキャプテンマークを引き継いだ。その岩清水が「新しいキャプテン像を見せてくれた」と太鼓判を押したリーダーシップも、田中の魅力である。

 もともとメンタルは強い印象だが、今季くぐり抜けてきた試練は、田中に新たな強さを与えた。

 WEリーグは残り7節。輝きを取り戻したストライカーは、これまでとは一味違った光を見せてくれるかもしれない。

代表でもチームを引っ張る立場に
代表でもチームを引っ張る立場に

*表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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