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アメリカで活躍を続けるFW川澄奈穂美。女子サッカー大国でスケールアップしたプレーとWEリーグへの思い

松原渓スポーツジャーナリスト
川澄奈穂美(@djcgallery)

【「昆布だし」から「合わせだし」へ】

 なでしこジャパンが一世を風靡した2011年のドイツW杯で、鮮烈な印象を残してから早10年。その実力と人気で日本女子サッカーを牽引したFW川澄奈穂美は、アメリカでも確かな存在感を示している。

 今年も、アメリカ女子プロサッカーリーグ(以下:NWSL)のNJ/NY ゴッサムFCとの契約を更新した。

 日米合わせて、プロ生活は15年目に突入。

 30代後半に突入しても、そのエネルギッシュさは衰えるところを知らない。「アメリカは常に自分の伸びしろに気づかせてくれる場所」だと川澄は言う。

「体が動かなくなってきたな、という感覚はまったくないんです。そこに経験値が重なっていくので、年々サッカーが楽しくなっていくんですよ。次に何が起こるかがわかるようになってきて、それをしたらそうなっちゃうよ…ほらね、ということも(笑)。これが経験値なんだな、と実感しています。うまくいかなかった時に修正する力も問われているので、それが楽しいですね」

 NWSLには、世界ランク1位のアメリカ女子代表選手たちをはじめ、24カ国から挑戦者が集まる。欧州リーグと双璧を成す強豪リーグだ。

 川澄は2014年の初渡米でシアトル・レインFC(現OLレイン)に期限付きで移籍。同年、リーグのベストイレブンに選出された。2017年にはリーグのアシストランキング首位に輝き、その後もリーグ年間/月間ベストイレブンや週間MVPなど様々な賞を受賞。昨年8月に日本人初のNWSL100試合出場を達成した。

日米合わせて出場数は270試合を超えた(@djcgallery)
日米合わせて出場数は270試合を超えた(@djcgallery)

 シアトルに完全移籍を決断した2016年、川澄はこう語っていた。

「年齢を重ねて、ちょうど“昆布だし”ぐらいの味は出てきたかなと。ここからは“合わせだし”にして、コクも出していきたいです。何歳になっても選手として満足することはないと思うし、もっともっと(成長したい)という気持ちが常にあって、続ければ続けるほど知らない自分に出会えるんです」

 これまでには、FWメーガン・ラピノーやFWカーリー・ロイドら、アメリカ代表のスターとも競演してきた。

 毎日更新されるSNSには、日々の出来事が茶目っ気たっぷりに綴られ、チームメートを紹介することも。優れた洞察力と豊かなボキャブラリーで、あらゆる個性を輝かせる。

「アメリカには個性の強い選手たちがたくさんいます。今はそれをコネクト(繋げる)していくことにやりがいを感じていて、楽しくて仕方がないんですよ。選手の入れ替わりが激しいリーグなので、それぞれの特徴を掴みながら、自分が生き残っていくために、いかにチームをうまく回すかを考える。自分よりスピードやパワーがある選手たちが、生き生きとプレーできるように繋げていくことが楽しいんです」

 川澄は、英語が得意でないことを公言している。だが、それが活躍の妨げになったことはない。感情や意見をストレートに表すアメリカ人選手たちの中で、自分を明るくさらけ出し、周囲を笑わせる。そのポジティブさやコミュニケーション能力も、1つのチームで長くプレーできる理由だろう。シアトルで4年、ゴッサムFCでも4年目になる。

 2019年にシアトルから今のチームに移籍した際、シアトルの主将だったラピノーは、こんな言葉で川澄を送り出した。

「ピッチやトレーニンググラウンド、ロッカールームでナホと時間を共有できたことに感謝します。彼女のプロ意識とゲームの理解力は比類のないものです。彼女は人としても素晴らしく、私たちはロッカールームで彼女を思い出して恋しくなるでしょう」

 シアトルのエースナンバーを背負うMFジェス・フィッシュロックも、「彼女はチームの動きを変え、私たちに異なるゲームの見方とプレーを教えてくれました。とても尊敬しています」と、別れを惜しんだ。

米代表のレジェンド、FWロイドとともにゴッサムFCの攻撃を組み立てた(@djcgallery)
米代表のレジェンド、FWロイドとともにゴッサムFCの攻撃を組み立てた(@djcgallery)

【ハイレベルなリーグで進化したプレー】

 中盤を省略してロングボールが飛び交うーーそんなアメリカサッカーのイメージは、もはや過去のものだ。ゴッサムFCのスコット・パーキンソン監督も、モダンなサッカーを追求する。

「アメリカでもこんなに繋ぐんだな、と思ってもらえるはずです。監督がイギリス出身なのですが、いろいろなフォーメーションや選手に合ったことを試したり、オプションを持たせるチーム作りをしたりしていて、ヨーロッパの指導は進んでいるな、と。

私は、中盤で後ろからボールを受けて前に運んで前の2人に当てることを求められているので、どんどんやっていきたいですね。攻撃は3バックで組み立てていて、ボールが回るシステムなので、ワイドでプレーするのもすごく楽しい。フォーメーションに応じて頭をすぐに切り替えられるのも、自分の強みですから」

 身体能力の高い選手が揃うNWSLは、試合の展開が速い。身長157cmの川澄は自分より20cm以上高い選手や、体がすっぽり隠れてしまうような大型選手とマッチアップすることもある。だが、ポジショニングやスペースの作り方に長け、その体格をアドバンテージにしてきた。特に、試合の流れを読むインテリジェンスは高く評価されている。

強靭な選手たちとマッチアップする(@djcgallery)
強靭な選手たちとマッチアップする(@djcgallery)

「相手とコンタクトしない場所でパスを受けて、相手が来る前にボールをさばく。その強みが年々、洗練されてきた感覚ですね。ただ、日々のトレーニングでコンタクトしないポジションを心がけていても、小さなフィールドではぶつかられることもあるし、そういうことの積み重ねで、体もがっちりしてきたと思います」

 海外仕様に鍛え上げられた脚が、日々の鍛錬を物語る。食事は基本的に3食とも自炊。「食べ物はこっちにいる時の方が野菜が多めでヘルシーですね。日本にいるとご飯が美味しくて、つい食べすぎちゃうんですよ(笑)」

 今季からは、ワシントン・スピリッツのFW横山久美がトレードで加入。ダイナミックさと繊細さが融合したコンビネーションが期待される。

 また、新たにFW遠藤純(エンジェル・シティFC)とMF杉田妃和(ポートランド・ソーンズFC)がNWSLへの挑戦権を得た。

 若い選手たちの海外挑戦をどう見ているのだろうか。

「2人ともすごく良い選手だと誰もが知っていると思うし、2人がこれから楽しい世界を見られるんだろうな、という気がして、私が勝手にワクワクしています(笑)。自分の思い通りにいくことだけが『楽しい』ではなくて、サッカー人生を振り返ったときに、『あのときしんどかったな』とか『全然上手くいかなかったな』ということも含めて楽しめるのが海外。言葉が通じない、やりたいプレーを味方がしてくれない、食事が合わない、遠征が大変、とかそういうことも全部ひっくるめて、『これから楽しいことがあるよ!』と伝えたいですね」

ゴッサムFC(@djcgallery)
ゴッサムFC(@djcgallery)

【女子サッカーが盛んなアメリカ。WEリーグの伸びしろとは?】

 日本では2021年9月、女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が開幕した。だが、コロナ禍も重なって平均観客数は約1,700人。1試合平均5,000人以上の目標は遠い。

 一方、NWSLの平均観客数は、コロナ禍でも5,000人を超えている。代表戦は毎試合、数万人の観客が詰めかけて盛り上がり、試合後にはサッカー少女たちがキラキラした目でサインの列に並ぶ。

 その理由の一つが、積極的なプロモーションだ。かっこいい映像や、認知されやすいSNSの投稿などが目立ち、反響も大きい。

「アメリカは、代表が強いのは大きいですね。NWSLはその代表選手が各チームにいるので、彼女たちを中心に、上手にプロモーションをしています。今季、W杯優勝経験者のアリ・クリーガーとアシュリン・ハリスがうちのチームに移籍してきたのですが、移籍が決まってすぐHPのトップページに二人の写真を使ってシーズンチケットを販売していました。HPを開いたときに“知っている顔がある”のはとても大事なことで、SNSも積極的に発信しています。

それに、NWSLのHPでは個人のスタッツが全部出てくるんです。試合に出た時間、シュート本数、決定率、どの形で打ったか、ということも全部見られる。そのデータを見ていると、『この選手はどうだろう?』と、どんどん見たくなって、時間があっという間です。素人にも玄人にも面白い見せ方をしているな、と。リーグにたくさんの人が関わっていて、それぞれがプロの仕事として成り立っています。WEリーグのHPは、試合の記録も見られないので…。そもそも、かけている人員が少ないのかな、と」

アメリカ女子代表に憧れる子供たち
アメリカ女子代表に憧れる子供たち写真:ロイター/アフロ

 川澄は国内でプレーしていた頃から女子サッカーの魅力を様々な形で発信し、“なでしこ広報部長”とも呼ばれてきた。アメリカにいても、WEリーグの試合は、YouTubeですべてチェックしているという。観客を増やすためには、どのようなポイントをアピールすればいいのだろう。

「WEリーグはどのチームもすごく面白いサッカーをしていると思うんです。だからこそ、まずはサッカーが好きな人からどんどん見てもらいたいですね。

そのためにも、一般の方への認知度が低すぎる現状を変えていかないと。女子サッカーって、スタジアムに行くハードルが低いと思うんです。チケットの価格が安いし、お行儀の悪いサポーターもいない、いろんな層の方に来ていただきやすいリーグだと思うので。そういう魅力をうまくアピールして、『行こう』と思ってもらえるようなプロモーションをしてもらいたいなと思っています」

 NWSLは選手会を中心に、ハラスメント問題や賃金格差是正の問題にも積極的に声を上げてきた。そうした環境作りや選手側の意識改革も、WEリーグに期待される伸びしろだ。

 競技力のレベルアップも課題だ。NWSLのパワーやスピードを日常的に体感すると、WEリーグのそれはまだまだ物足りなく映るという。オフには国内で練習に参加したことや、古巣のINAC神戸レオネッサに一時復帰したことも。その際、川澄は日本のテンポや間合いに合わせるのではなく、アメリカのプレーの“逆輸入”を試みてきた。

「昨年末のオフシーズンに練習参加をさせてもらって、やっぱり守備の迫力が全然違うな、と物足りなく感じました。アメリカだったら、これぐらいの間合いやテンポでやらないと、相手にタックルされて絶対にボールを狩られ(奪われ)ているな、という状況で、日本だとボールに触られもしない。奪いに来ないの?と拍子抜けするシーンが多かったんです。その点では、アメリカの方が楽しいと感じるプレーがたくさんできるな、と感じました」

 NWSLとの”相思相愛”を貫いてきた川澄だが、今後はヨーロッパへの挑戦や、WEリーグ復帰の可能性はあるのだろうか?

「興味はありますよ。毎年、自分が『ここでサッカーがしたい』と直感で決めて、ワクワクできる場所に身を置いているので。もちろんオファーがなければサッカーはできないですが、チャンスがあれば行ってみたいです。明日、ヨーロッパかも?と思ったら行っちゃうと思いますね(笑)」

 豊かな表情、明快な切り返し。アメリカでの充実した日々を語る言葉からは、貪欲なエネルギーがほとばしっていた。

 尽きることのないサッカーへの探究心と“未知”への旺盛な好奇心で、日本人選手の価値を高め続けてきた川澄奈穂美。そのプレーは今季も必見だ。

 同時に、WEリーグの発展を心から願う様々な発信にも期待し、耳を傾けていきたい。

今季の活躍にも注目だ(@djcgallery)
今季の活躍にも注目だ(@djcgallery)

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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