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“WEリーグ第1号ゴール”を決めたFW髙瀬愛実が漂わせる再ブレイクの予感

松原渓スポーツジャーナリスト
WEリーグ第1号ゴールを決めた高瀬愛実

【価値あるゴール】

 4連勝、10得点0失点。今季スタートしたWEリーグで、INAC神戸レオネッサが力強いスタートダッシュを切った。4月から6月にかけてのプレシーズンマッチ(4連勝、7得点)での成績も含めると、8試合連続無失点。まさに、攻守に隙がない印象だ。 

 とにかく今季のINAC神戸は、一人ひとりのプレーに迷いがない。それは、試合の中で常に11人が良いポジションに立ち、良い距離感でサポートし合うという、攻守の土台となる規律が、丁寧に落とし込まれているからだろう。攻守の切り替えは速く、球際の寄せも呼吸が合っている。その中で個性の歯車が噛み合い、攻撃パターンも多彩になった。

 個人に目を向けると、攻撃陣で好調なスタートを切ったのが、FW髙瀬愛実(たかせ・めぐみ)だ。9月12日(日)のWEリーグ開幕戦は、開始4分にゴール。“WEリーグ第1号”の得点者となり、その後もここまで全4試合にFWとして先発し、3ゴールを決めた。

「自分の感覚を大事にしています。そのときの自分の状態や気持ちと向き合うことも、年齢を重ねるにつれて大事なことだと感じるようになりました」と語る髙瀬は、今年の11月で31歳を迎えるベテランFWだ。

 INAC神戸で13年。もともとは強靭なフィジカルを持つハードワーカーで、ポストプレーやシュート技術の高さは2009年の入団時から際立っていた。入団1年目になでしこリーグで16得点の鮮烈デビューを飾り、2012年には、18試合で20得点を決め、得点王とリーグMVPにも輝いている。

 2017年からは、右サイドバックとしても活躍。当時、INAC神戸は本職の右サイドバックの人手が足りず、チームを率いていた松田岳夫監督(現マイナビ仙台レディース監督)が、髙瀬のハードワークと守備力に着目し、同ポジションで起用した。その起用がはまり、その後3シーズン半、右サイドバックに定着した。

 そして、昨年末にFWに復帰。サイドバックを経験したことで、守備時に相手のパスコースを確実に限定する追い方や、パスの出し手の意図を理解したポジショニングやボールキープなど、スキルが洗練され、プレーエリアも広がった。また、持ち前のパワーを効果的に使い、「巧さ」を感じさせるプレーが増えた。そこに髙瀬の“進化”を感じずにはいられない。

 というのも、得点王になった2012年は、周りに質の高い崩しで決定機をお膳立てしてくれる経験豊富な選手たちがいて、髙瀬自身は生かされる立場だった。今は、味方を生かしながら、自分でも点を取ることができる。そして、ワンチャンスをものにする勝負強さがある。

 その端的な例が、10月10日(日)にノエビアスタジアム神戸で行われた日テレ・東京ヴェルディベレーザ戦だ。

 INAC神戸とベレーザの一戦は、なでしこリーグ時代から「L・クラシコ」(「クラシコ」は、スペイン語で「伝統の一戦」の意味)と銘打たれてきた東西ダービーだが、髙瀬はそこで価値ある一発を決めた。

 この試合はベレーザに押される時間が続いたが、76分、右サイドでMF成宮唯のパスを受けた髙瀬が右足を一閃。ファーサイドの味方を狙ったクロスかと思いきや、ボールはベレーザ守備陣の意表をつく形で、鮮やかに逆サイドのゴールネットを揺らした。

「ファーサイドに向かって思いっきり、味方もゴールも見ずに感覚で蹴り込みました」と髙瀬自身が振り返るように、これまでの試合を分析し、狙っていた形だった。この1点で勢いを盛り返したINAC神戸が1-0で上位対決を制し、首位を堅持した。

 「髙瀬は右サイドのどのポジションもできる」と、そのユーティリティ性を評価したのは、今季9年ぶりにINAC神戸に復帰した星川敬監督だ。

 プレシーズンマッチでゴールを決められなくても、WEリーグ開幕戦から髙瀬をスタメンに起用し続けた指揮官は、「プレシーズンの反省を踏まえて開幕に(調子を)合わせてくれましたし、WEリーグ最初のゴールを取ってくれたこともすごく嬉しいです」と、目を細めた。

【逸材との出会い】

 髙瀬の活躍を喜ぶ声は、彼女をよく知る関係者からも聞こえてくる。

 その一人が、INAC神戸の文弘宣会長だ。現在の活躍について話を聞いた。

 クラブを創設して4年目の2005年になでしこリーグに加盟し、当初は選手がなかなか獲得できずに苦労していたという。文会長は全国津々浦々に足を運び、選手探しに力を注いだ。髙瀬は、そんな時代に出会った逸材だった。

「当時のINAC神戸の監督から、『いい選手がいる』と聞いて、彼女が北海道文教大学明清高校(現北海道文教大学附属高校)1年生の時に、北海道まで夏の大会を見に行きました。そうしたら、周りの選手とは見るからに体格が違っていて、1対11で戦っているように見えるほど強かった。それで、この選手はぜひ獲得したい、と思い、1年と2年の大会を見に行って、早い段階でオファーを出しました。2009年に中島(依美)とともに入団してから、2人はすぐにU-19代表に選ばれましたよ」

 髙瀬は1年目に16ゴールを決めて、新人賞を獲ると、翌2010年になでしこジャパンに初招集された。

 2011年のドイツW杯に出場し、世界一のメンバーに名を連ねたのは20歳のとき。当時、FW岩渕真奈(当時18歳)に次ぐ若さだった。翌年には、決勝に進出して銀メダルを獲得したロンドン五輪も経験した。

 INAC神戸は2011年ドイツW杯以前にベレーザから澤穂希、大野忍、近賀ゆかり、南山千明、韓国の大黒柱、MFチ・ソヨンら、外国人選手も加入。星川監督が率いた“銀河系軍団”は負け知らずだった。

 だが、その後選手は入れ替わり、2014年以降、皇后杯では15、16年と連覇したものの、リーグでは下位チーム相手に勝ち点を取りこぼすなど、以前のような勝負強さを失い、タイトルから遠ざかった。髙瀬は若手から中堅になり、2016年にはキャプテンを務めたが、チームの歯車が噛み合わない時に、強引なプレーでファウルをもらうなど、空回りしているように見えることもあった。

 それでも、試合後はいつも結果を真摯に受け止め、プレーを振り返った。

 オフザピッチの彼女は思慮深く聡明だ。その印象は、初めて取材した19歳の時から変わらない。文会長も、その人間性に太鼓判を押す。

「彼女はINAC神戸に入団した時のことをよく覚えていて、こんなに長く自分を見てくれてありがとうございます、と、いまだに感謝を伝えてくれます。若い選手たちが苦労しているのを見て、話を聞いてあげたり、面倒見も良かった。『これだけの環境でできるのだからもっとやらなきゃ』と、厳しく指摘したり、怒ることもありましたね。若い頃からプロ意識が高い選手だったので、クラブから彼女に言うことはなかったです。試合では熱くなって周りが見えなくなることもありましたが、最近は星川監督の下でプレーの質が上がりました。勉強熱心なので、いい指導者に出会えば、どんどん伸びる選手ですよ」

【厳しい競争の中で】

 今季のINAC神戸は、前線のポジション争いが一層激しくなった。

 ゴールへの嗅覚に優れた17歳のルーキー・FW浜野まいか、際立つテクニックでチャンスを創出するFW成宮唯、スペインで4年半プレーしたMF後藤三知など有望な新戦力に加え、4度の得点王歴を持つFW田中美南、昨年の新人賞を獲得したMF水野蕗奈など、誰が前線の主役を張ってもおかしくないような顔ぶれが揃っている。

 その熾烈な競争すらもポジティブに受け入れ、自分を奮い立たせている髙瀬。今季からプロ契約になったことも、勝利やゴールへの原動力になっている。ベレーザ戦の試合後に口にしていた言葉に、ベテランFWの矜持があった。

「今季は、自分のベストパフォーマンスを見せつつ、結果を残さないと試合に出続けられないと強く感じています」

 リーグは残り16試合。今後もコンスタントにゴールを重ね、2012年以来の再ブレイクなるかー。プロ1年目を最高の形でスタートさせた髙瀬から目が離せない。

激しいポジション争いの中でパフォーマンスを上げている.
激しいポジション争いの中でパフォーマンスを上げている.

*写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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