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日本女子プロサッカー「WEリーグ」がスタート。開幕戦で各クラブが見せた世界基準へのアプローチ

松原渓スポーツジャーナリスト
WEリーグが開幕。5会場で11,000人以上が試合を見届けた(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

【リーグのレベル向上を導く指導者たち】

 9月12日、WEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)が開幕した。11,000人以上の観客が、女子のプロリーグが歴史の1ページ目を刻む瞬間を見届けた。1993年のJリーグ開幕時のような高揚感を抱きながら。

 WEリーグの使命の一つは、世界の強豪国との差を縮めることにある。W杯で優勝した2011年に、なでしこジャパンは世界ランク3位まで上昇したが、東京五輪はベスト8で敗退し、現在は13位。日本が再び世界大会で上位に食い込むためには、国内リーグのレベルアップが急務となる。

 そのカギを握るのは、WEリーグで指揮を執る指導者たちだ。彼らが志向するサッカーをいくつか紹介したい。

 例えばINAC神戸レオネッサの星川敬監督は、志向するサッカーのキーワードに「ポジショナルプレー」を掲げている。ポジショナルプレーとは、「ボールの位置に対して、選手が攻守で良いポジションに立ち、試合を有利に進める考え方」だ。欧州の男子サッカーから広まり、女子でもスペインやスウェーデンなどの強豪国が採用している。

 星川監督は、その基本的なコンセプトを約半年でチームに浸透させた。そして、ノエビアスタジアム神戸(兵庫県)での開幕戦は、新規チームの大宮アルディージャVENTUSに5-0で快勝。13年目のFW高瀬愛実が“WEリーグ第1号”を含む2ゴール、新加入の17歳ルーキー・FW浜野まいかも2ゴールを決めるなど、新戦力も躍動した。

 ポジショナルプレーが日本の女子サッカーで浸透したのは、日テレ・東京ヴェルディベレーザの永田雅人ヘッドコーチ(当時は監督)が2018年に同チームで取り入れたことが大きかった。

 当初、ベレーザの選手たちはそのコンセプトを理解するため、様々な細かいルールの中で動きを制限されながら失敗も重ね、苦闘していた。だが、全員が数カ月がかりで体得してからは快進撃を続け、2019年、20年と、国内外の全タイトルを獲得している。

 基本の「型」を身につけた後は、選手個々のレベルアップによってチームの攻撃パターンを増やしていった。最初に四苦八苦していた選手たちは、その面白さをはっきりと口にするようになり、新たなスキル習得への意欲も高まった。

 ポジショナルプレーは、代表を強くするための一つのアイデアにもなるはずだが、気になるのは欧米や南米の男子サッカーにも熱心に目を向け、戦術のトレンドにも精通するベレーザの永田HCが、東京五輪で女子サッカーの潮流をどう見ていたかということだ。

「2019年の(フランス女子)W杯で見たスペインやイングランドのインパクトが大きく、今回の五輪で戦術的な進化は感じませんでした。日本がまだまだつけ入る隙はあって、これからトップ5やトップ3に潜り込んで行くのは可能だと思います。WEリーグは経験値の高い監督が多く、戦術面で選手やチームの能力を伸ばしていける方が多いと思います。日本が世界の進化に置いていかれないようにするためにも、いい流れだと思います」

 ベレーザが目指すのは、「海外でも自立してサッカーができる選手になること」だという。そのためには日々の鍛錬に加え、切磋琢磨できるライバルの存在が欠かせない。そのひとつが開幕戦を戦った三菱重工浦和レッズレディースでもあるだろう。

 ベレーザは、ホームの味の素フィールド西が丘(東京都)に浦和を迎えた開幕戦で1-2の逆転負けを喫し、ほろ苦い初戦となった。

浦和レッズレディース
浦和レッズレディース写真:長田洋平/アフロスポーツ

 浦和は昨季、INACやベレーザを抑えてなでしこリーグ女王に返り咲いた。レギュラー全員が契約を更新しており、連係面では他チームよりも頭一つリードしている。

 開幕戦で感じた浦和の変化は、個々の強さやプレーのキレが向上したことだ。自主練習の量が増え、楠瀬直木監督によると、チームのフィジカルトレーニングもハードになったという。

 ベレーザ戦では、先制されながらもFW菅澤優衣香が電光石火のカウンターから同点とし、終盤にはMF塩越柚歩が3人に囲まれながら力強く右足を振り抜いて勝ち越し。どちらも躍動感に満ちたファインゴールだった。

 浦和のデュエルの強さは、39歳のFW安藤梢の存在が大きい。20年にわたって国内外の第一線で活躍し続けてきた。開幕戦ではフル出場で菅澤の同点弾をアシストするなど、勝利に大きく貢献。フィジカルトレーニングでは、一番高い数値を出すこともあるという。ピッチ内外で若い選手たちの鑑(かがみ)となり、チームを成長させている。

【“世界で戦える”選手を増やすリーグに】

 マイナビ仙台レディースを率いる松田岳夫監督も、WEリーグに新風を吹き込んでいる。同氏は、2011年に女子W杯で優勝したなでしこジャパンに多くの教え子を送り込んだ名将だ。

「東京五輪の(ベスト8という)結果だけを見て、『世界に差をつけられた』とか、「日本が遅れている』などと言われていますが、戦い方一つでコロっと変わるぐらいの位置にはずっといると思っています。プロリーグが始まることで、選手それぞれがプレーの質を上げて戦う意識を持ち、本当にギリギリのプレッシャーの中で試合を続けていくことでリーグが盛り上がれば、なでしこジャパンも強くなる。WEリーグは、日本の女子選手を世界で通用させるためのリーグだと思って戦います」

 ノジマステラ神奈川相模原を率いる北野誠監督も、東京五輪の日本の戦いから一つの答えを導き出していた。

「(日本には)ドリブラーがいないな、と感じました。スペースさえあれば仕掛ける、そういう選手が出てくれば、『女子サッカーってかっこいいな』と思われるだろうし、個の技術が伸びて、そのドリブルに対して戦術も変わって(進化して)いくと思います。その中で、世界で戦える選手が増えていくこと。それが、WEリーグが始まる意義だと思っています」

 ともにJリーグのクラブを率いた経験を持ち、指導者仲間でもある両監督は、WEリーグの開幕戦で激突した(ユアテックスタジアム仙台/宮城)。

 北野監督が「ゴール前に大型バスを置く(*)」と表現したように、ノジマは168cmのDF松原有沙と169cmのDF大賀理紗子ら、大型センターバックを中心にゴール前を固めて仙台の猛攻を耐え凌ぎ、無失点で勝ち点「1」を獲得。また、前線に182cmのFWサンデイ・ロペス(ナイジェリア)、FWケーニヒ・シンディ(ドイツ)ら新加入の外国人選手を起用した。2人はチームに合流したばかりでまだ本調子ではないが、世界基準の身体能力やスキルを持つアタッカーが加わったことは、選手たちの意識に変化をもたらすに違いない。

(*)守備的な戦い方を「ゴール前にバスを停める」と比喩的に表現。

 新規チームのサンフレッチェ広島レジーナは、ちふれASエルフェン埼玉に3-0で勝利(熊谷スポーツ文化公園陸上競技場/埼玉)。広島は、組織的な守備と、洗練された得点パターンを複数持っており、プレシーズンマッチと比べても着実に強くなっている。

 チームを率いるのは、Jリーグの広島や仙台で、ユース監督やトップチームのコーチなどを歴任した中村伸監督。今季の台風の目になるかもしれない。

サンフレッチェ広島レジーナ
サンフレッチェ広島レジーナ写真:森田直樹/アフロスポーツ

 また、AC長野パルセイロ・レディースとアルビレックス新潟レディースの北信越ダービー(デンカビッグスワンスタジアム/新潟)は、長野が3-1で制した。長野の小笠原唯志監督は試合前、ノジマの北野監督に呼応するように「マイクロバスを置く」と宣言。アグレッシブな守備と豊富な運動量で最後まで足を止めず、チャレンジャースピリットに満ちていて目が離せない。

 WEリーグ初年度は、過去の実績から、浦和、ベレーザ、INACの3チームが優勝候補筆頭に挙げられてきたが、予想通りとなるだろうか。

 昨年までに比べて、ジャイアントキリングを起こしそうなチームが増えた。WEリーグは、期待が高まる幕開けとなった。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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