全米100人のトップインストラクター、今泉奈美さんに聞く。女子サッカー大国アメリカの審判事情とは?

国際審判員を目指す女性たちを指導する今泉さん(写真:アメリカサッカー協会審判部)

 2008年〜2016年まで9年間、女子1級審判員として国内リーグで笛を吹き、FIFAの国際主審として世界各国で笛を吹いた今泉奈美さん。

 2017年に現役を退き、グリーンカード(アメリカの永住者カード)を取得。それを機に、2017年からアメリカに拠点を移した今泉さんは、アジア人女性として初めて、全米で100人しかいないレフェリーのトップインストラクターになった。

 現在は、フロリダを拠点としながら、全米で行われる様々なカテゴリーの大会に出向き、男女レフェリーの育成に携わっている。アメリカサッカー協会のインストラクターとして3年目となる今年は、競争率50倍というConcacaf(コンカカフ/北中米カリブ海サッカー連盟)のインストラクターへの挑戦権を得て、資格を取得できることが濃厚だ。

参考記事:

32カ国で笛を吹いた女性レフェリーの物語。元国際主審・今泉奈美さんの原点とセカンドキャリアの築き方

 2015年のカナダW杯と2019年のフランスW杯を連覇し、世界一の競技人口を誇る女子サッカー大国アメリカの審判事情や、インストラクターの仕事について、今泉さんにお話を伺った(文中敬称略)。

今泉奈美さんインタビュー

ーー日本は今年9月にWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)の開幕を控えて、今後女性レフェリーの数を増やしていくことも課題としています。アメリカは女子サッカーの競技人口が160万人とも言われますが、女性レフェリーの数も多いのでしょうか?

今泉:アメリカのNWSL(米女子プロサッカーリーグ)は、女性だけでは足りないので、男性レフェリーも笛を吹いていますよ。女性審判員の数が足りないのは、世界的な課題ではないかな、と思いますね。

日本と違うのは、大学と高校が、サッカー協会の管轄外になっていることです。大学はNCAA(全米大学体育協会)が管轄する団体で、レフェリーの笛のルールもFIFAのものとは微妙に違っているんです。たとえば、試合終了が「5・4・3・2・1」とカウントダウンできて誰でもわかるような終わり方になっています。高校は州によって異なるルールがあって、アシスタントレフェリーも主審として笛を吹けるんですよ。日本で審判が胸につけるワッペンは級によって色が違いますが、アメリカはそれ以外に、大学や高校のワッペンもあるわけです。私はアメリカサッカー協会とNCAA(大学)のワッペンを持っています。

ーーそんな違いがあるのですね。試合中のスピード感や当たりの強さは日本とは異なる部分もあると思いますが、笛の基準に違いはあるのでしょうか?

今泉:基準は変わらないと思いますよ。私自身、アメリカに来て、そこまで適応に苦労することはなかったですから。なでしこリーグで笛を吹いていた現役時代に国際大会で笛を吹く時も、基準自体はそこまで大きく違わなかったですね。ただ、事前にビデオを見ながらトレーニングを繰り返して臨んでいても、実際には現場でプレースピードに目と脳を適応させていかなければいけない難しさはありました。

アメリカでは女子サッカーが人気スポーツの一つだ
アメリカでは女子サッカーが人気スポーツの一つだ写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

ーー今泉さんは19年にアメリカでレフェリーのインストラクターになられてから、最初はやはり苦労もありましたか?

今泉:そうですね。審判員は試合が終わった後に、インストラクター(審判アセッサー)から点数や合格・不合格や、次の試合のためのアドバイスなどが書かれた評価表をもらいます。私は、日本では評価される側だったのですが、今はアメリカで評価してレポートを渡す側になり、どうやってそのフィードバックを書けばいいのか最初はわからなくて(笑)。まずはその書き方から学びました。3年目で慣れてきましたし、研修の持っていき方もわかるようになりました。インストラクターは育成年代も含めて、いろいろな大会から呼んでもらって行くのですが、試合が終わって、夜に審判員たちにレポートを書いて渡したり、研修会を開いて講義をしたりしています。

ーーアメリカ女子代表の試合なども観に行く機会はありますか?

今泉:もちろんです。2019年3月にフロリダ州のオーランドで行われたSheBelieves Cupをフロリダ州の審判員、コンカカフのインストラクターたちと観戦しました。また、アメリカ女子代表の試合はテレビで生中継があるので観戦しています。

ーーグラスルーツから国際主審を目指すレフェリーまで、指導なさる対象は幅広そうですね。

今泉:そうですね。ただ、(プロの審判を担当する)プロフェッショナルリーグのインストラクターになるお話もあったのですが、私はどちらかというと、審判員の育成の方に興味があります。現役時代に、自分が良い審判員だったとは思えなくて、「あの時こうすればよかったな」と未だに思うことがありますね。だからこそ、グラスルーツからいい審判員を育てたいという思いがあります。

ーー指導を通して、「日本と違うな」と感じるのはどのようなところですか?

今泉:アメリカに来て、日本の審判委員会はすごくいいプログラムで(レフェリー養成を)進めているな、と改めて感じますね。大きく違うなと思うのは、アメリカでは試合を成立させるために、レフェリーが自分の色やパーソナリティーを全面に出してきます!インストラクターとしてはそれも受け止めなければいけないので、最初は戸惑いましたね(笑)。

ーー一人ひとりの自己主張を受け止めながら指導なさるのは大変そうですね(笑)。

今泉:いろいろな個性がありますからね。「自分もアメリカの審判員のように笛を吹いていたら、もっと違う現役生活を送っていたかな?」と想像したりもしますよ。それから、アメリカの育成年代の大会で笛を吹くためには、フライトや宿泊もすべて、審判員の自己負担です。日本では審判委員会が交通費などをカバーしてくれることもあるのですが、アメリカサッカー協会の審判部は、『その価値に見合う研修会やインストラクターを用意しますから、学びたいなら自分で(自費で)来てくださいね』というスタンス。大会に来たレフェリーは、まず貼り出されたインストラクターの名前を見ます。だから、こちらは常に『いいものを提供しなければ』と、ものすごく緊張感がありますね。『このインストラクターは良くない』と判断されたら、誰も来なくなってしまいますから。

ーーそれはプレッシャーが大きいですね。でも、チャレンジして、結果を出せば実力が認められてステップアップできるので、やりがいもありそうです。

今泉:そうですね。国籍は問われませんし、他のインストラクターと同じように評価してもらえます。ただ、言葉の壁もありセミナーの準備などはものすごく時間がかかります。もう英語を見るのも嫌だと思うことも多々ありますよ。私が先日指導した審判員の方は聴覚障害をお持ちでしたが、みんなと同じように参加できて、私たちインストラクターも同じように接しています。喋っている唇の動きを見て、わかってくれるのですが、私は英語の発音が悪いので伝わっているのか心配でした。紙に書いてフィードバックしたり、周りの審判員も積極的にサポートしてくれました。

アメリカ審判協会は、障害を持った人や人種・性別を超えて、すべての人を一人の審判員として扱います。そういうところはすごくいいなと思いますね。

ユース育成大会に全米トップインストラクターの一員として参加した今泉さん(写真提供:アメリカサッカー協会審判部)
ユース育成大会に全米トップインストラクターの一員として参加した今泉さん(写真提供:アメリカサッカー協会審判部)

ーー多様性を認めることや、ジェンダー平等についても活発な議論がなされていますね。

今泉:ブラック・ライヴズ・マター(アメリカで、黒人男性が白人の警察官に首を圧迫されて死亡した事件をきっかけに、全米に広がった抗議デモ)に対する賛同の意を示す行動として、インストラクターも(試合などで)片膝をつくことがあります。

日本ではブラック・ライブズ・マターの当事者のような思いをすることはそこまで多くないと思いますが、公平・公正という観点からは、女性だから、男性だから、という線引きで、私が2016年の高校サッカー選手権の福島県予選決勝で笛を吹いた時に経験した(*)ようなつらい思いをする人がいて欲しくないと思います。

(*)前回記事参照

ーー今泉守正さんはなでしこジャパンのコーチでもあります。指導者とレフェリーという異なる立場ですが、刺激を受けることも多いのではないですか。

今泉:そうですね。主人が教えるサッカーは、人とボールが動くサッカーなので、観ていて楽しいです。2018年の全米大学女子サッカー選手権を観戦し、(指導している)フロリダ州立大学(FSU)が決勝戦で勝って全米チャンピオンになった時は本当に嬉しかったですね。初めてサッカーの試合を観て嬉し泣きしました。NCAA(全米大学体育協会)で女子サッカー部を持つ大学は全部で1000校以上あって、FSUが所属するディビジョン1(1部)だけでも350のチームがあります。その中での優勝だったので。ぜひ、もう一回、全米優勝を勝ち取って欲しいなと願っています。

ーーもうすぐ、北中米カリブ海サッカー連盟(Concacaf/コンカカフ)のインストラクター資格を取得されますが、その後、さらに上の資格に挑戦していくことは考えていらっしゃいますか?

今泉:Concacafの上はFIFA(国際サッカー連盟)のインストラクターですが、今は、ここまで来られたことが奇跡のように思えます。日本で現役時代に審判の活動を通じて、世界中に仲間ができたことは本当に大きくて、今、こうやってConcacafのインストラクターに挑戦できているのもすべて、そういう友情が繋いでくれた結果ですから。すごく責任のある仕事だと感じていますし、今、与えられた場所でその責任をしっかりと果たしていきたいと思っています。

ーーアメリカでの貴重な経験をいろいろと聞かせていただき、ありがとうございました。今後のご活躍に期待しています。

(※)インタビューは、オンライン会議ツール「Zoom」で行いました。