女子サッカーの「歴史の節目」を知る監督と選手。WEリーグ・ちふれASエルフェン埼玉が新体制へ

25年目のFW荒川恵理子(中央)、昨季主力の中村ゆしか(左)らが契約を更新した

【一新したチーム体制】

 4月24日から6月19日にかけて、日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)のプレシーズンマッチが開催される。日程や対戦カードはすでに発表されており、いよいよ11チームがヴェールを脱ぐ。各チームは2月に始動し、現在は9月の開幕を目指してチームづくりの真っ最中だ。

 初年度に参戦する11チーム、「オリジナル11」の一つ、ちふれASエルフェン埼玉は、WEリーグ初代監督として半田悦子氏を招聘。女性監督が率いる唯一のチームになった。プロリーグ参戦を機に、クラブミッション、ビジョン、ロゴ、エンブレムも一新している。

 クラブは1985年創設と、WEリーグで日テレ・東京ヴェルディベレーザに次いで歴史のあるチームだ。ホームタウンは狭山市、飯能市、日高市で、ホームスタジアムは熊谷スポーツ文化公園陸上競技場。飯能市にある練習場は、専用の人工芝グラウンドや照明が完備され、開放感のあるカフェを併設したクラブハウスなど、プロチームに相応しい環境だ。

 埼玉県からは、昨季なでしこリーグ1部で優勝した三菱重工浦和レッズレディースと、各チームからレギュラークラスを多く獲得した大宮アルディージャVENTUSもWEリーグ初年度に参加しており、一つの県から複数のチームが参加するのは埼玉県のみ。県内ダービーは白熱しそうだ。

 各チームは「15名以上のプロ契約選手を抱える」というリーグの要件を満たしており、全員がプロ選手のチームもあるが、アマチュア契約選手を抱えるチームもある。エルフェンは後者で、以前からサポートを受けている地元企業が選手たちの雇用先になっている。4月6日には、コーチ陣も含めた新体制と22名の選手が発表された。

 菅澤大我前監督の下、なでしこリーグ2部で優勝争いを繰り広げてきた直近の3シーズンからは、半数以上のメンバーが入れ替わった。その中で、クラブ一筋で14シーズン活躍し、クラブを象徴する“バンディエラ”だったMF薊理絵の引退は、多くのファンを落胆させたのではないだろうか。今後はクラブアンバサダーとして、チームを支えていくという。

薊理絵
薊理絵

 また、同じく主力ではエースナンバーを背負ったDF高野紗希も引退を決断。加えて、レギュラークラスを含む6人がWEリーグの他チームに移籍、3名がなでしこリーグのチームに移籍した。

 一方、新加入選手は11名。昨季1部のチームからは、MF加藤千佳(←浦和から加入)、GK船田麻友とMF瀬戸口梢(←ともにジェフユナイテッド市原・千葉レディース)、DF小島美玖(←アルビレックス新潟レディース)、DF松久保明梨(←伊賀FCくノ一三重)が加入。

 昨季2部のチームからは、MF瀬野有希(←スフィーダ世田谷FC)、MF山本絵美(←ニッパツ横浜FCシーガルズ)、DF岸みのり(←大和シルフィード)らが加わった。

 攻撃陣では、昨季チーム最多の8得点を挙げたFW祐村ひかると、7得点のFW河野朱里、スピードで攻撃に変化を与えるMF中村ゆしかが残留したのは心強い。最終ラインはレギュラーだった3人がチームを離れ、大きく変わりそうだ。その中で、センターバックとして昨季フル出場したDF木下栞や、A代表候補のGK浅野菜摘らがリーダー候補に挙げられるだろう。FW荒川恵理子には、41歳でのリーグ最年長ゴール更新に期待したい。また、WEリーグは外国籍選手の受け入れを推奨しており、強豪国のリーグで活躍する選手を獲得したチームへの支援金も用意されている。エルフェンも、9月の開幕に向けて外国籍選手獲得の可能性がある。

左から祐村ひかる、瀬戸口梢、河野朱里
左から祐村ひかる、瀬戸口梢、河野朱里

【プロチームを率いる覚悟】

 今季、チームを率いる半田悦子監督は、現役時代はFWで、1989年に創設された日本女子サッカーリーグでは初めてのリーグMVPに輝いた“初代なでしこ”だ。当時は海外からトップレベルの選手が集まり、「世界最高の女子リーグ」と謳われていた。代表では1991年と95年のFIFA女子世界選手権(現FIFA女子ワールドカップ)や96年のアトランタ五輪にも出場。97年に現役を退くまで、出身地である静岡県清水市でプレーし、引退後、2004年からは静岡市の常葉大学附属橘中学校と高校で、17年にわたって監督を務めた。

 本田美登里監督(静岡SSUアスレジーナ監督)に次いでS級を取得した2人目の女性指導者であり、高校年代からトップリーグまで、女子サッカー界での人脈の広さは言うまでもない。一方、指導対象は中高校年代の選手だったため、トップチームを指導するのはエルフェンが初めてとなる。

「中高生に対して時間をかけて積み上げてきたことが、トップチームではスムーズにできます。その点はこれまでと違いますし、選手たちに言ったことがすぐに形になるので、練習の中で状況に応じて何を伝えるべきかをはっきりさせることと、言葉の選び方には気をつけています」

半田悦子監督
半田悦子監督

 半田監督に白羽の矢が立ったのは、元日本女子代表監督で、現在エルフェンの代表取締役会長を務める宮内聡氏の働きかけが大きかった。現役時代、代表チームでコーチだった同氏から、今回の監督就任依頼の話を聞いた時、半田監督は驚いたという。「私自身、現役時代も含めて静岡から出たことがなかったですし、声をかけていただいた時は、自分の(指導)力を考えてもプロチームに適任なのか悩んで、即答できませんでした」と、葛藤があったことを明かした。常葉大橘高で指導者としてのキャリアをまっとうすることも、一つの理想だったからだ。

 選手たちと同じ女性同士で、かつ自身もトップリーグで長くプレーしたからこそ、チーム内や選手間で起きることはイメージしやすい。だが、結果が求められるプロの世界の厳しさは、性別とは関係ない。だからこそ、「覚悟を持って、ここにきました」と語る。

 決め手になったのは、いくつかの想いと「人」の存在だったという。日本女子サッカーリーグが開幕した32年前の、強い期待感やワクワク感を覚えていたからこそ、「WEリーグが始まり、女子サッカーが変わる節目で、自分にできることをしたいと思いました」と、チャレンジを前向きに捉えた。また、WEリーグとともに「女性活躍社会の牽引」を実現するための取り組みや、地域に根付いたクラブを目指すエルフェンのクラブビジョンにも共感した。「人」については、旧知の仲である宮内代表や、山郷のぞみGKコーチの存在が背中を押したという。

「(常葉大)橘高校にいた時も、自分ができないことは周りの人に協力してもらいながらやってきたので、いろんなアドバイスやサポートをいただきながら、自分にやれることがあるのではと思い、時間をかけて決断しました」。

 常葉大橘高では多くのことを一人でこなしていたというが、エルフェンではコーチやトレーナー、栄養アドバイザーなど、トレーニングやコンディショニングをサポートするスペシャリストが揃う。コーチ兼アカデミーダイレクターには、JリーグのFC岐阜や徳島ヴォルティスなどで指導経験のある安達宏道氏を迎え、フィジカルコーチは女子U-17、U-20代表のほか、ベレーザで代表選手をサポートしてきた関大悟氏が昨年に続き名前を連ねた。半田監督は、監督に就任してからの2カ月間、練習のメニュー作りや長期休暇明けのトレーニングなど、これまでのやり方も含めて様々なことを周囲に尋ねたり、アドバイスを確認しながらチームづくりを進めてきたという。国内では前例のない秋春制が採用されることもあり、スタッフ間の連係も含めたチームの総合力が問われる。

 チームが始動してからの2カ月間は、長いシーズンを戦い抜くための体力作りやフィジカル強化にも努めたという。目指すサッカーの方向性について半田監督は、「私自身は基本的には攻撃が好きですし、点を取られても取り返して勝てるようなチームを作っていければいいですね。(エルフェンには)攻撃のアイデアの多い選手が多いので、まずはそれを共有していくつもりです」と、ストライカー出身の監督らしい目標を示した。

【憧れだったプロ選手へ】

 メンバーは大きく変わったが、和気藹々とした練習前後の雰囲気は以前と変わっていない。今季、その中心には経験豊富な荒川と、今季新加入のMF山本絵美がいる。2人とも練習中は集中力の高さを感じさせたが、年下の選手たちとも積極的なコミュニケーションを取っていた。

 今季キャプテンを務める山本は、2000年に田崎ペルーレFCでトップリーグにデビューしてから、今年で22シーズン目を迎える。2009年からアメリカのUSL Wリーグで3シーズン、イタリアのセリエAで1シーズンプレーし、イタリアでは年間MVPも受賞した。帰国後の14年には、中学時代にプレーした横浜FCシーガルズ(現ニッパツ横浜FCシーガルズ)に復帰。平日は午前中にチームの練習をこなし、午後は仕事をこなしながら、大きなケガもなくコンスタントに試合に出場してきた。キャリアの約半分を過ごしてきたシーガルズからの移籍の決断を、こう振り返った。

「私自身、『いつかはプロ選手としてやってみたい』と思っていました。それは小さい頃からの憧れや夢でしたし、(現役生活は)残り何年もできないと思っていたので、(エルフェンから)お話をいただいたときに行きたい!と思って決断しました」

山本絵美
山本絵美

 海外でプレーしていた4年間はセミプロで、貯金を切り崩しながら生活していたという。だからこそ、競技で生計を立てることができることの喜びはひとしおだ。「プロになってからは、自分自身にかけられる時間がすごく増えました。そういう面でも、大きく変わりましたね」。

 山本は、日本女子サッカーの歴史に大きな影響を与えたアテネ世代の一人でもある。正確な両足のキックを生かし、2004年に行われたアテネ五輪のアメリカ戦では直接フリーキックを決めた。当時、代表でともに戦った山郷コーチや、2学年上の荒川と再び同じ目標を目指せることも、新たな原動力になったという。

「一番年上にガンちゃん(荒川恵理子)がいてくれるのはありがたいです。彼女には年下の選手も突っ込みやすいし、上下関係もあまりなく、みんなが一つになりやすいチーム、という印象があります。走力のある選手がいるので、ボールを大切にしながらダイナミックに前に攻める部分も出していけると思いますし、まずは全体で戦えるチームにしていきたいですね」

 エルフェンでの背番号は、田崎時代からずっとつけてきた「7」だ。エルフェンでは、昨年まで薊理絵が11年間つけていた番号で、重みがある。2人に見出すことができる共通点は、「背中で見せるプレー」だろう。山本は、「自分は上手い選手ではないし、みんなの方が全然上手いですよ」と言うが、誰よりも勝負どころを知っている。

 加入して最初に伝えたのは、球際で戦う姿勢だった。なでしこリーグ2部で対戦相手だった昨季まで、エルフェンに持っていた印象は「上手いチーム」だったという。しかし、WEリーグは、代表クラスの選手が各チームに散らばる。「WEリーグになったらみんな上手いですから。まずは球際でシビアにいこうよ、と伝えました」

 山本が理想とするチーム像は、アテネ五輪に出場した日本女子代表だ。個性あふれる選手たちが互いを理解し合い、共通の目標に向かって一つになっていた。アテネ五輪への切符をかけたアジア最終予選の北朝鮮戦は、そのチームの底力が発揮された試合だ。

「北朝鮮に勝たないと女子サッカーがここで終わってしまう、という危機感を全員が持っていました。大会前は、日本サッカー協会がひと月に3週間の代表合宿を3カ月間組んで背中を押してくれて、スタッフが相手のスカウティングをしっかりしてくれました。試合前には、アトランタ五輪(1996年)に出て、シドニー(2000年)に行けなかった悔しさを知っている大部(由美)さん(現日本女子代表コーチ)がチーム全員を集めて、この試合がどれだけ大事なのかを伝えてくれて。一体感が高まって、負ける気がしなかったです」

 旧国立競技場に3万人超の観客を集めたこの試合で、日本は一度も勝ったことがなかった北朝鮮を3-0で下し、アテネ五輪への切符を掴んだ。女子サッカーは灯を消すことなく、この勝利がその後のなでしこジャパンの2011年W杯優勝へと続く伏線にもなった。半田監督同様に、女子サッカーの歴史の節目に立ち会ってきた山本は、WEリーグのピッチに立つ想いについて、最後にこう語ってくれた。

「サッカーを始めた小学生の頃に、『女子のサッカーがテレビでやることなんて絶対にない』と言われたんです。その時は『10年もすれば変わる』と言い返したのですが、実際は10年経っても変わらず、大人になればなるほど経済的なことも含めた厳しさがわかるようになりました。だからこそ、仕事をしながらではなく、胸を張って『プロです』と言える環境が生まれたことはすごく大きいことです。コロナ禍でスタートできるのは、多くの方が力を尽くしてくれたおかげだと思いますし、女子サッカーを繋いできてくれた先輩方がいたからこそ、今がありますから。そういう人たちのためにもリーグを盛り上げて、定着させていきたいです」

 女子サッカーが紡いできた様々な物語や想いを胸に、山本は初代WEリーガーとして、エルフェンの歴史に新たな一ページを刻む。

 エルフェンのプレシーズンマッチ初戦は5月4日、熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で、INAC神戸レオネッサと対戦する。半田監督が目指す攻撃的なサッカーの一端を見ることはできるだろうか。いよいよ、プロ1年目の新チームがお披露目となる。

左から祐村ひかる、松井彩乃、瀬野有希
左から祐村ひかる、松井彩乃、瀬野有希

浦和から新加入の加藤千佳
浦和から新加入の加藤千佳

※写真はすべて筆者撮影(4月15日当時のものです)