波乱のスタートも目標は揺るがず。INAC神戸レオネッサの合言葉は「WEリーグ初代チャンピオンを獲る」

WEリーグ1年目(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

【9年ぶりの監督復帰へ】

 急転直下の監督交代だった。

 今年秋に始まるWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)に参戦するINAC神戸レオネッサは、2月22日にゲルト・エンゲルス監督の退任と、星川敬監督の就任を発表。選手の編成が終わり、26日の始動日直前の監督交代という波乱のスタートとなった。

 異例のタイミングでの発表の背景には、結果への強いこだわりがある。

 エンゲルス監督就任初年度となった昨季の順位は2位。2015年から4季連続得点王になったFW田中美南の補強が実り、FW岩渕真奈とのホットラインが生まれたが、内容面では右肩上がりとはいかず、特にアウェイでは勝ち点が伸びず苦しんだ。10月以降は3バック採用で攻守が安定し、ホームゲーム5連戦を5連勝と巻き返して2位になった。一方、皇后杯はベスト8に終わっている。リーグ戦だけを見れば悪くない結果だが、優勝した浦和レッズレディースとの最終的な勝ち点は「9」差と開いていた。3月9日の新体制発表で、安本卓史社長は星川新監督就任の経緯についてこう語っている。

「エンゲルス監督は初の外国人監督として、貢献していただき感謝しています。若手選手の成長という点で頑張ってくださいましたが、残念ながら取りこぼした試合もありました。2位では満足していませんし、優勝したいと思っています。開幕まで残り半年間でチームを作り直して勝つ確率を上げるために、星川監督にお願いしました」

 WEリーグは秋春制で、開幕の9月まで6カ月間の強化期間があり、準備期間としては十分な時間があったことも、今回の決定に繋がった。監督としての復帰は9年ぶりとなる。

 星川敬監督は、日テレ・ベレーザでコーチ・監督を経て、2010年途中からINAC神戸の監督に就任。同年の全日本女子サッカー選手権大会でクラブ初タイトルを獲得、11年と12年のリーグ戦は無敗で連覇し、皇后杯も3連覇を達成した。当時のチームには、11年のドイツW杯の優勝メンバーとなったMF澤穂希、FW大野忍、DF近賀ゆかり、FW川澄奈穂美、GK海堀あゆみ、DF田中明日菜、FW高瀬愛実(敬称略)の7名に加え、韓国女子代表エースで、現在はチェルシーFCウィメンで活躍するMFチ・ソヨンやアメリカのFWゴーベル・ヤネズら、強力な外国人選手が所属していた。12年の国際女子サッカークラブ選手権では、欧州最強のオリンピック・リヨンと延長戦までもつれこむ熱戦も演じている(結果は1-2で敗戦)。星川監督の在任中に戦った国内の公式戦は52試合で、成績は47勝4分1敗。リーグ戦は30勝4分と負けなしの黄金期を築いた。

 12年末に退任後は、ポーランドやスロベニア、ラトビアなどで男子サッカーチームの指導に携わり、一方でINACのチームアドバイザーを務めた時期もあり、クラブとは良好な関係を築いてきた。監督を引き受けた経緯について、2月26日の全体練習始動日に星川監督はこう語っている。

「欧州でのサッカーの指導を続けるのが(新型コロナウイルス感染症拡大の影響で)難しい世の中になってきた中で、名誉なオファーをいただきました。INACも苦しい時期だったので助けたい気持ちもありましたし、WEリーグ元年のタイトルを目指す仕事は魅力的だったので、引き受けました」

星川敬監督(左)、辺見昌樹コーチ(右)
星川敬監督(左)、辺見昌樹コーチ(右)

 9年前に比べると、難しい状況下でのスタートとなる。INACはオフにレギュラーを含む9選手の退団を発表しており、その中には長くチームを支えてきた選手の名前もあった。また、ほとんどのチームが2月上旬から中旬までに全体練習を開始していたが、INACは最も遅い26日。例年に比べると、1カ月近くずれ込んだ。

 だが、久しぶりに女子サッカーの現場に復帰した星川監督の一言には、そうした不安を一掃する力強い響きがあった。

「期待されているのはわかりますし、自信がなかったら(神戸に)帰って来ませんでした。その期待に応えたいと思います」

【新生チームのビジョン】

 今季、INACはエースだったFW岩渕真奈がイングランドのアストン・ヴィラへの挑戦を決断。アメリカのスカイ・ブルーFCから期限付き移籍していた川澄奈穂美が契約期間を満了し、同じく攻撃陣ではFW増矢理花、FW島袋奈美恵(→ともに広島サンフレッチェ広島レジーナ)、MF仲田歩夢(→大宮アルディージャVENTUS)、FW八坂芽依(→AC長野パルセイロ・レディース)が移籍した。中盤はMF吉田凪沙(→ニッパツ横浜FCシーガルズ)、守備陣では、長くチームを支えてきたDF鮫島彩や昨季フル出場だったGKスタンボー華(→共に大宮)らレギュラー陣も移籍し、GK田尻有美が引退を発表している。一方、新加入選手は、大学や高校を卒業したルーキーや下部組織からの昇格も含めて合計6名が加入した。

 攻撃を牽引してきた岩渕の穴は大きいが、同ポジションには、代表候補のMF成宮唯(ジェフユナイテッド市原・千葉レディースから)が加わった。成宮は豊富な運動量とテクニックを生かして攻守の起点となることができ、流動的なポジションチェンジにも柔軟に対応できる。INACの印象について聞かれると、「一人ひとりの技術があって、特徴がある選手が多く、攻撃の形が豊富だと思っていました」と語った。中央でMF中島依美、MF伊藤美紀、MF杉田妃和ら主軸とコンビネーションを築きつつ、前線では昨季12ゴールを挙げたFW田中美南(ドイツのバイヤー・レバークーゼンに6月までの期限つき移籍中)とのホットラインにも期待できそうだ。

 また、代表の主力でもあるGK山下杏也加(←日テレ・東京ヴェルディベレーザ)の獲得は、遠ざかっていたタイトル奪還への起爆剤となり得る。至近距離のシュートストップやビルドアップに長け、守備の砦でありながら攻撃の要にもなることができる。勝利のために妥協せず、勝負強い。山下にとっては代表で長くチームメートとして戦ってきた選手も多く、リーグ戦ではライバルだったが「優勝できる力があるチーム」だと感じていたという。ともにプレーしたいと思える選手が多かったことも、新たな挑戦を決断する決め手になった。

 今季、背番号10を背負うのはMF杉田妃和だ。重心を落とした懐の深いボールキープやテクニックを生かし、ボランチとして攻守を牽引。藤枝順心高校からルーキーとして加入して7年目だが、16年からほぼすべての試合にフル出場を続けてきた。代表でも、19年のW杯フランス大会で4試合にフル出場し、主軸としてチームを牽引する一人である。

杉田妃和
杉田妃和写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 3月17日から鹿児島で行われる代表合宿には、中島、高瀬、山下、DF三宅史織、そして杉田の5名が招集された。

 また、アメリカやヨーロッパを中心に17年間海外でプレーや指導の経験を持つ辺見昌樹氏がコーチングスタッフに加わった。エンゲルス監督を通じて、語学力とグローバルな指導経験を生かしてチームをサポートするためだ。INACは最終ラインを中心に、外国籍選手の獲得にも積極的な姿勢を示しており、通訳もこなせる辺見コーチは、クラブの国際化を進めるキーパーソンになるかもしれない。

 以前、星川監督が指導したチームは、4-3-3のフォーメーションをベースに、高いボールポゼッションを誇った。今季は、どのようなサッカーを目指すのだろうか。

 初練習では、「個性がある選手が揃っているので、その選手たちが100%力を出せるようなサッカーをしていきたいと思います」と語っている。海外やJリーグなど、サッカーのトレンドの起点となる男子の強豪チームのプレーモデルを基準にしつつ、個々の特徴を生かせるスタイルを示していきたいと考えているようだ。

 なでしこリーグでは、ほとんどの選手が仕事とサッカー選手という二足のわらじを履いていたが、その中でもINACは唯一、選手がサッカーに集中できるプロ同様の環境だった。WEリーグでは、各チームが15名以上の選手とプロ契約を結んでおり、これまでは夜に練習を行っていたチームも、明るいうちに練習ができるようになったり、環境面が向上することでパフォーマンス向上が期待できる。ライバルチームのレベルアップも、タイトル争いへの道のりに立ちはだかる。だが、そうしたこともポジティブに受け入れている。星川監督は言う。

「なでしこジャパンは男子よりもタイトルを取っているので、もっと早くプロ(リーグ)になるべきだったと思います。偉大な選手たちが切り開いてくれた道を、若い選手たちが目標にして、Jリーグのように大きなリーグにしていくために、重要なタスクが課せられていると思います」

 Jリーグに比べて収益化が難しいと考えられてきた女子サッカー界で、INACは女子単体のプロクラブというビジネスモデルを確立し、女子サッカーのプレー環境の向上に一石を投じてきた。また、地域貢献活動や普及活動、集客への取り組みなども積極的に行ってきた。そうした面では他のチームに比べてプロチームとして一日の長があるが、これからは同じ土俵で切磋琢磨していくことになる。

【13年目の大黒柱】

 中島依美と並んで、チーム最多の13シーズン目となる高瀬愛実は、変革期を迎えたチームをピッチ内外で支える大黒柱となる。

 昨年は、キャリアの中でも転機となるシーズンだった。高瀬は元々FWで、11年のW杯にも出場した生粋のアタッカーだったが、17年のシーズン途中にFWから右サイドバックにコンバートされ、以降は最終ラインに定着。持ち前のフィジカルの強さを生かしたボールキープやパワフルな突破で攻撃にアクセントを与えたが、昨季、エンゲルス監督の下で3シーズンぶりにFWに再コンバートされたのだ。

 シーズン後半でチームが3バックを採用して3-4-3のアタッカーに復帰すると、3試合連続ゴールを決めるなど活躍し、昨年11月には2016年以来の代表招集を受けた。

 攻撃的な選手を象徴する背番号「11」が、再び輝き出した。

高瀬愛実(中央/左は菊池まりあ)
高瀬愛実(中央/左は菊池まりあ)

 今年のオフは例年に比べて長かったこともあり、始動日の練習後には清々しい表情で「長かったな、という感じです」と、待ち侘びていた様子だったが、「個人として(自主練で)準備はしてきていたので、体もいつものシーズン明けよりは動いていると思います」と、コンディションの良さも示した。高瀬は中島、FW京川舞とともに、星川監督が率いた黄金期を知る数少ない一人でもある。タイトル奪還への想いは強く、9年前、先輩たちが見せてくれた背中を、今度は自分が示す立場となる。

 W杯優勝メンバーの一員として日本中を沸かせた“なでしこフィーバー”を担い、その後、リーグから観客離れが続く苦しい時期も経験してきた。だからこそ、新リーグができる節目の年が重要だと感じている。

「WEリーグが始まることをきっかけに、新しいものが始まることに対して新しいお客さんが来てくれることを期待していますし、来てくれた方々を(リピーターとして)繋ぎ止めるのは自分たちのプレーです。強いサッカーをしっかり見せて、チームとしては優勝を目指します」

 新リーグがどうなっていくのか、楽しみなことも多いという。

「いろんな選手がいろいろなチームに動いたので、同じピッチで対戦できる機会が増えました。大宮や広島など、新しいチームがどんな色になるんだろう?とすごく楽しみで、対戦できることもワクワクしています」

 新生・INACの試合は、4月からのプレシーズンマッチで見られる。ホーム初戦は、4月24日にJ-GREEN堺S1メインフィールドで行われるAC長野パルセイロ・レディース戦だ。 

 2011年のW杯優勝後、ホームであるノエビアスタジアム神戸のスタンドは、チームカラーの赤に染まった。再び、その光景を見るためにーーINACは今、WEリーグ初代女王への炎を静かに、熱く燃やしている。

(左から)三宅史織、伊藤美紀、成宮唯
(左から)三宅史織、伊藤美紀、成宮唯

中島依美
中島依美

山下杏也加
山下杏也加

※表記がない写真はすべて筆者撮影