Yahoo!ニュース

草の根からトップリーグまで、女子サッカー界の仕事人。WEリーグ理事・小林美由紀さんが描く未来図

松原渓スポーツジャーナリスト
WEリーグの新理事になった小林さん(Photo by Itaru Chiba)

 今年秋に開幕するWEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)で、新たに理事に名を連ねるとともに、リーグと選手側との調整役をこなす「理念推進部」の部長となった小林美由紀さん。日本初の女子プロリーグを成功に導くキーパーソンになりそうだ。

 1980年代に、茨城県初の女子サッカーチームとなる「筑波大学女子サッカークラブ」を設立。

 英語の教師を目指し、大学4年次に留学したアメリカで世界一の女子サッカー文化に触れ、また、ジェンダーに対する自由な考え方を肌で感じた。そして、「男らしさ」や「女らしさ」といった性役割の固定観念や、日本に根強くあった「サッカーは男性のスポーツ」という偏見に負けることなく、帰国後は関東大学女子サッカーリーグを設立。また、女子中学生年代の受け皿として「つくばFC」という社会人チームを作るなど、茨城県を中心に、草の根から女子サッカーの発展を支えてきた。 

 その後、1990年代以降はJリーグ創設の盛り上がりを通訳として支えたほか、指導者、FIFA(国際サッカー連盟)ボランティア、日本女子代表主務、AFC(アジアサッカー連盟)マッチコミッショナー、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースのマネージャーなど、多様な立場で現場に携わり、日本女子サッカーが辿った光と影の30年間を見つめてきた。

参考記事:

WEリーグを導くキーパーソン。女子サッカー界で「好き」を仕事にした現場のエキスパート、小林美由紀さん

 今、WEリーグの理事として小林さんは、各クラブや選手たちの現場と連携しながら、リーグをどのように発展させていきたいと考えているのだろうか。お話を伺った(文中敬称略)。

小林美由紀さんインタビュー

ーー小林さんは、2月1日からWEリーグの新理事として事務局に入り、同日に創設された「理念推進部」の部長になられました。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースのマネージャーから理事に就任なさった経緯を教えていただけますか?

小林:元々、JFAの女子委員で、WEリーグの準備委員会にもメンバーとして入っていました。2019年にプロリーグが創設されることになり、ドイツの方とイングランドの方が来てセミナーをやったんです。そこで海外のプロリーグの現状を聞いて、せっかく日本でプロリーグを作るのだから、ぜひ私も関わって力になりたいなと思ったんです。いろいろな立場で日本の女子サッカーに長く携わってきて、ジェフの仕事もやりがいがありましたし、(ジェフも)WEリーグ参入に手を挙げていたので(残るかどうか)迷いもありましたが、「関わらせてもらいたい」という思いを今井純子女子委員長に伝えて、やらせていただくことになりました。

ジェフもWEリーグ初年度参入を果たした(写真提供:小林美由紀さん)
ジェフもWEリーグ初年度参入を果たした(写真提供:小林美由紀さん)

ーー「理念推進部」では、どのような業務がメインになるのでしょうか。たとえばアマチュア契約からプロ契約に変わって、個人事業主となる選手たちにとって税務関係は不安なポイントの一つだと思いますが、選手たちに社会保険や税金関係の研修などもされると聞きました。

小林:そうですね。そういうことも含めて、プロとしての準備や研修などの選手周りのことと、WEリーグの「女子サッカー・スポーツを通じて、夢や生き方の多様性にあふれ、一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する」という理念を推進していきます。実際にはこれからいろいろなことを決めて、それを実行する手段を考えたり、整えていかなければいけないと思います。

まずは、選手全員に研修を行いたいと思っています。これまで、選手たちは仕事をしながらサッカーをしていて、社会人としての経験を通じて成長できる良い側面もあったわけですよね。これからはプロとして、まずはサッカーでベストパフォーマンスを発揮するために時間を使わなければならないと思いますが、そこで社会人キャリアにも遜色がないような、プロ選手としての価値をしっかりと認識してもらいたいと思っていますし、税務面のことと合わせて、そういったことも伝えていきたいと思います。

将来を考えたときに、「自分はサッカーしかできない」という自信がない選手も多いのですが、自分をブランディングする力をつけることも大切です。「自分はサッカーができて、こういう人間なんだ」ということを自信を持って言えるようになったり、「サッカーをやっているからこういうことができるんだ」と胸を張って言えるようになれば、周りも自然と「サッカーをやっている子たちはこんなに素敵なんだ」と思うようになって、サッカーをやりたい子も増えると思うし、勇気を与えられると思います。

プロになると時間もできるので、社会貢献活動もそうですし、将来に向けて自分のために時間を使えるようになってほしいですね。

――将来に向けてという意味では、セカンドキャリアについては、プロ化によって引退後を不安に思う選手もいると思います。

小林:セカンドキャリアは「次のキャリア」ですけれど、私はそうは思っていなくて、人生は一直線で繋がっているものだと思います。だから、まずは自分を好きになって、「自分が何に長けているか」ということを客観視できるようになることが大切だと思うんです。たとえばアメリカの方(サッカー関係者)は、選手の売り込み方がうまいんですよ。そうやって魅力をアピールするということは、結構大切なことなんです。もちろん、大袈裟に言っている部分もあるんですけど(笑)。

そういう意味で、「自分を外から見てどう表現できるか」ということへの取り組みもリーグとしてやっていきたいですね。

WEリーグは、「Women Empowerment」(Empowermentは「個人や集団が持っている潜在能力を引き出したり、自信を与えること」の略)です。研修では、選手がそれぞれの「エンパワー・ワード」を探してほしいなと思っています。エンパワー(自信を与える)する対象は自分でも他人でもいいのですが、その人を力づけるための自分らしい言葉を見つけられれば、それが自分のセールスにもなるし、その先のキャリアにつながると思います。

そのためには、まずサッカーで得意な部分を持たなければいけないですね。それから、たとえば指導者ライセンスを取ったり語学を学んだり、興味があるものや得意なことを伸ばして、自信をつけてほしいですね。

なんといっても、プロになれる、ここまで来た選手は限られていて、厳しい競争の中で残ってきたわけですから、「サッカーだけで食べていける」という選ばれた人である自分に対して自信と、自覚を持ってほしいなと思っています。「なぜ自分がそうなれたか」ということを言語化できるようになれば、いろいろな、他の可能性にもつながると思いますから。

ーーそう言われると、漠然とした不安から、自分がまず何をしなければいけないかがイメージしやすいように思います。小林さんの今回のお仕事は現場との繋ぎ役、というイメージもあるのでしょうか?

小林:そうですね。もちろん、「プロになって何をすればいいかわからない」と、選手が不安なのは理解できるんです。でも、受け身にはなってほしくはないんですね。プロになって「何が変わるのか」ということは、自分で聞いたり、調べられることもあると思いますから。そういうことを、選手たちと向き合って、いろいろなことをしっかりと話せる関係になりたいなと思います。先日、ジェフの大滝麻未が、「なでしこケア」(*)を通じて選手たちの意見をまとめて伝えてくれました。そういう意味では、選手たちとの接点はありますし、大切にしていきたいですね。選手たちも言いたいことを言った方がいいし、私もはっきりと言う(性格)ということは選手たちも知っていると思うので、変に遠慮せずにコミュニケーションを取ることができたらいいなと。

あとは、岡島喜久子(WEリーグ)チェアと各チームの選手全員のミーティングをオンラインで実施しようと思っています。岡島さんは選手にとっても話しやすい方だと思うので、いいかなと。チェアマンが直接選手全員と話すなんて、Jリーグでも他のスポーツでもなかなかないことですし、WE=みんなで作っていくリーグということを感じる、きっかけになればいいと思います。

(*)女子サッカーの普及、選手のキャリア構築、社会課題の解決などに取り組むことを目的とした一般社団法人。ジェフのFW大滝麻未を中心に創設され、国内外の女子サッカー選手が活動に参加している。通称「なでケア」。

ーーイメージとしては、欧州のプロリーグに遜色がないようなリーグにしていきたいとお考えですか。

小林:そうですね。まず、サッカーだけで食べられる環境を作ったわけですし、サッカー選手にとってそれ以上の幸せはないのではないかな、と思うんです。

その上で、リーグが掲げた3つのビジョンである、「世界一の女子サッカーを(プレーする/見せる)」、「世界一アクティブな女性コミュニティへ」、「世界一のリーグ価値を」ということを実現するためにどうしたらいいかを考えながら、トライアンドエラーで、やってみてダメだったら柔軟に変えていくことを怖がらないようなリーグにしたいです。日本人はなかなか新しいチャレンジが得意ではないというか、これまでのことや前例に囚われてしまうことが多いと感じるので。そういう意味で、岡島喜久子チェアはそうしたミッションを進めていけるリーダーだと思います。気軽にいろんな人と話すことができるし、間違ったら間違った、と言える方だと思うので。

ーー柔軟に、スピード感を持って行動を起こしていけるといいですね。研修はいつから予定しているのですか?

小林:岡島チェアと選手のミーティングは、すぐにでも始めたいと思っています。チェアはファイナンシャルプランナー(*)でもあって、この間、人生のお金の貯め方のプランを(個人的に)聞いたのですが、どんな保険会社に行くよりもわかりやすくて参考になりましたし、もっと前に知っていたかったな、と思いました(笑)。研修ではそういうことも伝えてくれるのではないかと思います。お金のことは選手たちも特に不安だと思うので、それは大きいのではないでしょうか。

(*)個人や企業を対象に、ライフステージや生活設計に合わせた資金計画を提案する職業。1月28日のメディア向けブリーフィングで、岡島チェアは前職のメリルリンチ(国際金融機関)で、ウェルスマネジメント(資産管理サービス)の業務に16年間携わっていたことを明かしている。

ーーそれはぜひ私も聞きたいです(笑)。9月の開幕までに、時間は限られていますが、この期間にしっかり作っておきたい部分はどんなことですか?

小林:まだ4月末のプレシーズンマッチとか、プロモーションの具体的な内容など、資金的な限りもあって調整段階のことも一部ありますが、その中でも、リーグが掲げた3つのビジョンからブレずに進めていきたいと思います。そこで、強力な外国人選手たちも魅力を感じてきてくれたらいいですけれど。

「Women Empowerment」というキーワードで、社会を変えていけるリーグであることを忘れず、実現できるように進めていきたいですね。

どうしても、選手は「クラブがやってくれる」、クラブは「リーグがやってくれる」と考えると思いますから、それをもっとシャッフルしていきたいです。もちろん、リーグがやらなければいけないことはたくさんありますけど、クラブや選手と一緒にこれから作り上げていくリーグが理想です。

ーー最後に、小林さんが描く、今後の日本の女子サッカー界の発展のイメージを教えてください。

小林:日本がW杯で優勝した2011年のような熱狂が再び生まれてほしいという願いもありますし、女の子たちが目指す夢や職業ランキングの上位に、『女子プロサッカー選手』が入るようになったら嬉しいですね。200万人近い選手がプレーしているアメリカに比べてまだ日本では競技人口が少ない(5万人前後)ですし、「サッカーをやりたい」と思った子が気軽にプレーできるような環境を作りたいとも思っています。そういう時がくれば、性別や社会通念に囚われず、一人ひとりが輝ける社会になると思いますし、WEリーグが目標とする「女性活躍社会の牽引」の実現にも近づくと思います。女子サッカーがそのアイコンになればいいなと思っています。

ーーありがとうございました。新たな取り組みについて、リーグからの発信にも期待しています。

(※)インタビューは、オンライン会議ツール「Zoom」で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

松原渓の最近の記事