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タイトル奪還ならずも…INAC神戸レオネッサの「NEW CHALLENGE」とFW高瀬愛実の進化

松原渓スポーツジャーナリスト
サイドバックからFWに復帰して進化を見せた高瀬愛実(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

【皇后杯はベスト4が決定】

 トーナメント制の大会で、勝者は1チームのみ。敗者となる他のすべてのチームは、「どのように大会を去るか」が問われる。

 12月19日と20日に各地で行われた皇后杯準々決勝の4試合は、各試合で5ゴール以上が決まり、うち3試合が1点差の接戦だった。互いの良さを発揮し合う好ゲームに、試合後は敗れたチームにも大きな拍手が送られた。

 かんせきスタジアムとちぎで行われた準々決勝では、INAC神戸レオネッサとアルビレックス新潟レディースが対戦。新潟が2点ビハインドを覆す3-2の逆転勝利を飾り、ベスト4進出を決めた。両者は過去に2011年、13年、15年、16年と皇后杯の決勝戦で4度対戦し、結果はいずれもINACが勝利。18年の前々大会は準々決勝で対戦し、INACが2-1で勝っている。この大会で何度も辛酸を嘗めさせられてきた新潟は、一つの壁を越えた。

 「(シーズンオフに)選手の入れ替えがあった中で、苦手意識を持っていない選手が多かったのかなと思いますし、そういう意味ではすんなり試合に入れたと思います」

 新潟で15年目のシーズンを戦うMF上尾野辺めぐみが試合後にそう語ったように、過去の因縁に囚われず、チャレンジャーとして伸び伸びプレーできたこともプラスに働いたのだろう。今季のリーグ戦は1勝1敗。手の内を知り尽くした者たちの駆け引きも、試合を面白くした。

 立ち上がりはコンパクトな守備で主導権を握った新潟のペースだったが、INACも徐々にパス回しのテンポを上げ、21分にはセットプレーの流れから、MF杉田妃和が左ポスト直撃の強烈なシュートを放つ。そして26分、左から杉田がマイナス気味に入れた強烈なグラウンダーのクロスに、逆サイドから走り込んだFW高瀬愛実(「高」ははしごだか。以下同)が合わせてINACが先制。INACは39分にも杉田のクロスからMF中島依美が中央で合わせてリードを2点に広げた。

 しかし、新潟はその3分後にMF園田瑞貴のクロスをMF滝川結女が押し込む。1点差で反撃ムードを保って後半に入った新潟は、51分、右サイドからの上尾野辺のクロスを、中央で頭で合わせたMF川村優理のゴールで同点に追いつく。そして、その2分後には、DF北川ひかるのフィードに絶妙のタイミングで抜け出したFW石淵萌実がループシュートを決め、わずか2分間で試合をひっくり返した。

 残り40分、INACのゲルト・エンゲルス監督は次々に攻撃的なカードを切ったが、今季リーグ最少失点タイの新潟の牙城を崩すことはできず、新潟が4大会ぶりのベスト4進出を決めた。

 この時期は、翌年に向けて契約更新や移籍などが水面下で続々と決まる。今のメンバーで戦えるのは最後になる可能性が高いのだ。それは毎年のことではあるものの、来季から女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が始まるため、今季のオフには、各チームの選手が例年以上に大幅に入れ替わることが予想される。

 INACの看板選手の一人であるFW岩渕真奈は、今季限りでの退団とともに、現在シーズン中のイングランド・スーパーリーグのアストン・ビラへの移籍を表明している。現在はリハビリ中で、皇后杯で勝ち上がることができればINACでのラストプレーを見られる可能性があった。準決勝以降は本拠地の神戸に近い京都が会場となっており、地の利もあった。そうしたことも重なり、今大会のINACの“去り際”は、ほろ苦いものとなった。

互いに持ち味を出し合う好ゲームとなった
互いに持ち味を出し合う好ゲームとなった

【NEW CHALLENGEの成果】

 無冠に終わったが、4年ぶりのタイトル奪還とともに掲げたスローガンである「NEW CHALLENGE(新たな挑戦)」がもたらした成果もある。

 Jリーグで実績のあるゲルト・エンゲルス監督を招聘し、他チームから即戦力となる選手たちを補強。エンゲルス監督はポゼッションや、スピードアップを強調し、シーズン序盤は連係構築に時間がかかったが、岩渕と新加入のFW田中美南の2トップを中心に個の力で勝ち点を積み重ねた。だが、シーズン中盤は取りこぼしが目立った。9月のアウェイ4連戦で1勝3敗と苦しみ、一時は4位まで順位を下げた。だが、10月中旬から採用した3バックが定着し、最後はホームで5連勝と巻き返して2位で終えている。

 3バックへの変更は、一つのターニングポイントだったように思う。今季加入したFW田中美南が、「INACにはウイングバックの適性がある選手がいるので、3-4-3は選手の色に合ったフォーメーションだと思います」と語っていたように、選手の適性を反映した形だ。ボランチから左サイドハーフに移った杉田は、持ち前のキープ力と守備力に突破力が加わり、右サイドでプレーしたDF水野蕗奈も、新人賞候補に相応しい活躍を見せた。さらに、17年にFWから右サイドバックにコンバートされていた高瀬が、本来のポジションであるFWに戻って水を得た魚のようにプレー。岩渕、田中と共に攻撃力を一段階アップさせたのは印象的だった。

 昨年からスタメンの半数近くが変わったなかで各選手の特徴を生かしつつ、層が薄かった最終ラインの問題も解消させたのは、チャレンジの成果だ。エンゲルス監督は、新潟戦の敗戦後に今季をこう締め括った。

「コロナ禍も含めて難しいシーズンでした。優勝するために次のステップを目指さないといけません。リーグ戦を2位で終えて、皇后杯でベスト8で負けたことはチーム力としてまだまだですが、成長する良いイメージは見えています」

ゲルト・エンゲルス監督
ゲルト・エンゲルス監督写真:西村尚己/アフロスポーツ

【進化したFW】

 この試合では、岩渕に代わってキャプテンマークを巻いた高瀬愛実が、力強さと経験を感じさせるプレーを見せていた。持ち前のフィジカルの強さを生かして前線で起点となったり、細かい動き出しで背後のスペースを虎視眈々と狙っていた。中央のエリアは特に新潟の守備が堅かったが、効果的な動きで2つのゴールシーンに関わった。リードを許した後半は、新潟の堅い守備網を崩そうと、中盤でゲームメイクに参加したり、守備で体を張るなど、自らのプレーで流れを変えようという気迫が窺えた。

 中島と並んでチーム最古参の12年目となる高瀬は、INACの歴史を紡いできた選手の一人だ。2009年に北海道文教大学明清高校から入団し、ルーキーイヤーにいきなり16得点を挙げて新人賞を受賞。12年には20得点で得点王とMVPを獲得した。リーグ3回、皇后杯6回のタイトルを獲得し、今年7月には200試合出場を達成。代表ではアジアでのタイトルに加え、2011年の女子W杯優勝と、12年のロンドン五輪銀メダル獲得に貢献し、国内に旋風を巻き起こしたなでしこフィーバーを担った。日本がアメリカと過去に37試合の対戦を行い、90分間で勝利した唯一の試合(12年のアルガルベカップ)で、決勝点を決めたのが高瀬だったのも印象深い。

 だが、高瀬自身はどんな時も、「満足」の2文字を口にしたことがなかった。黄金時代を築いた代表チームでは、自分がプレーでチームに貢献できていないことを心底悔しがっていたし、INACが国内4冠を獲った時も、「まだまだできる」と話した。12年にリーグMVPを受賞した時も、「周りに助けられてばかりでしたし、もっと活躍していた選手がいました」と、むしろ悔しそうな表情をしていた。

 驕らず、妥協せず、満たされない思いを埋めるために努力を惜しまなかった。

 17年、シーズンの途中に右サイドバックにコンバートされた時には、攻撃力をサイドで生かす新境地を切り開いた一方で、慣れないラインコントロールや、前線とは異なる守備対応に苦戦していた。それでもチャレンジを前向きに受け止め、「少しずつわかってきました」と謙虚に語る姿には、FWでストイックにプレーしていた時とは異なる気持ちの余裕が生まれているように見えた。ただし、ゴールが決まらない試合では、やはりFWとして長年プレーしてきた感覚が疼くのか、チームの課題を厳しい口調で語ることもあった。

 そして今季、高瀬は3-5-2へと変更した第14節のマイナビベガルタ仙台レディース戦でFWに復帰すると、3試合連続ゴール。皇后杯でも3試合で2ゴールを決め、FWとしての力を見せつけた。そのきっかけとなった3バックへの変更について、高瀬はこんな手応えを口にしている。

「2トップですが、1.5列目の選手がいるのですごくやりやすいです。2トップの距離が離れても、1.5列目が入ってきてくれるから、(2トップを組んでいる田中)美南とも、『お互いにワントップぐらいの気持ちで自由にやろう』と話しているんです」

 2トップを組む田中も、「(高瀬さんは)もともとFWの選手なのでアクションの速さとか要求の強さや、体を張って前線でキープできるところはすごいと思いますし、『ここにいてくれるんだろうな』とか、『ここに出したら走ってくれる』という感覚があってやりやすいです」と、FW同士通じ合える部分があることを明かしていた。

 サイドバックを経験する前と比べると、ボールを持った時の判断や、オフザボールの動きは明らかに違っているように見える。以前は、フィジカルの強さを全面に押し出し、力任せのプレーでボールを失うこともあったが、今季FWに復帰してからは、相手との駆け引きの中で、持ち前のパワーを効果的に生かす洗練されたプレーが増えた印象だ。高瀬自身も、「サイドバックになる前より、気持ち的にもプレー的にも落ち着いてできていると感じますし、シンプルに人を使うところと、強引にでも自分が(突破に)いくところが整理できています」と話す。

サイドで突破を仕掛ける場面もあった
サイドで突破を仕掛ける場面もあった

 サイドバックを経験したことで得たものは、それだけではない。30歳の誕生日を迎えた今年11月、約4年半ぶりにFWとして代表に招集された。その時に、自身の変化をこう語っていた。

「(サイドバックを経験する前の)FW時代は何かと熱くなることが多かったのですが、今は落ち着いてプレーするようになりました。(望んだタイミングで)ボールが出てこなくて、自分の思うようなプレーができなくてもすぐに切り替えられるようになったのは、サイドバックを経験したことが大きいかなと思っています」

 高瀬は若い頃から、取材では理路整然と話し、誠実さと聡明さを感じさせる選手だった。一方で、ピッチではストライカーゆえに味方への要求が多くなり、言葉がきつくなることもあったのかもしれない。試合中、そんな感情をコントロールできるようになったことは、FWとしてのプレーの幅を広げた。

 コンスタントに代表に選ばれていた頃は、周りに迷惑をかけたくないという思いから失敗を恐れていたという。その経験から、11月の代表合宿では、「自分がトライしてエラーする、そういう姿勢を見てもらうことで、若い選手たちに思い切ってプレーしてもらえたらと思います」と、初めてプレーする若い選手たちにも声をかけてチームを盛り上げた。

 パワーにしなやかさと柔軟性を加え、進化を続けるプレーには、様々な経験から掴み取ってきたFWの生き様が凝縮されている。

 来年、INACはWEリーグに参加する。高瀬の今後の状況はまだ発表されていないが、新たなステージで、彼女はどんなプレーを見せてくれるだろうか。

※文中の写真はすべて筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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