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主力不在の非常事態でも快勝のベレーザ。残り11節のなでしこリーグはここからが面白い

松原渓スポーツジャーナリスト
誰が出ても戦い方が安定してきたベレーザ(写真は開幕戦)(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

【主力の相次ぐ離脱に…】

 女王が勢いを加速させている。

 なでしこリーグ5連覇中の日テレ・東京ヴェルディベレーザは、8月30日にホームの味の素フィールド西が丘で7位のマイナビベガルタ仙台レディースを迎え、4-1で快勝。3連勝で、首位を走る浦和レッズレディースに勝ち点2差の2位を堅持した。

 昨季まで攻撃の軸だったFW田中美南とFW籾木結花が移籍し、新たな攻撃の形を模索してきた。今季は試合ごとにギアを上げ、直近の2試合では10-1、6-1と大量得点で2連勝。だが、このマイナビ戦の3日前に主力の長期離脱が発表された。

 右サイドバックで主将のDF清水梨紗が、左鎖骨骨折で全治8週間。ディフェンスリーダーのDF土光真代が右膝前十字靭帯損傷及び半月板損傷で全治8カ月。また、詳細は発表されていないが、同じくレギュラーのMF宮川麻都が2試合続けてメンバーを外れた。 

 コロナ禍で、リーグは4カ月間の短期集中開催となり、しかも夏場の連戦である。11人のうちレギュラーを3人欠けば、非常事態だ。だが、ベレーザは代表活動期間中の主力不在や、超過密日程による疲労蓄積など、近い状況がこれまでにもあり、その逆境を分厚い選手層や個々のユーティリティ性を生かしてうまく乗り切ってきた。

 そして、このマイナビ戦でも底力を見せた。

 主力の不在を埋めたのは、MF木下桃香(17歳)、MF菅野奏音(かんの・おと/19歳)、DF松田紫野(19歳)、FW(DF)遠藤純(20歳)らU-20世代の選手たちだ。若手と言っても、遠藤はすでになでしこジャパンで活躍しており、リーグにデビューして2年目ながら、ここまで6試合で5得点と大器ぶりを見せつけている。菅野と松田と木下は下部組織のメニーナ出身(木下は二重登録)で、中学生の頃からベレーザの練習や試合に参加して揉まれてきた。

 途中交代でピッチに立ったMF原衣吹(22歳)、DF伊藤彩羅(18歳)も同じく生え抜きで、選手間の連係面は出来上がっており、紛れもない戦力だ。

 最初に攻撃の狼煙をあげたのは、MF小林里歌子の一撃だった。前半8分、相手守備陣の外側から右サイドを回り込むようにして、FW長谷川唯の絶妙なスルーパスを呼び込むと、右足を一閃。ニアサイドを抜く強烈な弾道でゴールネットを揺らした。さらに、16分には長谷川がハーフウェーラインを超えたあたりからロングシュートを狙う。これは僅かに枠を外れたが、1週間前の伊賀FCくノ一戦で同じ位置から決めた50m超のロングシュートを彷彿させるスーパープレーに、スタンドが沸いた。

流れを引き寄せる2点目を決めた木下(写真:keimatsubara)
流れを引き寄せる2点目を決めた木下(写真:keimatsubara)

 だが、その後は一進一退。「ゴール、ゴール! もっと入って行け!」というベレーザの永田雅人監督の声が、ピッチから目と鼻の先にある西が丘のメインスタンドに響き渡る。マイナビも時折鋭い攻撃を見せ、勝負はどちらにも転ぶ可能性があった。

 そして、60分にはカウンター攻撃を受け、GK山下杏也加がFW安本紗和子と1対1になる大ピンチを迎える。だが、ここで山下がシュートを至近距離でキャッチするスーパープレー。直後の攻撃で、相手ゴール前でFW宮澤ひなたが相手にプレッシャーをかけてこぼれたボールを素早く拾った木下が2点目を奪った。

  82分には小林が中央で相手のパスをインターセプト。パスを受けて中央にカットインした長谷川が、右サイドから走り込んだ宮澤に展開。宮澤の力強いひと振りで3点目が決まった。

 そして、85分には長谷川がダメ押しの4点目を決める。

 センターサークルから右のスペースに走る宮澤にふわりとしたパスを送った長谷川は、宮澤のリターンパスをペナルティエリア外の中央やや右寄りで受けると、軽やかなタッチでボールを右に流し、すくい上げるように軽く蹴り上げた。全選手が右サイドに神経を集中させるなか、ボールは誰もいないゴール左上に向かって飛び、クロスが枠を越えるミスキックになったように思われた。だが、鋭い回転がかかったボールは直前で落ちるように曲がり、マイナビのGK池尻凪沙が伸ばした指先をすり抜けるようにして、2.5m×2mの左サイドネットを正確に射抜いた。

 視野の広さと豊かなイマジネーション、それを具現化できる高い技術。長谷川の真骨頂とも言える一連のプレーに、スタンドにどよめきが起こった。

 アディショナルタイムに1点を返されるものの、ほどなくして試合終了の笛が鳴った。

 試合後、ヒロインインタビューを受けたのは、ホーム初ゴールで勢いをもたらした木下だ。

「次の試合もいっぱい点をとって、やっていても見ていても楽しいサッカーをして勝てたらいいなと思います」

 はにかみながらも、きっぱりとした口調だった。

【好転のきっかけ】

 得点源だった田中、籾木の移籍と、3人の離脱を補った試合運びができたのは、選手層の厚さに加え、いくつかの理由がある。

 一つは、戦い方が安定したことだ。

 8月27日に行われたオンライン取材で、永田監督は、開幕から何度か戦い方を変化させてきたことを明かしている。

「1試合目と、2・3試合目と、4・5試合目。3回ぐらい、試合のやり方を変えてきました。相手と自分たちの状況によって、『これをやってみたらどうだろう?』と試したこともあります。その中で『結果的にこちらにしたほうがいいかもしれない』と模索する感じでした」

 そうした中でも共通していたのは、4-4-2のフォーメーションで臨む試合が多い(昨季までは4-3-3)こと。また、サイドバックの攻撃参加が増えていることだ。永田監督は、試行錯誤の末に、この数試合で「いろいろな相手に対応していけるかもしれない戦い方」を探り当てた手応えを口にした。

 その結果は、スコアにも反映されている。

 ノジマステラ神奈川相模原とマイナビに、厳しい内容ながらも開幕2連勝を飾った後、3節で浦和との上位対決に0-1で敗れ、続く4節はアルビレックス新潟レディースに2点をリードされる苦しい状況から、終盤にドローに持ち込んだ。そして、5節のセレッソ大阪堺レディース戦と6節の伊賀戦では大量得点で勝った。

 二つ目が、選手間の会話の蓄積だ。「練習や試合が終わった後に選手同士で話し合う機会が多くなって、そこが一番変わったところだと思います」と遠藤は言う。コロナ禍で五輪が延期された今季は、代表選手も含めて全員ですり合わせる時間がたっぷりある。

小林里歌子(右/写真:keimatsubara)
小林里歌子(右/写真:keimatsubara)

 また、チームの好変化は新潟戦から4試合連続ゴールを決めている小林の活躍と連動する。高校年代は視野が広く、周りを使うことに長けたストライカーだったが、永田監督はそのしなやかなボールタッチからドリブラーとしての資質を評価し、昨年はサイドで起用した。小林自身も、個人で局面を打開するプレーや、自らシュートまで持ち込む強さを身につけるために努力してきた。今季のプレーには、その成長が随所に窺える。

 ポジションは2トップの一角が定位置になったが、チャンスメイクだけでなく、多少強引にでも、自らフィニッシュに持ち込む場面が少なくない。その結果、7試合で6ゴール5アシストで得点ランクトップに躍り出た。同じくトップに並ぶのは、代表のチームメートであり、ライバルでもあるFW菅澤優衣香、FW田中美南の2人。田中は昨年まで前線の大黒柱として得点を量産してくれる頼もしい存在だったが、移籍したことで新たな覚悟が芽生えた。

「今年は、自分が取らなきゃチームが勝てない、というぐらいの思いでやっています」

「主力が抜けて、得点が取れなくなったと言われたくないですから」

 控えめで、以前は遠慮がちな響きもあった言葉は力強くなり、瞳には決意の色が浮かんでいた。

【女子クラブW杯は実現するか】

 マイナビ戦の後に、永田監督はゴールに向かうチーム全体の姿勢を評価した上で、「サッカーの本質的なことを突き詰めて自分たちの最大値を出せたかという点では、まだまだ磨かないといけません」と語っている。

 成長への飽くなき探究心。毎年のようにタイトルを掲げてなお、ベレーザが進化の速度を緩めない理由はここにある。

 この試合が終わった9時間後に、欧州のクラブ女王を決めるUEFA女子チャンピオンズリーグ(CL)決勝がスペインのサンセバスチャンで行われた。結果は、なでしこジャパンの主将でもあるDF熊谷紗希が所属するオリンピック・リヨン(フランス)がヴォルフスブルク(ドイツ)に3-1で勝利し、大会5連覇を達成している。熊谷はボランチとしてフル出場し、前半終了間際に相手クリアボールを左足ボレーで右隅に突き刺すスーパーゴールを決めた。これが勝敗を決する重要な2点目となった。男女合わせた欧州CL決勝の舞台で日本人のゴールは初めてであり、素晴らしい快挙だ。

 

 欧州のトップクラブとなでしこリーグ上位クラブのプレースタイルには、歴然とした違いがある。その違いを新鮮に感じる試合だった。フランス代表選手が多いリヨンは、187cmのセンターバック、ワンディ・ルナールをはじめ選手個々の強さが際立ち、ダイナミックな展開が多い。その中に技術を生かしたプレーもある印象だ。一方、日本では代表選手が多いベレーザや浦和、INACは、オフザボールの動きで相手をかわし、数的優位を作って攻める場面が多い。ピッチの端から端まで一発のキックで届くサイドチェンジやコンタクトプレーは欧州に比べて少ないが、技術、精度、連動性がある。

 昨年末に、FIFAとAFC共催の女子クラブ選手権のテスト大会が韓国で開催された。なでしこリーグ代表として出場したベレーザは、韓国、中国、オーストラリアのアジア4カ国のリーグ王者を破って実質的なアジアNo.1クラブに輝いている。優勝を争った中国の江蘇蘇寧足球倶楽部とは引き分けたが、同チームの監督はリヨンを2014年から17年まで率いてCL2連覇に導いたジョセリン・プレシュール監督だった。

 今後、創設が予定されているFIFA公認の女子クラブW杯が実現すれば、リヨンのような超強豪クラブと日本のトップチームが対戦する機会ができるだろう。日仏王者の対決は、きっと見応えのあるものになるに違いない。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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