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柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。浮上のきっかけを掴みたいノジマステラは変幻自在の“北野流”を習得中

松原渓スポーツジャーナリスト
ノジマはここまで、北野監督の下で様々な戦い方を見せている(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

【強豪相手に善戦】

 今季、新体制で新たなスタイルを再構築中のノジマステラ神奈川相模原。その輪郭が、徐々に見えてきた。

 Jリーグで複数のクラブを指揮してきた北野誠監督は、相手の長所を攻略して試合を優位に進める戦い方が得意だ。故郷・香川県のカマタマーレ讃岐を地域リーグからJFL、そしてJ2へと導く「昇格請負人」となり、その後は限られた予算や練習環境でチームを残留させ続けたことで「残留請負人」にもなった。

 その“北野イズム”は、なでしこリーグに新たな風を吹き込むことができるかーー。

 ここまで5試合を終えての成績は、1勝1分3敗。スタートはかなり厳しいものとなったが、強豪相手の試合で健闘を見せており、戦略的な駆け引きも興味深い。

 8月15日の第5節、ノジマはホームのShonan BMW スタジアム平塚で、2位のINAC神戸レオネッサと対戦し、1-1で引き分けた。

 順位は依然として10チーム中9位と、厳しい状況に変わりはない。それでも、代表選手を多く擁する強豪に対し、自分たちの狙いをある程度表現できた上での勝ち点「1」は、悪くない結果だ。

 試合後の北野監督のコメントにも、その思いは表れていた。

「INACは個の能力が高いので、いかに奪って相手ゴールに迫るかがポイントで、前向きでボールを奪えるようにシステムを設計しました。前半は奪った後のファーストパスでミスが多く、半分でもミスがなかったらもっとゴールに迫れたと思います。ハーフタイムに修正して、後半は奪った後のパスをつなげるようになりました。(ボールを)受けるスペースを変えるために(70分に、FW)中野(真奈実)に代わって(DF)大隅(沙耶)を入れました。それでチャンスも何回か生まれたのですが、最後のところを決めきれなかったです」

 

 北野監督がINACのキープレーヤーとして挙げたのは、代表のエースストライカーでもあるFW岩渕真奈だ。変幻自在のドリブルとパスで決定機を作り出す。「彼女にボールを入れなければ、自由にカウンターが打てる」。

 また、2トップのもう一人、日テレ・東京ヴェルディベレーザで昨年まで4年連続リーグ得点王に輝いているFW田中美南は、中央のエリアでボールを持たれると、分かっていても止められない“一発”がある。そこから逆算して採用したのは、ボランチのMF松原有沙を1列下げた4-1-4-1(4-5-1)のシステムだ。

 

「岩渕選手に対して松原をマークにつけるのではなく、彼女の前に入れることでパスコースを消しました。そこで田中選手がサイドに流れれば、サイドに押し込む狙いでした。INACは守備が特殊なので、チームで一番ボールを収められる中野をワントップで起用しました。そこを抑えた上で、攻撃につなげるのが“ランナー”です。(両サイドハーフの)南野(亜里沙)と平田(ひかり)にはその役割を求めました」

(左から工藤真子、南野亜里沙、松原有沙、川島はるな/写真:keimatsubara)
(左から工藤真子、南野亜里沙、松原有沙、川島はるな/写真:keimatsubara)

 守備面ではその狙いが功を奏したが、奪った次のパスを相手に奪われたり、相手のプレッシャーの中でサポートが間に合わず、流れを掴みきれない。だが、後半は左インサイドハーフにMF田中萌(たなか・めばえ)が入ったことで攻撃のリズムが変わり、コンビネーションが安定し、61分に待望の先制点が生まれた。

 左サイドバックのDF小林海青(こばやし・みはる)がふわりと浮かせたパスをゴール左で受けた南野がキープし、走り込んだ平田に落とす。

「トラップしたところで相手が寄せてきて、(相手の)股とサイドネットしかコースが見えなかったので、そのコースに思い切り打ちました」

 平田が右足で力強く振り抜いたボールが、逆サイドネットに突き刺さった。

 さらにその4分後には、MF川島はるなのシュートが枠を捉えるが、これは相手GKスタンボー華の好セーブで追加点とはならず。70分にはINACのMF仲田歩夢の強烈な左足シュートで1-1に追いつかれた。

 ここで、北野監督は次の手を打った。中野との交代で、サイドバックが本職ながらスピードのある大隅を1トップに入れ、高い位置を取るINACの両サイドバックの背後のスペースにボールを集める。後半アディショナルタイムにはそのスペースに走った田中萌のクロスから、最後は南野の強烈なシュートが枠を捉えた。しかし、これも相手GKに阻まれて追加点はならず、ここで試合終了の笛が鳴った。

「チャンスがあった中で決めておけば…」と、試合後に悔しそうな表情を見せたのは平田だ。だが、これまでとは違う、たしかな手応えも感じていた。

「北野監督の戦術の中で、空いてくるスペースや自分の立ち位置は明確だったので、個人の技術的なミスなどを除くと、それぞれが自分のやるべきことをやって、パスが繋がったり、いい展開が作れていたと思います」

【求められる対応力】

 ここまでの5試合、北野監督は相手によって戦い方を変化させてきた。開幕戦のベレーザ戦では、試合中に4-3-3から4-4-2、3-4-2-1と複数のシステムを使い分け、守備のスタート位置を変化させながら女王を苦しめた。最後はDF土光真代のスーパーゴールで敗れたが、相手が繰り出すパンチを先回りして牽制していくような戦い方は新鮮に映った。

 その後、第2節のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦、第3節マイナビベガルタ仙台レディース戦、第4節伊賀FCくノ一戦では、引かずに自分たちでボールを保持する形で先手を取りに行った。だが、勝利したのは仙台戦のみ。千葉と伊賀には先に3点を奪われ、試合を決められてしまった。

「練習ではできていることが、試合ではできていない。メンタルが伴っていない」

 千葉戦の後、指揮官はかなり強い口調で選手たちにダメ出しをした。

 その点、この試合はミスや失点を引きずることなく、2点目を狙いにいく中でダイナミックなプレーも見られた。北野監督は、「前半のうちに変な失点をしなければ、しっかり戦えるチームになってきたかなと思います」と、チームの成長に手応えを感じているようだ。

 DF櫻本尚子は、守備を支えるキーマンの一人だ。1対1の強さとリーダーシップが光る経験豊富なセンターバックは、千葉からノジマに加入して、1年目の昨季は全試合フル出場で最終ラインを支えた。だが、今季は開幕から2節までベンチスタートを強いられた。

櫻本尚子(写真:keimatsubara)
櫻本尚子(写真:keimatsubara)

「プレッシャーの中でもパスを繋ぐ部分で成長を求めてジェフから移籍してきましたが、ボールを持ちすぎてしまう部分があるんです。北野監督からはボールを持った時に周りのうまい選手を使ったり、『(視野を広く持って)奥を見ることができていない』と言われて意識してきましたが、開幕から(スタメンで)出られなかったことで、自分の足元をもう一度見つめ直しました」

 3試合目で先発に復帰すると、次の伊賀戦では、3点を追う終盤にセンターバックからフォワードに上げられる場面も。空中戦の強さを生かして惜しいシュートを放ったが決められず、「またFWで起用されることがあれば、前向きにチャレンジします」と、覚悟を決めた。

 

 そして、この試合では本職のセンターバックで力を示した。ディフェンスリーダーとして強気のラインコントロールを見せ、53分にはカウンターのピンチに身体を投げ出してクリア。82分には、左サイドからのアーリークロスがINACの田中に入る前に、スライディングで防いだ。

 

「田中美南選手は、ベレーザの時からマークについてきた選手で特徴も分かっていますが、ボールを持たせると嫌な選手なので、インターセプトを狙ったポジショニングを取りました。足元に入る場面もあったのですが、そこは前を向かせないことを意識しながら、90分間やりきれたと思います」

 北野監督は、理想のスタイルとして、闘争心溢れる守備を強みとするアトレティコ・マドリードを挙げたことがある。守備に関する要求は相当高いはずだ。それに加えて、戦術やシステム、ポジションの変化に対応する能力が問われる。櫻本は、このハードルを超えることが自分とチームを成長させると信じる。

「北野監督からは知らないことをたくさん教えてもらえるので、すごく新鮮です。選手一人ひとりの能力が向上しないと対応力はつかないと思いますが、細かく指示をもらえています。練習でいろいろなものを吸収しながら、ゲームの中では声を掛け合って、適材適所になるように戦えたらいいなと思っています」

【残り13試合のチャレンジ】

 新しいチャレンジの中で、多くの選手が本来の実力を発揮できるようになるまでには、難しい状況はもう少し続くかもしれない。だが、毎試合、明確なタスクと向き合う中で少しずつ成功体験を積み重ねていくことができれば、大きな石を動かすだろう。

 チームで特に経験豊富な中野は、昨年に比べて出場機会は減っているものの、ベレーザ戦やINAC戦ではカウンター攻撃の要石となり、相手に脅威を与えた。「相手によって変える」ということは、逆に「分析されづらい」ということでもある。

 今週末の8月22日の第6節では、昇格組で現在8位の愛媛FCレディースをホームの相模原ギオンスタジアムに迎える。昨年末の皇后杯3回戦では3-0で勝った相手だが、櫻本は「今シーズンはまったく違うチームになっていると思います」と、気を引き締める。

 格上相手にもボールを持って試合を進める明確なスタイルを持つ愛媛に対し、北野監督はどのような策で対抗するのだろうか。

「Jリーグだとまだ5試合しか終わっていない、という感覚ですが、なでしこリーグはあと13試合しかない。勝ち点を取りにいくゲームになると思います」

 相手の強みと弱点を徹底的に分析した上で、柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。

 狙い通りの試合ができた後には、その「種明かし」を聞くことができるかもしれない。うまくいかなかった時ははぐらかされてしまうかもしれないがーー。取材者にとっては、その“駆け引き”も楽しみなのである。

様々な戦い方を使い分けるために選手一人ひとりの対応力が求められている(左から石田千尋、大隅沙耶、佐々木美和、中野真奈美、櫻本尚子/写真:keimatsubara)
様々な戦い方を使い分けるために選手一人ひとりの対応力が求められている(左から石田千尋、大隅沙耶、佐々木美和、中野真奈美、櫻本尚子/写真:keimatsubara)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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