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新体制でケガ人減少、競争力は向上。「1部で通用するチーム」を目指すオルカ鴨川FCの新たな強みとは

松原渓スポーツジャーナリスト
開幕に向けて選手のコンディションは向上している(写真:keimatsubara)

 房総半島南部の鴨川市をホームタウンとするオルカ鴨川FCは、昨季に続き、今季のなでしこリーグ2部の上位争いを牽引しそうだ。

 昨年は開幕から4連勝と最高のスタートを切り、順調に勝ち点を積み重ねていたが、最終的には4位と、昇格圏の2位以内まで届かなかった。

 優勝争いが佳境にさしかかる昨年9月上旬にクラブを襲った台風15号の試練が、結果に影響したことは否定できない。

 被害は大きく、スタジアムの屋根は飛ばされ、チームは練習を中止して選手、スタッフ総出で地域の復興の手助けとなるよう活動を行った。

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 今季は快進撃を期待させるいくつかの要素がある。

 昨季ボランチとしてオルカの中盤を支えたDF近賀ゆかりが、オーストラリアのメルボルン・シティで無敗優勝を果たして再びオルカに復帰した。さらに、今季はちふれASエルフェン埼玉からベテランのFW深澤里沙が加わった。

【ケガ人減少を結果につなげるサイクルを目指す】

 創設以来、オルカを地域に愛されるクラブへと発展させてきた北本綾子GMは今季、熊田喜則監督を招聘した。熊田監督は2011年夏から3年間ミャンマー女子代表監督を務め、帰国後は1部のINAC神戸レオネッサで監督を務めた。その後、明治国際医療大学女子サッカー部で3シーズン、NGUラブリッジ名古屋で2シーズン指導。国内外で女子サッカーの豊富な指導経験を持つ同氏がオルカに就任した理由の一つが、千葉県南部の医療を支え、オルカの運営母体でもある亀田メディカルセンターの存在だった。

熊田喜則監督(写真:keimatsubara)
熊田喜則監督(写真:keimatsubara)

「最初に日本に帰ってきた時に、INACの選手を見てベタ足(*1)の選手が多いと感じたことがきっかけでした。ベタ足だと、かかとが上がらなくてロックしてしまうんです。それで、勉強するために明治国際医療大学に行ったら、女子の場合は骨盤が後傾になっているから重心が後ろになってボールの飛距離が出にくいことや、骨盤を前傾させることによって全十字が切れやすくなることが分かりました。それから、女性は生理周期に合わせて骨盤が開いて関節が緩くなる。そういうことを勉強することから入りました。オルカでは病院のいろいろな先生がクラブに携わってくれています。そうした医学的な知識を取り入れながらケガ人が減っていき、(試合に勝つために必要な)選手たちが揃うようになり、そして成績が上がるという形を作りたいですね」

(*1)かかとからつま先を付けて走る扁平足のこと。

 女子選手に特に多く、復帰に時間を要する深刻なケガが前十字靭帯損傷だ。明治国際医療大学では、熊田監督が指揮を執った3年間で前十字靭帯を断裂する選手が一人も出なかったという。そして、オルカで今季の活動がスタートした1月から現在に至るまで、ケガ人はいない。熊田監督のアプローチは、亀田総合病院と共に地域発展を目指すオルカに、選手のケガを減らし、パフォーマンスを上げて成績向上につなげる形で相乗効果を生み出すかもしれない。選手たちの雇用先にもなっている同病院では、疲労回復を早めたり、ケガをした時にすぐに適切な治療が受けられる医療体制が整う。また、災害時の対応で実績を残してきた同病院は、コロナ禍においても南房総の感染収束に向けた中心的な役割を担っている。

 4月2日からの活動自粛期間中、オルカはグラウンドが使えなかったため、在宅での個人トレーニングを強化。熊田監督はこう振り返る。

「鴨川市の運動施設が全面的に閉鎖されて自主練が難しくなりましたが、(スポンサーである)ホテル三日月のおかみさんがパターゴルフ場を開放してくれて、そこで走ることができました。また、いち早く低酸素マスク(*2)を取り入れ、心拍数の計測やGPSなどの機能がついているガーミン(多機能時計)を選手に手配しました。練習メニューはこちらで作り、週の初めから有酸素、スピード、アジリティ、という形で体を動かしてもらい、ボールを使った練習も個々でやってもらいました。そのうえで私たちスタッフが巡回で、写真や映像を撮って確認するようにしていました」

(*2)トレーニング中に装着する事により酸素摂取量を減らし、低酸素状態下でトレーニングを行う事ができる。

 戦術面では、昨年の堅守を発展させる形で、より積極的な守備から得点力の積み上げを目指す。

「優勝を狙えるチーム作りをします。1部で通用するチームになるために、1mでも高い位置で奪って速くゴールに迫る場面を多く作りたいですね。その中で、細かいパスワークの良さが消えないようにすることが仕事だと思っています。この2カ月間はオルカ鴨川FCではなくて『オルカ鴨川陸上部』です(笑)。選手たちはものすごく走っていますよ。ベテラン選手のコンディションが良く、『試合に出てやるぞ』という雰囲気とプレーで見せてくれています」

 練習中、ベテラン選手たちはプレーで全体をコントロールしつつ、若い選手たちに積極的に声をかけて細やかにコミュニケーションをとっていた。恵まれた練習環境と行き届いたコンディションへの配慮のもとで競争力が高まっている。

【優れた観察眼で個性を生かす】

 今季、オルカのキャプテンを務めるのは4年目のGK國香想子(くにか・しょうこ)だ。オルカの守護神は、的確なコーチングと持ち味であるシュートストップを武器に、昨年は2部で唯一、一桁失点だった堅守を支えた。

國香想子(写真:keimatsubara)
國香想子(写真:keimatsubara)

 GKの資質である大きな手を体の両側に構え、相手のシュートコースを消しながらフィニッシュの瞬間を見極める。最終体勢に入るまでのゆったりとした構えが絵になっていた。

 昨季、台風の影響を受けながらも最終節で勝てば優勝の可能性もわずかに残していたが、愛媛FCレディースのホームで1-1の引き分けを演じ、目の前で優勝と1部自動昇格を決められた悔しさは今でも國香の脳裏に焼き付いているという。

「あの悔しさは忘れられないですね。今年は優勝を目指していますし、オルカブルーに染まるスタンドの中でその瞬間を迎えたいと思っています。去年はフィールドの選手が守備で共通意識を持っていたのでコースを読みやすく、後ろから声をかけやすかったですし、シュートを止めることに集中できました。今年はビルドアップにも関わっていくと思うので、ディフェンスとのパス交換のテンポや精度、キックの精度と飛距離を磨きたいと思います」

 オルカのホーム開催試合では800名近いサポーターが詰めかけ、スタンドをチームカラーの青に染める。昨年、オルカは9勝のうち6勝、24得点中16得点をホームで挙げている。ホームでの強さについて國香は迷わず、サポーターの数と応援の力強さを挙げた。

 熊田監督は、今季キャプテンマークを國香に託した理由について、「彼女は(チームをリードしていく)自覚があって、すごく頭がいい選手だと思います」と明かしている。選手たちが自主的に動けるように何が効果的かを、自分なりの視点から監督に伝えることもあるという。

「前に出て仕切るタイプではないので、オンでもオフでもそれぞれの個性を発揮できるようなチームになればいいなと思います。(コロナ禍で)リーグ戦が18節連続になり、11人では絶対に戦えないと思うので、全員でやっていきたいですね」

 今季は昨年よりリスクを冒して攻撃に関わる場面も見られるだろう。そのプレーとともに、キャプテンシーにも注目したい。

【チャレンジの場を求めて】

 一方、攻撃面では加入1年目の深澤がチームに与える刺激も大きいだろう。

 12年間所属したジェフユナイテッド市原・千葉レディースを離れ、2019年のオフにエルフェンへの移籍を決断した。昨季はリーグ通算250試合を超える出場記録を達成したが、先発出場は開幕戦の1試合のみで、その後はケガもあり、シーズンを通しての出場時間はわずか153分に留まった。長くプレーしたチームからの移籍の決断について「失敗しても成功しても、『サッカーを楽しむ』ということが目標の一つです」と話していた深澤だが、ピッチに立てないことは辛かったのではないか。

「エルフェンでは試合に出られず、ケガも多いシーズンになってしまったのですが、自分としてはマイナスではなかったです。それまでとは違う新たな視点を得ることができましたから。その中でまたこうしてオルカさんとの縁が得られて、新しい環境で新しい選手たちとサッカーができることは本当に貴重です。年上の選手もいて、(2歳上の)近賀さんや、(1歳上のMF南山)千明や(MF松長)佳恵がいるのも(移籍を決断する上で)大きかったです」

深澤里沙(写真:keimatsubara)
深澤里沙(写真:keimatsubara)

 千葉では最年長として年下から手本として見られることが多かった深澤だが、自身も周囲の選手から学び、いつまでもチャレンジを楽しみながら成長したいという思いが伝わってくる。ピッチでは鋭いオーラを放ち、飄々とした表情でボールに食らいついていく。

 オルカで、深澤はどんなチャレンジをしたいと考えているのだろうか。

「今年は変則的で昇降格がないのですが、優勝は目指したいです。そのために呼んでもらって、来ましたから。自分は技術に長けた選手ではないので、泥臭い部分やボールへの執着心は大切にしています。でも、最後のゴールに向かう姿勢がまだ足りていないと感じるので、FWとしてもっとゴールに貪欲になりたいです。ベテランとしてもしっかりチームを引っ張って、いい影響を与えられたらいいなと思っています」

 広々としたグラウンドで、オルカブルーの鮮やかな練習着を着こなした深澤は、サイドで縦の関係を組んだ選手に自分から積極的に話しかけていた。練習が終わると、近賀、南山とともにシュート練習に励んだ。サッカーを楽しみ、貪欲にボールを追う背番号「8」が、チームを鼓舞し、鴨川のサポーターを熱く奮い立たせる姿が浮かぶ。

 新体制で得点アップを目指すオルカのチャレンジの行方が楽しみだ。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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