華麗に、泥臭く。千葉のファンタジスタ、FW成宮唯がケガを乗り越えて完全復活
【「千葉のために」】
台風15号の影響で被害を受けた市原市のゼットエーオリプリスタジアムで行われたなでしこリーグ第12節で、小柄な背番号7が躍動した。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースが日体大FIELDS横浜に1-2で逆転勝利を収めたこの一戦は、逆境を覆す千葉のたしかな底力とともに、FW成宮唯という強力な戦力の復帰を印象づける試合だった。
ケガ明けで約10カ月ぶりにピッチに立った5月14日の浦和レッズレディース戦から徐々に出場時間を延ばし、公式戦は3試合連続のフル出場。決勝ゴールを決めた前節のノジマステラ神奈川相模原戦に続き、2試合連続ゴールを決めて好調をアピールした。
「足下でボールを受けられる回数が多く、相手に(ボールを奪いにくる)勢いもあったので、逆を取りやすかったですね。前を向けるターンができて、リズムを作れたかなと思います」(成宮)
現在最下位で、残留争い脱出を図る日体大の勢いに押され、前半は苦しい戦いを強いられた。立ち上がりの1分に相手のシュートがバーを叩くと、7分には寄せの甘さを突かれ右サイドからMF茨木美都葉にミドルシュートを許す。押せ押せムードの日体大に対して慎重になりすぎたのか、攻撃にもうまくエンジンがかからない。
だが、藤井奈々監督が「それぞれが動くスペースの範囲、ここは誰が狙うべきで、誰が守備をすべきなのかを伝えた」というハーフタイムを介して流れは一変する。選手同士の距離感がよくなると、成宮が前線で攻撃のアクセントになった。
57分には、ゴール前でボールを受けると細かいフェイントを織り交ぜてフィニッシュまで持ち込み、59分には、ドリブルで複数の相手を引きつけながらMF山崎円美のシュートをお膳立てする。そして72分、左サイドを深くえぐった山崎のクロスに頭で鮮やかに合わせて試合を振り出しに戻した。
80分には、交代で投入されたFW小澤寛のグラウンダーのパスをFW大滝麻未が押し込んで逆転。千葉は後半だけで12本のシュートを放ち、決定的なピンチはGK船田麻友を中心に、守備陣が体を張って守りきった。
この勝利で、千葉は首位の浦和と勝ち点「6」差の4位に浮上。台風の影響で消化試合が1試合少なく、残り7試合で優勝も狙える位置につけている。
成宮は試合後、この勝利が持つもう一つの大切な意味を明かした。
「今日のテーマは『千葉のために戦う』でした。前半は本当にみっともない試合をしたので、後半で取り返せ、と監督からも言われましたし、何不自由なくサッカーをできていることに感謝の気持ちを持ってプレーしました。(台風15号で)被災した方で、試合に足を運んでくれた方もいらっしゃるので。市原市で勝ったということは、勝ち点3以上のものがあると思います」(成宮)
【ケガを乗り越えて進化したプレー】
ダブルタッチや足裏を使ったドリブル、細かいボディフェイントやノールックパス。猛プレッシャーをかける相手を浮き玉で軽やかにかわし、針の穴を通すようなスルーパスで決定機を創り出す。豊富なアイデアと、それを具現化するスキルが生み出す独創的なプレーは成宮の真骨頂だ。
「試合の中で自分がハマっているな、と感じる時は、時が止まったように周りの動きがスローモーションに見えて、相手の逆が取れるんです。感覚的なものですが、そういう時はやっていても楽しいですね。ボールを触りながらペースを作っていくタイプなので、試合のはじめからボールを触ることができれば、それだけリズムが作りやすいです」
成宮が「楽しい」と感じるその瞬間は、集中力が高まることで感覚が極限まで研ぎ澄まされた、いわゆる「ゾーンに入っている」状態なのだろう。ゾーンに入ると時空が歪んで相手の動きが遅くなったり、ボールが大きく見えたりすることもあると聞く。サッカーに限らず、それによって圧倒的なパフォーマンスや結果を残すアスリートがいる。
成宮は日本サッカー協会が立ち上げた中高一貫のエリート養成施設であるJFAアカデミー福島を卒業後、ベガルタ仙台レディースに加入。同年9月にスペランツァFC大阪高槻に移籍して4シーズンを過ごした後、17年から千葉でプレーしている。年代別代表では11年のAFC U-16女子選手権(優勝)と、翌12年のU-17女子W杯(ベスト8)に出場。「最強世代」と言われることもあった両チームを、成宮はキャプテンとして率いた。
千葉のサッカーの根底にあるのは「走る・闘う」というコンセプトだ。粘り強い守備と走力で、相手に食らいつく。
「泥臭く走ることや球際で戦うことがジェフの良さだと感じています。相手と(球際で)接触するのは好きではないのですが、試合の中で勝敗を分けるのは、球際やそういう気持ちの部分が大きいと(千葉に来て)感じています。そこは自分にとって足りない部分でもあるので、もっとやらなければいけないと思います」
千葉に加入して1年目の17年にそう話していた成宮のプレーは、この3年間で明らかに変化した。
守備でも全力でボールを奪いに行き、コンタクトプレーも厭わない。蛍光イエローのユニフォームがすっかり板につき、華麗さに泥臭さを融合させたプレーが新たなアイデンティティになった。
昨年夏ごろに負ったケガ(詳細は発表されていない)の影響で、約9カ月間に及ぶリハビリ生活を余儀なくされたが、復帰後のプレーは力強さを増した。
「リハビリ期間中は走るのが嫌じゃなくなるぐらい走ったので(笑)、走力はついたと思います。ケガをした当初、藤井監督から『ただコンディションを戻すんじゃなくて、新しい自分になってみたら?』と言われたんです。ケガをしないように相手と駆け引きできるようになったり、リハビリ期間をプラスにできたと思います」(成宮)
154cmと小柄な成宮が、自分より大きな相手と競り合いながらヘディングで鮮やかに決めた日体大戦の1点目には、実は伏線があった。成宮は夏のリーグ中断期間にヘディングの練習を重ねていたという。提案したのは藤井監督だ。
「細かいテクニックやスルーパスは、成宮の得意なプレーとして(元々)印象づけられています。それにプラスして、プレーの幅を広げるために『成宮がヘディングでシュートを決めたら、相手も悔しいよね』と伝えたんです。リハビリ中から、彼女は毎日の練習が終わった後にヘディングの練習をやっていました」(藤井監督)
左から山崎のクロスに合わせる形は特訓を重ねてきた。指揮官のアイデアと自身の努力が結実したゴールについて、成宮は「練習以上に綺麗に決まって良かったです(笑)」と白い歯を見せた。
今後については、どんなビジョンを描いているのかーー。「ジェフを引っ張っていけるような存在になりたいです。そのために、結果にこだわっていきたいです」と、迷いのない口調で語った。
【好調の秘訣】
千葉はここまでリーグ戦11試合を終えて6勝3分2敗。夏のリーグカップは3分5敗で敗退したが、リーグ戦は4月から5勝3分と負けなしだ。例年に比べると今季はハイペースで勝利を重ねており、あと1勝で直近3シーズンの最終勝ち点を上回る。10チーム中6〜7位と下位に終わることが多かった最終順位も、今年はさらに上を狙えそうだ。好調の要因について、4月以降全試合にフル出場してきたサイドハーフの山崎はこう明かす。
「人数がいなくてギリギリなのですが、だからこその一体感があります。普段出られない人の分も戦うとか、誰が出てもカバーし合うところでみんなの気持ちが一つになっていると感じますね。順位もいい位置につけていて、高いモチベーションでやれています。3位以内に入るためにはFW以外の選手も得点が必要だと思うし、自分も今日のように最低でもアシストを決めたいです」(山崎)
今季はケガ人も多く、ベンチ入りできる18名の枠が埋まったのはこの試合が初めてだった。だが、メンバーは揃いつつあり、充実した戦力で終盤戦を迎えることになる。
千葉は次節、9月23日(月)にアウェイの新潟市陸上競技場で、5位のアルビレックス新潟レディースと対戦する。
成宮の復帰によって、多彩さを増している前線のフィニッシュワークにも注目したい。