長野のMF國澤志乃がイタリア・女子セリエAに挑戦。「第二の故郷」から世界へ

ラストマッチは1-1のドローに(筆者撮影/國澤は最前列右から3番目)

【日本人離れしたプレー】

 かたや絶好のチャンス、かたや絶体絶命のピンチーーそんな展開が続いた試合だった。ピンチを切り抜けるたびに、オレンジ色に染まったスタンドからは、割れんばかりの拍手が沸き起こった。その堅守の中心に、背番号6の姿があった。

 7月13日(土)に行われたなでしこリーグカップ第10節。AC長野パルセイロ・レディースがホームにノジマステラ神奈川相模原を迎えたこの試合は、海外移籍のために退団を発表したMF國澤志乃の国内ラストマッチだった。

 長野はすでにリーグカップ予選敗退が決まっていたが、約1,600人の観客が駆けつけた。試合は準決勝進出がかかったノジマの猛攻に晒され続けた。だが、長野は粘り強い守備で何度も弾き返す。終盤にPKを与え合い、1-1で勝ち点を分け合った。

 國澤は、持ち前の鋭い寄せで何度もボールを奪い、61分と75分には、失点に直結しそうな相手のパスをクリア。プレーに派手さはないが、90分間走れるスタミナ、失点しそうなポイントを嗅ぎ分ける危機察知能力、そして日本人離れした球際の力強さが魅力だ。

「高校の敷地内に、飛行用の滑走路があったんですよ。長い直線で、ずっと見えているからズルもできなかったんです」(國澤)

 日本航空高校(山梨県)出身の國澤は、ユニークな練習方法によってスタミナを身につけた。

 高校卒業後はアメリカに留学。短期大学で2年を過ごした後、ニューヨークのロングアイランド大学に編入し、アメリカの大学リーグで最もレベルの高いNCAA(全米大学体育協会)のディビジョン1でプレーした。

 そして、大学を卒業した2014年に長野に加入して以来、約5シーズンにわたって、リーグ戦ではボランチとしてフル出場を続けてきた。連続フル出場は、現在の1部で最多の「97」試合。ケガが少なく、頼れるプレーで攻守を支える「縁の下の力持ち」だった。

 以前、ケガをしない理由について聞いたことがある。「足首を捻挫することはよくありますが、3分で治ってしまうんです」と、けろりとしていた。身体の強さは、生まれ持った資質もあるのだろう。

 なでしこリーグではいくつかの重要なゴールを決めてきた。特に印象深いのは、ホームで最多の6,733人が入った16年5月のINAC神戸レオネッサ戦(○3-2)。試合終盤に劇的な逆転ゴールを決めた。コーナーキックのこぼれ球を身体ごとゴールに押し込む、泥臭さ満点のゴールだった。

 その後、16年7月にはなでしこジャパンに初選出されている。

【第二の故郷】

 試合後の壮行セレモニーで、國澤はイタリア(女子セリエA)に挑戦することを発表。そして、サポーターに感謝の言葉を述べた。

「5年前の夏にアメリカの大学を卒業したあと、本田(美登里)監督に拾ってもらい、パルセイロに入団しました。当時は、1、2年したらまた海外に行こうと思っていたのですが、気づいたら5年も経っていました。この素晴らしいスタジアムで日本一のサポーターと一緒に戦った5年間は私の誇りです。本当にありがとうございました」

サポーターへの感謝を伝えたラストマッチ(筆者撮影)
サポーターへの感謝を伝えたラストマッチ(筆者撮影)

 15年の2部優勝や1部昇格1年目(3位)の躍進など、クラブの過渡期と発展期を支えてきた功労者に、サポーターから温かい拍手が送られた。國澤は満面の笑顔でその拍手に応えた。

 試合直後、誰よりも悔しそうな表情で天を仰いでいたのはGK池ヶ谷夏美だ。

「ラストゲームで、全員が志乃のためにも勝ちたいと思って入ったゲームでした。(試合終了間際に与えた)PKを止められなかった悔しさや、志乃との時間が終わってしまった寂しさなど、いろいろな思いがありましたね。イタリアに行っても彼女ならすぐに適応してやれると思いますよ。(抜けた後の守備は)仕事は増えると思いますが、一人ひとりが成長していかなければいけないので、責任を持ってプレーできるように呼びかけていきます。今年(のリーグ戦)は厳しい状況ですが、来年も1部でプレーできるように頑張って、『志乃が抜けてもしっかり残留できたよ』といい報告がしたいですね」(池ヶ谷)

 2人は同期に当たる。群れずに飄々としていることが多い國澤だが、チームのムードを明るくする池ヶ谷の隣でよく笑っていた。苦楽をともにしてきた戦友に、最後は“水かけ”の儀式で旅立ちを祝福した。

 

 本田監督は、5シーズンをともにした愛弟子にこのようなエールを送っている。

「國澤はチームの心臓です。ボールを奪うことができて、守備の一番のストロングポイントでした。海外を意識しているのは知っていたので、オファーがなければいいな、と思っていたのですが(笑)。海外は身体の強い選手が多いですが、ケガをせずに彼女の良さを出して欲しいです。またいつか(長野に)帰ってきてくれることがあれば頼もしくなっているでしょう。世界を見て来れば、日本の女子サッカーにとってもいいことだと思います」(本田監督)

 ラストマッチを終えた國澤は、取材エリアでは寂しい思いも吐露した。言葉に力が込もったのは、長野への思いを聞かれた時だ。

「第二の故郷です。人が優しくて温かく、みんなが自分の子供や孫のように接してくれていました。(海外に)行くと決めてから、離れたくないという思いが日々増しています」

 高知県出身の國澤にとって、5年前まで縁もゆかりもない土地だった長野が今ではもう一つの「家」になった。いく先々でしっかりと適応力を見せてきた彼女は、池ヶ谷が言っていたようにイタリアでも自分の居場所を見つけるだろう。

【欧州の女子サッカーは今】

 今回、國澤はイタリアを挑戦先として選んだ。だが、チームは決まっていない。練習参加を申し込み、チームを探すという。このタイミングで挑戦を決断した理由については、28歳という年齢も考えてのことだったと明かした。

「ヨーロッパに行きたかったのですが、日本人選手がいない未開拓のリーグの方が面白そうだと思っていました。そんな時に、ユベントスの女子の試合で4万人入ったというニュースを見て、イタリアに興味を持つようになったんです」

 現在、セリエAには日本人選手がいない。過去には、MF山本絵美(現・ニッパツ横浜FCシーガルズ)が12-13シーズンにナポリでプレーしたことがあり、話を聞きに行ったという。

 今年の3月24日に行われた女子セリエA第19節。

 ユベントスがフィオレンティーナとの首位攻防戦に1-0で勝利した試合で、39,027人の観客が入り、イタリアにおける女子サッカーの入場者数の最多記録を更新した(観戦無料)。その一週間前には、スペイン女子リーグのアトレティコマドリードとバルセロナの試合で、欧州女子サッカー最多となる60,739人の観客数を記録している。スペインは、サッカー協会がリーグ運営やプレー環境の改善を積極的に主導したことで、バルセロナをはじめとしたビッグクラブが女子の強化に本格的に乗り出しているという。

 女子セリエAも同様にビッグクラブが集客力を示しており、ユベントスが2季連続で男女アベック優勝を達成している。

 

 そして、今月8日に幕を閉じた女子W杯ではイタリア女子代表が20年ぶりにW杯に出場し、8強入りを果たした。それによって国内も盛り上がりを見せ、リーグの環境を改善していこうという選手側からの訴えも上がっていると聞く。そういった流れの中で、セリエAはこれから発展していく可能性を秘めている。

 新シーズンの開幕は、9月14日に迫る。

 新たな女子セリエA日本人プレーヤーの誕生なるか。イタリアから吉報が届くことを楽しみにしている。