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なでしこリーグ王者に惨敗。茨の道を歩む日体大が見せる巻き返しへの期待

松原渓スポーツジャーナリスト
苦しい戦いが続く日体大イレブン(筆者撮影)

【波乱のスタートとなった1部2年目のシーズン】

 0−11。なでしこリーグで近年、稀に見るスコアだった。

 5月2日(木)の第6節。勝者は、リーグ4連覇中の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)。敗者は、今季1部で2年目の日体大FIELDS横浜(日体大)だ。

 90分間を通じて、ベレーザのポゼッション率は80%を超えていたのではないだろうか。ゴールはすべて流れの中から決めたもので、フィニッシュはほとんどがペナルティエリア内で崩し切った、いわゆる「ゴールへのパス」だった。

 試合終盤、6分間で4ゴールを決めていることからも分かるように、ベレーザは最後の笛が鳴る瞬間まで攻撃の手を緩めなかった。爆発的な攻撃力を見せつけ、GWの一日を華やかなゴールショーで盛り上げた。

 一方、日体大のシュート数はゼロ。ワンサイドゲームだった。

 勝利したベレーザは得失点差の圧倒的なアドバンテージとともに首位に浮上。敗れた日体大は、最下位から浮上のきっかけをつかめずにいる。

 同じカテゴリーにもかかわらず、なぜここまで点差が開いてしまったのかーー。

 前提として、両チームが置かれた状況にはかなり差があった。

 ベレーザは、控えも含めて17名中13名が代表(なでしこジャパン)候補だった。チームには10代から20代前半の選手が多いが、たとえばFW籾木結花は、23歳ながらリーグ(1部)ではすでに9年目の経験を持っている。練習は、毎日が代表合宿のような環境である。また、下部組織のメニーナから10年以上プレーを共にしている選手が多く、連係も成熟している。そして、今年は前人未到のリーグ5連覇を目指している。さらに5月10日に予定されているW杯メンバー発表に向けて、この試合は並々ならぬモチベーションの高さがうかがえた。

 一方、日体大になでしこジャパンの選手はいない。メンバーの大半が日体大生で、平均年齢は約21歳と若い。チームの軸は、ベレーザ出身で、数少ない社会人選手でもあるMF嶋田千秋だ。

 日体大は昨年、2部チームとの入れ替え戦に勝って1部に残留したが、主力だった4年生の多くが卒業を機に退団したため、メンバーが大幅に入れ替わった。特に最終ラインは残留を支えた主力が一人も残っておらず、昨年からの積み上げが難しい状況だ。昨季1部でコンスタントにプレーした選手を中心に、新チームの土台を築きはじめたところである。

 また、日体大は年始の全日本大学女子サッカー選手権大会で優勝したが、決勝が1月下旬だったため、他のチームに比べると今シーズンに向けて十分な準備ができていない。

 そして、体調不良で開幕から指揮がとれなかった小嶺栄二(前)監督に代わって、第3節のマイナビベガルタ仙台レディース(仙台)戦から、楠瀬直木監督がまさに火中の栗を拾う形で日体大の指揮をとることになった。ここからが本当の意味でシーズンのスタートとなったため、開幕までの準備を含めて、他のチームに遅れをとってしまった。初めて1部に昇格した昨季よりも、状況は明らかに厳しい。

 それでも、楠瀬監督の就任から3試合の成績は1勝2敗。第3節で仙台に1-3で敗れたが、第4節のAC長野パルセイロ・レディース戦はFW児野楓香のハットトリックで3-2と初勝利を収めた。そして、前節はジェフユナイテッド市原・千葉レディースに0-2。負けた試合はいずれも2点差で、可能性の芽を感じさせた。

【ベレーザの「相手を見る」サッカー】

 果たして、11点ものゴールを決められた要因は何だったのかーー。それは、リーグ戦の中断期間に行われた4月14日のカップ戦の結果にヒントがありそうだ。この試合で、日体大はベレーザに0-6と、同じく大量失点を喫している。

 しかも、この試合は代表の海外遠征直後だったため、ベレーザはレギュラーメンバーをかなり休ませていた。

 この試合も筆者は会場で見ていたが、ベレーザが他のチームと決定的に何かが違うとすれば、それは、「相手を見て自在にプレーを変える」柔軟な対応力だろう。多少メンバーが変わっても、その対応力は変わらない。

 11点を奪われた試合後、楠瀬監督は落ち着いた表情の中にも悔しさを滲ませつつ、次のように振り返った。

「1部でも対応できるようになってきた部分はありますが、ベレーザにはごまかしがききません。たとえば、『(プレッシャーをかけに)行こう』と言ったら、前線は行っても後ろ(守備陣)が行かずに、(間延びして)守備が壊れてしまうことがあります。ベレーザは全体を見てそういう隙間を突いてくるし、空いているところを見られてしまったら終わりです」

 ベレーザの選手は全員がボールを回しながら意図的に相手を動かし、空いたスペースを狙う。ポジションが流動的で、守る側はマークの受け渡しが難しい。予測してスペースを消しても優れた個人技があるため、ボールを奪うことは容易ではない。

 日体大の選手たちは、球際で必死にボールに食らいつこうとするが、ベレーザが張り巡らせるワナは巧妙だ。ようやく奪っても、日体大のパスは3本以上繋がらなかった。

 そして時間とともに、湿気を含んだ暑さが日体大の選手たちから反撃する力を奪っていった。

「(ベレーザの選手が)考えていることはわかるんですよ。だから、止めたいんです。マークを外したらおびき出されてしまうので、みんなで絞って(コンパクトにして)スペースを消して、外で回させたいと思っているんですが……」

 試合後にそう語ったのは嶋田だ。中高6年間をメニーナで過ごし、ベレーザでもプレーした。元チームメートたちのプレースタイルや考え方はよく分かっている。だが、そのイメージをピッチで共有することは簡単ではない。

 今年は社会人選手が少ない分、嶋田が頼られる場面も増えているのだろう。思慮深く、責任感の強い嶋田の表情は、時々憂いを帯びる。

 今季のチームの良さについて聞くと、「伸びしろでしょうか」と小さく笑った。

「クス(楠瀬)さんのサッカーは結構頭を使うんです。普通の練習からかなり走っていますが、頭も疲れますね。メニーナ時代を思い出すようなトレーニング内容もありますよ」(嶋田)

 それは、日体大のサッカーがこれからポジティブに変化していく可能性を感じさせる響きがあった。

【1部残留に向けて】

 今年、日体大の現実的な目標は「1部残留」だ。そのために、楠瀬監督はまず「実戦に必要な体力」を鍛えることを重視する。

「普通に走れば、数値は1部の選手とそれほど変わらないと思いますが、それをゲームの中で連続して出していくことは簡単ではないです。守りに徹して0-3とかで負けるのではなく、倒れるぐらい走って戦って、『上には上がいるから、これだけやらなきゃいけないんだ』と痛感することも大切です。それは、今日の試合(ベレーザ戦)で痛感できたと思います」(楠瀬監督)

今季から日体大の指揮をとる楠瀬直木監督(筆者撮影)
今季から日体大の指揮をとる楠瀬直木監督(筆者撮影)

 走りと並行して、技術的な面のアプローチも抜かりない。

 ポジショニングやボールを受ける体の向き、味方のサポートやボールを持った際の視野など、練習中の指摘は多岐にわたる。

 なでしこリーグは選手の身体能力にそこまで差がないため、そういった「準備」の積み重ねが違いを生む。これまで東京ヴェルディユースやFC町田ゼルビア、U-17女子代表などの育成年代で指導をしてきた指揮官は、そういった基本的な部分を落とし込みながら、選手の良さを引き出していきたいと考えているようだ。

「たとえば、相手が前がかりに攻めてきた時に戻る位置とか、どこでボールを受けるかという場面で、ボールの受け方が間違っています。それは習っていなかったり、(その知識を)持っていない場合もある。リーグ後半戦でもっと良い試合をするためには、体力も技術も戦術も同時に上げていかなければいけません。そういう部分が上がってくれば、『しっかり守って我慢しよう』とか『最初はこういう入り方をしよう』と、戦い方のストーリーを作れるようになりますから」

 試合中や練習中は厳しい言葉も投げかけるが、「サッカーの本質は『楽しい』こと。怒られてやっても、楽しくないだろう?と思うんです」と、以前話していた。基本を徹底し、積み上げた先に、そのステージが待っているのだろう。

【成長への近道】

 ベレーザ戦の歴史的大敗から日体大がどのように立ち直り、巻き返していくのか。

 90分間、大きな声でチームを鼓舞し続けていたGK福田まいは、笛が鳴った瞬間、悄然とした表情でガックリと肩を落とした。だが、取材エリアに出てくる頃にはいつもの勝ち気な瞳を取り戻していた。

「蹴っても失ってしまうから、『ボールを失ってもいいからチャレンジしよう』と守備の選手に伝えて(ビルドアップに)チャレンジしました。チームとしても、奪った時に簡単に後ろに下げないことや前に蹴らないことを意識しています」

 福田は昨季途中に正GKになり、1部残留に貢献した。今季は昨季以上に飛んでくるシュートの数が多いが、それを成長のチャンスと捉えることもできる。様々な課題を口にしながら、以前は触れなかった軌道のボールに反応できた手応えも得ていた。

 実戦の中でチャレンジすることは、成長への最大の近道だろう。そして、強い相手と試合をする経験がチームを成長させる。ベレーザ戦での大惨敗がこの先どのような形で生きてくるのか、楽しみにしたい。

 だが、現実的な「残留」という目標を見据えれば、勝ち点の重みから目をそらすことはできない。

 日体大は次節、5月6日(月)に、ホームのニッパツ三ツ沢球技場で、今季ダークホース的存在となっている4位の伊賀FCくノ一と対戦する。中3日で迎えるこの試合で、日体大はどのような戦いを見せるだろうか。

リーグ戦は残り12試合。巻き返しなるか(筆者撮影)
リーグ戦は残り12試合。巻き返しなるか(筆者撮影)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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