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一発勝負の皇后杯、ラストマッチへのカウントダウン。菅野将晃監督がノジマに刻んだ偉大な功績を振り返る

松原渓スポーツジャーナリスト
ノジマを退任することが発表された菅野監督(写真:Kei Matsubara)

【7年目の勇退】

 ノジマステラ神奈川相模原(ノジマ)は、14日、菅野将晃監督が今シーズンをもって退任することを発表した。

 7年間、チームを土台から築き上げてきた、いわば「ノジマの父」とも言うべき存在。タッチライン際で選手を熱く鼓舞するあの後ろ姿がもう、見られなくなってしまうのかーーニュースを目にした瞬間、なんとも言えない寂しさが過った。

 25日の皇后杯2回戦は、退任が発表されて最初の試合だった。

 皇后杯は一発勝負のトーナメント。ジャイアントキリングも起こりやすく、負ければ、それが菅野監督にとってラストマッチにもなることを意味していた。

 この試合で、ノジマは藤枝順心高校と対戦し、3-0で快勝。相手は下のカテゴリーとはいえ、前回の高校選手権覇者である。ノジマの選手たちからは、目の前の一試合にかける強い覚悟が感じられた。

「一緒に戦ってくれて、試合中は悪いところもいいところも言ってくれる。オフザピッチでは家族のような感じで、本当に心強い存在です。自分自身、菅野さんに育ててもらったので、優勝を目指していい形で恩返しして終わりたいですね」

 今シーズン、リーグの得点ランキングで2位の10ゴール(18試合)を記録し、チームから唯一ベストイレブンに選出されたFW南野亜里沙は、親しみのこもった表情で恩師への感謝を口にした。

「はい次、次、そう、グッド!」

「同じこと(ミス)を何回やってるの!」

 この試合も、いつものように90分間タッチライン際に立って選手たちを鼓舞し、危険なファウルや、微妙なオフサイドの判定に対しては黙っていなかった。その熱量は、スタンドで見守るサポーターにも波及しているように見えた。

 試合後に改めてその胸の内を聞いてみると、近寄りがたい試合中の雰囲気とは対照的な朗らかさでこう答えた。

「こちらはいろんなことを選手に提示して、やってもらう方なんだけど、試合中にみんながそれをできていると、自分がプレーしているような気持ちになる。気持ちよくトントントンとパスが繋がって、グッと前に進んだ時なんかは『よっしゃ』と(ガッツポーズを)やる時もありますから」

 試合後は、175cmの長身を少し丸めるようにして、選手たちの目線で嬉しそうにハイタッチを交わした。その姿は、愛娘たちの成長を見守る父親のようでもあった。

試合中はタッチライン際で選手とともに戦った(写真:Kei Matsubara)
試合中はタッチライン際で選手とともに戦った(写真:Kei Matsubara)

【土台を築いた“イズム”】

 菅野監督は、ノジマの本拠地でもある神奈川県出身で、現役時代は古河電工サッカー部(現ジェフユナイテッド市原・千葉)などでプレーし、引退後は指導者としてJリーグの水戸や湘南を指揮した。

 その後、2009年からなでしこリーグの東京電力女子サッカー部マリーゼ(マリーゼ)を率いて2年連続3位と好成績を残したが、2011年の東日本大震災によりマリーゼの休部が決定。それ以降はチームが活動を続けられるように受け入れ先を探すなど、監督の立場を超えて奔走した。

 そして、それらの活動が縁になり、2012年に創設されたノジマの初代監督に就任し、神奈川県リーグ3部で新たなスタートを切った。

 5年目の2016年には、2部で無敗優勝を果たして1部に昇格。1部に舞台を移して1年目の昨シーズンは10チーム中8位と苦しんだが、皇后杯では接戦を勝ち抜いて準優勝に輝いた。

 そして、2年目の今シーズンは、日テレ・ベレーザ(ベレーザ)、INAC神戸レオネッサ(INAC)の2強に次ぐ3位の好成績でシーズンを終えている。

 創設以来ノジマは一度も前年の成績を下回ることなく、クラブの歴史に新たなページを刻み続けてきた。根底にあるのは、菅野監督がブレることなく提示してきたスタイルと哲学だ。

 藤枝順心高校との試合後、菅野監督は何度も聞かれてきたであろう問いに、こんな風に答えている。

「サッカーって、最後は“個”がものを言う部分があるけれど、(ノジマ)ステラは、しつこいぐらいに全員でボールをつないでいく。試合を見に来てくれた女の子たちが、そういうつながりのあるサッカーの魅力や面白さを感じてくれたのなら嬉しいし、ひたむきさは特に女子サッカーの魅力で、選手たちに持ち続けてほしいところです」

 パワーやスピードでは男子サッカーには敵わないが、その分、テクニックと組織力に磨きをかけ、丁寧にパスをつなぐことにこだわった。

 また、なでしこリーグはプロリーグではなく、仕事と両立させている選手が多いため、パフォーマンスを上げるためには限られた時間の中、日々の小さな積み重ねが重要になる。その努力やサッカーに対する情熱が、プレーの細部に表れる。菅野監督が指摘する「ひたむきさ」の根源はそこにもあるのだろう。

 たとえば、ノジマはリードしていてもコーナーでボールをキープして時間を稼がない。それも、「90分間走りきる」ことを大切にする指揮官のこだわりだ。

 クラブの歴史が浅いノジマが異例のスピードでカテゴリーを上げ、成長し続けてきたのは、そういったことを含めたスタイルと哲学を徹底的に貫いてきたからだろう。

 昨年の皇后杯決勝戦は象徴的だった。

 リーグ王者のベレーザに対し、守備の時間が長くなることは目に見えていたが、菅野監督は「それ(引いて守る戦い方)をやっても、結果は厳しいものになる」と、あえてリスクを負って攻めた。

 結果は0-3の完敗。その中でも、前半から後半にかけて戦い方を立て直し、結果的にベレーザと同じシュート数を放った。

 そのようにして、常に自分たちに対してチャレンジャーであり続けてきた成果が、今年、過去最高の3位になったリーグ戦に生かされたとも言える。

 今シーズンの躍進は、新戦力の活躍によるところも大きかった。GMも兼任してきた菅野監督が自ら獲得に動いた選手たちだ。

「補強する選手の基準は、チームに来て、すぐに試合に出られるかどうか。少なくともポジション争いできるぐらいの力を持っていないと、チームの強化にも繋がらないので」

 

 その信念の下で各地を視察し、獲得した選手には責任を与えた。

 現在レギュラーのDF高木ひかりとDF國武愛美は、加入後からレギュラーに定着し、期待に応えた。高木は1年目、國武は2年目でなでしこジャパンに招集されている。

 同じように、今年は1年目のMF松原有沙とMF田中萌の大卒ルーキー2人が印象的な活躍を見せた。

 若い選手だけでなく、今やチームの攻撃の核となった中堅のMF田中陽子や、リーグ最多得点記録を更新し続けているベテランのFW大野忍ら、実績のある選手とも信頼関係を築いてきた。そして、練習では試合に出るメンバーも出ないメンバーも同じメニューをこなすことを徹底し、結束を大切にした。 

 チームの指揮をとる最後の大会になる皇后杯に、菅野監督はどんな思いで臨んでいるのか。

「今まで見たことのない決勝の風景を見よう、と言って、去年初めて決勝にいきました。そしたら、やっぱり風景とか雰囲気が違うわけですよ。だから、また今年もあの舞台に立とうよ、と。(辞めることになって)寂しいし、感傷的になるところもあるけど、それは出したくない。俺が最後だから、とかそういう言葉は抜きにしています」(菅野監督)

【勝ち抜くために必要な3つのプラスα】

 昨年の皇后杯は、2回戦から準決勝までの4試合で、1点差の勝利が2試合、PK戦勝利が1試合、延長戦の末の勝利が1試合と、薄氷を履(ふ)みながらの決勝進出だった。

 その中で得た経験は、今年の大会にどう生かされるのか。

「こういう大会では地力に、プラスアルファが必要です。まずは気持ち。もう一つはプレーの中での大胆さです。『え、そんなことをするの?』というプレーがこういう大会では試合を決めることがある。そしてもう一つが、交代選手の活躍です」(菅野監督)

 厳しいリーグ戦を勝ち抜き、攻守ともにより洗練された今年のノジマには、3つのプラスアルファが備わっている。そこに「菅野監督の最終戦」という要素が加わることは見逃せないポイントだ。

 昨年の決勝はクリスマスイブだったが、今年の皇后杯決勝は、元日にパナソニックスタジアム吹田で行われる。

 「ノジマの父」のラストゲームに、最高の形で花道を飾ることができるか。次戦は12月1日に、藤枝総合運動公園サッカー場でASハリマアルビオン(2部)と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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