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ケガを乗り越えて、1年半ぶりの先発出場。仙台のFW有町紗央里が示す完全復活への道

松原渓スポーツジャーナリスト
1年半ぶりの先発で2ゴールを決めた有町(2016年12月23日皇后杯準決勝)(写真:アフロスポーツ)

 約3ヶ月の中断期間を経て、なでしこリーグが8日(土)に再開。長野Uスタジアムで行われたAC長野パルセイロ・レディース(長野)とマイナビベガルタ仙台レディース(仙台)の一戦は、劇的な結末を迎えた。

 2-2で迎えた88分、仙台は左サイドをドリブルで仕掛けたMF佐々木美和が折り返したボールに、ゴール中央でFW有町紗央里が体勢を崩しながら左足で合わせ、ネットを揺らした。長野のゴール前で仰向けに倒れた有町の上に白いユニフォームが重なった。

 この試合は、ドイツの1.FFCフランクフルトで1年間の期限付き移籍を終えたFW横山久美の復帰後初の公式戦だったため、長野は凱旋試合と銘打ち、集客に力を入れていた。

 だが、降り続いた雨の影響もあり、客足は当初の想定より伸びず。それでも、今シーズンのホーム戦で最高の3492人の観客数を記録し、2点のビハインドを追いついた中で一気に逆転ムードも漂った。

 だが、あと一点が遠かった。

 仙台に勝利の女神を振り向かせたのは、最後まで足を止めずに走り抜いた勝利への執念と、有町の決定力だ。

 千葉泰伸監督は試合後、

「失点した後、我慢しきれずに2点目を取られたのが早かったのは反省点ですが、それでも最後まで諦めずにゴールを目指してくれた結果が劇的勝利。今後につながるいいゲームだったと思います」(千葉監督)

 と、貴重な勝ち点3を得た選手たちをねぎらった。

 仙台は直近の3シーズン、リーグ戦で2位、4位、4位と安定した順位をキープしてきたが、昨シーズン終了後に外国人選手3人を含む10選手が退団。メンバーの約3分の1が入れ替わった中で迎えた今シーズンは、ベースとなる形がなかなか定まらず、リーグ前半戦を終えて1勝3分け5敗の8位と降格圏(9位、10位)ギリギリまで順位が下がってしまった。

 そして、6月上旬には、越後和男監督が成績不振を受けて辞任。2016年までチームを率い、その後は強化担当としてクラブに関わっていた千葉監督が現場に復帰する形で、リーグ後半戦に向けた立て直しを図ってきた。

 長野戦の勝利は、これ以上負ければ後がない状況で発揮された粘り強さもあるだろう。だが、同時に内容面でも前半戦に比べてかなり変化が見られた。

 各選手のプレーから迷いが感じられなくなったことは、その一つだ。サイドへの展開やロングボールなど、スペースを有効に使うダイレクトパスが増え、縦への速さも増した。攻撃の狙いが明確になり、全体の共通意識が高まった印象だ。

「縦に速い攻撃は、トレーニングの中で意識付けしてきました。長野は奪った後、横山選手にボールをつないでくる。真ん中で失うのは危険だったので、サイドを中心に攻略していく中で(クロスから)1点目と3点目を取れたのはうまくいったところです」(千葉監督)

 千葉監督はこの3カ月間で取り組んできた成果とともに、長野対策がハマった手応えを口にした。

後半戦の巻き返しを誓う仙台(写真:Kei Matsubara)
後半戦の巻き返しを誓う仙台(写真:Kei Matsubara)

【ケガからの復活】

 この試合で決勝点を含む2ゴールを決めた有町は、得点力不足にあえいでいた仙台の救世主になるかもしれない。

 長引いたケガからの復活を経て、この試合では約1年半ぶりに先発を飾った。最後にゴールを決めた試合は2年3カ月前まで遡らなければならない。昨シーズンは一度もピッチに立つことができず、今年6月のリーグカップでようやく復帰を果たしたものの、2試合の交代出場(計17分間)にとどまっていた。

 それでも辛抱強くアピールを続けてきた結果、ようやく訪れた先発のチャンスに、2ゴールという最高の結果で応えてみせた。また、ボランチのMF田原のぞみと左サイドハーフのMF高平美憂が試合中のアクシンデントで負傷退場を余儀なくされたこともあり、フル出場に。コンディションはまだ100パーセントとはいかないようだが、勝負どころはしっかりと押さえていた。

 DF万屋美穂のクロスをダイビングヘッドで決めた先制点は、ダイナミックさと泥臭さが共存した、彼女らしいゴールだった。

 日本代表のFW岡崎慎司を彷彿させる鋭いゴールへの嗅覚と、ピンポイントで合わせられる器用さ。その秘訣は何なのか。

「ボールを受ける時は、常にゴールが奪えるポジションに入ることを意識しています。良い状態を作っておいて、来たボールに合わせられるように」(有町)

 ポジショニングを含めた、その準備こそがストライカーとして磨き続けてきた最大の武器なのだろう。そのエッセンスは、決勝ゴールの場面にもしっかりと見て取れた。

 だが、本人は「自分の得点というよりは、みんなが最後まで諦めなかった結果です。今日はたまたまだと思うので、毎試合点が取れる選手にならないと」と、どこまでも謙虚だった。

 88年生まれの有町は、今年の7月で30歳になった。長いリハビリを経て、その瞳には、再びサッカーに全力で打ち込める喜びがキラキラした輝きを放っていた。

 この日、対戦した長野のMF中野真奈美と横山は、かつて岡山湯郷Belle(現2部)で共にプレーした元チームメート。ピッチで再会できるこの日を、有町は楽しみにしていたという。

「真奈美さんもヨコも、自分が持っていないものを持っている2人。リスペクトしています。その2人と戦えることでモチベーションが上がったし、試合前は久しぶりにピッチに立つ不安よりも、この試合に合わせられた嬉しさとワクワク感の方が大きかったです。(1年半ぶりの公式戦フル出場で)ちょっとしんどかったですけどね(笑)」(有町)

 有町はケガをする前、2017年1月に行われたなでしこジャパンの国内合宿に招集されていたが、負傷で不参加となり、それ以来代表からも遠ざかってしまった。だが、リハビリ期間中、代表の試合は欠かさずチェックしてきた。

「あの時、ケガで代表に参加できなかった悔しさは今もあります。ピッチに戻ったらまた代表を目指して…といつも考えていたのですが、うまく戻ることができませんでした。今、代表で戦っているメンバーは、いろいろな経験をしながら強くなっているな、と感じます。試合を見るたびに『みんな上手だな』と思って、プレーを参考にしながら、もし自分が入ったらこういうプレーをしよう、とイメージしながら観ています。今日は(代表FWの)ヨコ(横山)と対戦して、ボールの持ち方がうまいな、と思う瞬間がいっぱいありましたね。今後はスタメンで出続けて、『自分はこういうプレーヤーだ』ということを、代表の高倉監督にもう一度見てもらえるようにしたいです」(有町)

 

 FWは何本シュートを外してもへこたれない強さや、自分を貫くエゴも必要なポジションだ。有町はそのことと、周囲を生かしながら自分が生かされることのバランスを、よく理解しているのだろう。

 だから、一つひとつのプレーに手を抜かず、ゴールを取るための準備を常に怠らない。そして同じサッカー仲間として、ライバルの成功を心から喜べる。 

 先制ゴールの後に有町がチームメートから受けた祝福に、先輩からも後輩からも慕われる彼女の人となりが見えた気がした。新たなスタートラインに立った有町が、ここからどんなキャリアを築き上げていくのか、楽しみにしたい。

【来週から続く上位対決が鍵に】

 貴重な勝ち点3をゲットした仙台だが、順位は依然、8位のままだ。

 リーグ戦は残すところあと8試合。4位の浦和レッズレディース(浦和)、2位のINAC神戸レオネッサとの上位対決が続く来週以降の2試合が、降格圏脱出に向けて重要になる。

 今の仙台には、今後の再浮上を予感させるものがある。それは、サッカーの方向性が明確になりつつあることだけではない。有町やMF小野瞳らベテラン組の復帰によって高まる競争力も、チームを勢いづける。

「(ポジションをめぐる)競争がありますし、一人ひとりがプレーに責任感を持てるようになってきた。あとは『やるしかない』という気持ちですね」(千葉監督)

 千葉監督は、選手たちへの期待とともに、後半戦の巻き返しを誓った。

 仙台は次節、16日(日)にアウェーの浦和駒場スタジアムで浦和と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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