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間もなく再開するなでしこリーグ。日テレ・ベレーザで存在感を増すDF宮川麻都に注目

松原渓スポーツジャーナリスト
A代表入りを目指す宮川麻都(写真一番右/2018リーグ杯決勝)(写真:松尾/アフロスポーツ)

【レギュラークラスはほぼ全員が国際大会のタイトルホルダーに】

 9月上旬の平日の夜。

 よみうりランド横のヴェルディグラウンドで行われている日テレ・ベレーザ(ベレーザ)の練習は、活気に満ちていた。

 アジア競技大会に出場したなでしこジャパンに8人、U-20女子W杯に出場したU-20日本女子代表(ヤングなでしこ)に3人の選手を送り出していたため、8月中、ベレーザは主力メンバーのほとんどが不在だった。全員が揃って練習できる時間の少なさは、代表に多くの選手を送り出すチームの宿命とも言える。 

 だが、ベレーザは下部組織の生え抜きのメンバーを中心とした完成度の高い連係で、そのハンデを凌ぐアドバンテージを示してきた。8月のリーグカップで今季一冠目のタイトルを獲得し、4連覇を目指すリーグ戦は、18試合中9試合を終えて現在首位に立っている。

 3日後にリーグ再開を控え、研ぎ澄まされた集中力が、グラウンドにピリピリと張りつめた空気を漂わせていた。

 そこに、2ヶ月前とは決定的に違う何かがあるような気がした。それは、個々が漲(みなぎ)らせる自信かもしれない。なでしこジャパンとヤングなでしこがそれぞれ金メダルを獲得したことで、ベレーザのレギュラークラスはほぼ全員が、国内だけでなく、国際大会のタイトルホルダーになった。

 その中でも今シーズン、じわじわと存在感を高めてきた選手の一人が、DF宮川麻都だ。ここまでリーグ戦とカップ戦合わせて18試合中、17試合に出場。うち14試合にフル出場しており、就任1年目の永田雅人監督の下でレギュラーに定着している。

 そして、今夏のU-20女子W杯では全6試合に出場し、大会初優勝に貢献。3位に終わった2016年の前回大会(3位)の経験を伝えながら、プレーでチームをけん引した。

U-20女子W杯で前回大会の経験を伝えた(右/左は長野風花/写真:Kei Matsubara)
U-20女子W杯で前回大会の経験を伝えた(右/左は長野風花/写真:Kei Matsubara)

【過去を乗り越えた瞬間】

 宮川の最大の魅力は、サイドハーフ、サイドバック、ボランチ、センターバックと、複数のポジションを高いレベルでこなせるユーティリティ性だ。それは、「止める・蹴る」の基礎技術の確かさと、ハイレベルな練習の中で培われたポジショニングや戦術眼の賜物だろう。球際の粘りも持ち味で、ピッチでは普段のおっとりとした雰囲気からは想像できないような、闘志を前面に押し出すファイターに変わる。

 そういったオンとオフのメリハリは、池田太監督が率いたU−20日本女子代表、通称「太(ふとし)ジャパン」の強さでもあった。帰国後に都内で行われた優勝記者会見で、池田監督が

「このチームは本当に元気が良く、ご飯をよく食べ、よく寝て、よくおしゃべりをして、よくトレーニングする。そういうチームでした」(池田監督)

 と振り返ったように、練習場にはいつも笑い声が響いていた。同時に、試合前のリラックスしたムードから一気に戦闘モードへ、しっかりとスイッチを切り替えられるチームでもあった。

宮川は、そのメリハリを分かりやすく体現した一人だった。

「(試合前の)アップで、ボールを使うメニューに入った瞬間からスイッチが入って、試合に向けたモチベーションを高めていきます。最初はコーチが声をかけてくれていたのですが、自分たちで切り替えられるようになってきました」(準決勝前日)

 頂点まで、残り2試合となった準決勝前日の練習後、宮川はそう言ってチームの成長に胸を張った。

 そして、その数時間後ーー過去のU-20女子W杯で日本が越えられなかった準決勝への挑戦を翌日に控えた夜ーー選手だけで行ったミーティングの中で、宮川は前回大会の経験を話したという。

 宮川にとって前回大会は、3位という輝かしい成績以上に、準決勝敗退というショックな出来事として脳裏に刻まれていた。

 優勝候補のフランスに対して抱いていたプレッシャー。ポートモレスビーのスタジアムで行われたナイターの試合で、満員(1万人以上)に近い観客が入ったスタジアムの雰囲気。そして、試合中に自分(宮川)を含めて2人が負傷退場し、延長戦の末に1-2で敗れたことーー。

「(準決勝は)何が起こるかわからないから、一層、チーム全員で戦う必要があることを伝えました」(宮川/準決勝後)

 その翌日、日本はイングランドを2-0で下して決勝に進出した。

 後半アディショナルタイムに交代でベンチに下がった後、勝利を確信した宮川の目に自然と涙が溢れた。

 きっと、単なる嬉し涙ではなかったと思う。宮川を苦しめてきた前回大会の悔しさや、自分を支えてくれた仲間への感謝。そういった、様々な想いが混ざった涙だったのではないだろうか。

 その3日後、宮川は優勝を告げる長い笛を、ピッチの上で聞いた。その瞬間に脳裏をよぎったのは、やはり2年前の準決勝の光景だったという。だが次の瞬間、宮川の心は温かいもので満たされていった。

「(ピッチで喜ぶ)仲間の笑顔を見て、それから太さん(監督)を見て、すごく安心しました」

 それは、宮川がようやく過去の記憶を振り切れた瞬間だったのかもしれない。

「時間が経った今でも、ちょっと信じられないんですが…メダルを見ると、優勝したんだなぁと思います。すごく嬉しいです」

 表彰式が終わり、取材エリアに一番最後に現れた宮川は、すっかりいつもの柔らかい表情に戻っていた。自分の中のトラウマを一つ乗り越えたような、すっきりした笑顔だった。

【なでしこジャパン入りへの逆算】

 U-20女子W杯の期間中、宮川は2つのポジションでプレーした。グループステージ(GS)2戦目までは右サイドハーフ、それ以降は、本職の右サイドバックだ。同時に、池田監督は左サイドハーフでプレーしていたMF宮澤ひなたを右サイドハーフに据えた。それにより、ベレーザでも縦の関係を組む2人の連係が右サイドで機能したことは、日本が決勝トーナメントを勝ち抜く上で重要なポイントだった。

 特に、「技術と戦術の両面に秀でた2チームの戦い」と、各国の指導者たちも注目していた決勝のスペイン戦で、宮川が攻守両面で示した様々なテクニックは、なかなかのインパクトを与えたようだった。

 

 それから2週間後。クラブハウスで改めて大会の感想を宮川に聞いたところ、まず反省の言葉が飛び出したのは意外だった。

「最初の方は本当にミスが多かったです。日本でやっていることと同じことをやると、相手はスピードがあってリーチが長いので、トラップでボールを置く位置が悪かったり、ミスでボールを奪われるシーンもありました。それに、決勝戦の失点は自分がボールを見過ぎてしまって、相手が(背後を)走っているのに気づかなくて失点してしまったので…そういうところも課題です」

 なでしこジャパンのメンバーがアジア大会から帰国し、ベレーザの練習に合流してから、その思いはさらに強くなったという。

 

「練習でも、状況に応じたプレーをみんなができていて、ミスも少ない。これから、もっと質を上げていかないといけないですね」

 

 帰国後、宮川はなでしこジャパンのアジア大会の試合を見て衝撃を受けたそうだ。技術の高さと組織力で圧倒する試合も多かったヤングなでしことは対照的に、なでしこジャパンは内容的に苦戦する試合が多かったが、1点差を粘り強く勝利に結びつけ、金メダルを獲得した。宮川はそこに、年齢制限のないA代表の厳しさを感じたという。

 

「(なでしこジャパンが決勝戦で対戦した)中国は、私たちの世代だとアジア予選(2017年AFC U-19女子選手権)でも圧倒できたけれど(5-0)、上の代になるとフィジカル面も強くなっているし、上手さもある。あんなに、一気に変わるんだなと思いました」

 宮川は下部組織のメニーナで育ち、ベレーザに昇格して今年で3年目を迎えた。

 なでしこジャパンの選手たちと日々トレーニングを共にしてきたからこそ、さらに上のレベルで世界と対戦した時の難しさも具体的にイメージできる。

 様々な経験を貪欲に吸収しながら、次のステージへの準備を着々と進める宮川。いよいよ再開するリーグ後半戦でも、そのプレーから目が離せない。

オンとオフの切り替えが光る宮川(左/右は児野楓香/写真:Kei Matsubara)
オンとオフの切り替えが光る宮川(左/右は児野楓香/写真:Kei Matsubara)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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