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なでしこジャパンが2大会ぶりの金メダル獲得!国内組が示したチームの底上げと高まる競争力

松原渓スポーツジャーナリスト
2大会ぶりの頂点に立ったなでしこジャパン(2018年アジア大会表彰式)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

【劇的な決勝ゴール】

 インドネシアで行われているアジア競技大会で、なでしこジャパンが中国を1-0で破り、2大会ぶりの金メダルを獲得した。

 準決勝に続き、劇的な形で決勝ゴールをもたらしたのはFW菅澤優衣香だ。

 押される展開の中で「ワンチャンスが絶対にくると思っていた」という菅澤。延長突入も覚悟した90分、渾身の一発は、右サイドからMF中島依美が上げたクロスに得意のダイビングヘッドで合わせた。

 中国は、昨年12月のE-1選手権(◯2-0)と4月のアジアカップ(◯3-1)で対戦し、2連勝中の相手。だが、中国は昨年末に就任したばかりだったアイスランド国籍のシグルル・ラグナル・エイヨフルソン監督から、アジアカップ後に賈秀全(か・しゅうぜん)監督に代わり、見違えるように強くなっていた。

 守備が組織的になり、プレッシャーもより強く、速くなった。さらに、攻撃では前線のFWワン・シュアンとFWワン・シャンシャンを中心に、個での突破やカウンター、サイドからのクロスに合わせる形など多彩な形を使い分けるチームに生まれ変わっていた。日本とは体格差もあり、コンタクトプレーに持ち込まれれば不利は明らかだった。

 だが、日本も準決勝から中2日でしっかりと対策を立てて臨んでいた。中国のプレッシャーを少ないタッチで回しながらかいくぐることができれば、チャンスは開ける。守から攻への切り替えを速くし、トップ下に入ったMF長谷川唯、両サイドの中島とFW籾木結花、トップのFW岩渕真奈の4人が流動的にポジションを入れ替えながら攻撃の糸口を探った。しかし、2トップへの素早い展開を見せる中国に対して高い位置でボールを奪えず、プレッシャーをかわしきれない。一つのパスミスから一気にシュートまで持ち込まれる場面も少なくなかった。ボール保持率は日本に分があったが、主導権を握っていたのは中国だった。

劇的決勝弾を決めた菅澤優衣香(左/2018年アジア大会決勝 写真:長田洋平/アフロスポーツ)
劇的決勝弾を決めた菅澤優衣香(左/2018年アジア大会決勝 写真:長田洋平/アフロスポーツ)

【再三のピンチを防いだ守護神】

 そんな中、日本を再三のセービングで救ったもう一人のヒロインがGK山下杏也加だ。

 前半16分にはペナルティエリア内で鋭いシュートを打たれたが、的確な読みでキャッチ。32分には右サイドからドリブルでエリア内への侵入を許したが、ラストパスを体に当てて軌道を変え、難を逃れた。極め付きは76分。エリア外からMFグー・ヤシャの強烈なシュートが枠をとらえたが、これも抜群の反応で弾き出す。中国のロングボールに対しては的確な飛び出しでスペースを埋め、最終ラインからの冷静なビルドアップも光った。まさに獅子奮迅の活躍ぶりだった。

 そんな山下の活躍もあり、後半は徐々に日本が形勢を立て直す。試合前から降り続いていた雨が強くなり、中国の足が止まり始めた。相手陣内にスペースが生まれるようになり、日本は前線で起点になれる菅澤が56分からピッチに立ったことで、少しずつチャンスが生まれ始める。80分を過ぎると、立て続けにチャンスを作った。

 そして、決勝ゴールの場面はすべてが綺麗にハマった。DF清水梨紗のフィードを受けた岩渕がキープした瞬間、菅澤がハーフウェーライン手前から全力で駆け上がり、ゴール前に走り込んだ。そこに、岩渕のスルーパスを受けた中島のクロスがピタリと合った。

 清水の正確なワンタッチのロングフィード、岩渕のキープとドイツ仕込みのパススピード。国内屈指を誇る中島のスタミナ、そして、完璧なタイミングで落下地点に入り得意のヘッドで決めた菅澤。それぞれのストロングポイントがシンクロした、美しいカウンターアタックだった。

再三のファインセーブでゴールを死守した山下杏也加(2018年アジア大会 準決勝 写真:長田洋平/アフロスポーツ)
再三のファインセーブでゴールを死守した山下杏也加(2018年アジア大会 準決勝 写真:長田洋平/アフロスポーツ)

【1試合ごとに見えた個の成長】

 金メダルという最高の結果とともに、今大会を通じてチームが得た収穫は多い。 

 今大会の日本は、グループリーグこそタイに2-0、ベトナムに7-0と快勝を収めたが、ノックアウトステージでは強豪がひしめく山に入った。その中で、準々決勝で北朝鮮(◯2-1)、準決勝で韓国(◯2-1)を破り、そしてこの中国戦まで、いずれも粘り強い守備と少ないチャンスを活かしきる勝負強さを発揮し、頂点まで上り詰めた。

 中国戦では失点してもおかしくない場面がいくつかあったが、それまでの数試合で「耐える」試合展開にも慣れたことで、あらゆる状況下で崩れにくくなったところにチームの成長を感じた。アジアカップも同じように苦しい試合を勝ち抜いての優勝だったが、今大会は海外組のDF熊谷紗希やDF宇津木瑠美を始め、アジアカップの主力メンバーの多くを欠いていた。それはチームの底上げの証明でもある。

 高倉麻子監督は、「攻守ともに世界で戦うためには課題が多い」としつつ、様々な逆境を乗り越えた粘り強さについて、

「なでしこが昔から持っている『血』と言いますか、『絶対に負けたくない』という諦めない気持ちを(選手たちは)持っている。あと一歩のところで足が出たり、声を出してカバーし合いながら、僅差の勝利をもぎ取れるようになってきた」(決勝前日)と話していた。

 アジア競技大会は登録が18人で、五輪と同じ。限られた人数で短期間を戦い抜くためという点では、2年後の東京五輪のシミュレーションになる大会でもあった。

 短期間での連戦となるW杯や五輪を想定し、指揮官がこだわってきたことの一つが、選手のコンバートだ。これまでの経緯を踏まえると、理由は3つある。

 一つは、主力の離脱などの不測の事態に備えるため。そのためには各選手がなるべく多くのポジションをこなせることが理想で、チームとしてはどのような組み合わせでも機能するコンビネーションを構築する必要がある。

 また、ポジションを固定すると相手が対策を立てやすくなる。その状況を避ける目的もある。そして3つ目が、様々なポジションでプレーすることで各選手が戦術理解と判断力を高めるーーつまり、個の力を高めることだ。

 もちろん、コンバートに伴うリスクもある。それならば練習でやればいいのでは?という考え方もあるだろう。だが、紅白戦と公式戦は違う。よりプレッシャーのかかる対外試合で経験を積むことで、国際大会を想定した経験を積むことができる。

 求められる結果と、選手に経験を積ませることのバランスの中で、高倉監督自身がリスクの高いチャレンジを続けてきた。

 チーム発足から約2年間を振り返ると、そういった指揮官の意図とは裏腹に、メンバーやポジションを固定する王道のチーム作りをしてこなかったことで、攻守が安定せず、苦しんだ時期も長かった。そんな中で、ようやく理想とする形の一端が見えてきたのではないか。

 1試合ごとに経験をスポンジのように吸収し、今やスタメンの約半数を占めるまでになった20代前半の若手の成長は著しい。U-20女子W杯でヤングなでしこが優勝したこともあり、今大会中は若手の抜擢に関する質問も多く上がった。高倉監督はU-20の選手たちに「意気込みを持って、代表に殴り込みをかけて欲しい」と、強い期待を口にした。

 

 同時に、「チームの中で年齢が上の選手たちが今、想像を超えて成長していると感じますし、大きな期待を寄せています」と、常連メンバーの成長にも言及した。

 そして、その期待に応えた一人が、アメリカ遠征から6試合、ボランチでプレーした有吉佐織だ。準決勝では中央からのスルーパスで菅澤の先制点をおぜん立てするなど、決定的な仕事もした。本職はサイドバックである。

「時間も経験もない分、たくさんボールを触ったり、ボールに関わる回数を増やして、自分の中で成功と失敗をたくさん増やしたい。リスクもあるので失敗は避けたいけれど、やらないことにはそういうものも出てこないと思うので、その中で自分の引き出しを増やしていきたい」(有吉)

 決勝前に、有吉はそう話していた。味方との距離感を大事にしながら、試合の中で柔軟に自分のプレーを変化させていくーーアメリカ遠征からの2大会を通じて、有吉らしいボランチ像も見ることができた。

 また、今回のチームで最年長だったDF鮫島彩は、大会を通じてセンターバックとしてプレーした。本職は左サイドバックだ。昨年7月のアメリカ遠征から試されていた形ではあったが、そのハードルは高かった。4バックが固定されることはなく、経験の浅い選手たちで構成される最終ラインをまとめなければならないこともあった。しかも、相手は常に強豪国だ。

 「チームのため」と割り切っても、自分に厳しい鮫島にとって苦しんだ時期は多かったに違いない。だが、今大会では持ち味のスピードや予測を生かしたカバーで、最終ラインの砦として確かな存在感を発揮した。鮫島の存在なしに、日本が見せた粘り強い守備は語れない。

 今大会の18人はアメリカ遠征のメンバーから選ばれており、全期間を合わせると約1ヶ月の長丁場だった。大会中、選手たちは互いの部屋を行き来して頻繁に集まり、映像を持ち寄るなどして話し合っていたという。

 若手の中でもすでにチームの主軸となっている長谷川は、

「歳上の選手はすごくいろいろな話をしてくれて、自分が思っていることだけではなく、こちらの意見も聞いてくれる」と、年齢の垣根を越えて、スムーズなコミュニケーションができていると話していた。

【明るい未来】

 なでしこジャパンの金メダルは、U-20女子W杯でヤングなでしこが世界一になったビッグニュースとともに、日本女子サッカーの未来を明るく照らす。高倉監督とU-20日本女子代表の池田太監督は、選手選考の基準こそ違えど、基本的なサッカーのコンセプトは共有されている。

 U-20女子W杯とアジア競技大会の2つの大会を取材(アジア大会は準決勝と決勝のみ)して特に印象的だったのは、両チームに共通する「粘り強さ」と、大会中の結束力の高まり方だ。その2点において、日本の選手たちには、他国をしのぐポテンシャルがあると確信した。

 なでしこジャパンが次に集まるのは、今年11月に鳥取で行われる国際親善試合(対戦国は未定)。来年の女子W杯に向け、より激しさを増していくであろう代表サバイバルの中で、チームがどのように変化していくのか、実に楽しみだ。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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