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ヨルダンに2-0で勝利したなでしこジャパン。今後はMF阪口夢穂を中心に、攻撃イメージの共有が必要

松原渓スポーツジャーナリスト
阪口は日本の攻守の要として重要な存在(アメリカ戦、2016年6月5日)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【6日間のヨルダン遠征】

 なでしこジャパンは、11月20日から25日までヨルダンに遠征し、24日にヨルダン女子代表と親善試合を行った。

 今回の遠征の位置付けは、来年4月にヨルダンで開催予定のAFC女子アジアカップ(兼2019FIFA女子ワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選)のシミュレーションである。12月に行われるEAFF(東アジアサッカー連盟)E-1サッカー選手権2017決勝大会(以下:E-1選手権)に向けて、チーム作りは大詰めを迎えている。

 高倉麻子監督の就任から約1年半が経ち、チームの核となる選手が見えてきた中で、高倉監督は今回のヨルダン女子代表との対戦目的を次のように話した。

「これまで、試合に出るチャンスがなかった選手にチャンスを与えることと、チームとしての核を育てていくことです」(高倉監督)

 今年4月以降に高倉ジャパンに初招集されたMF櫨(はじ)まどか、DF大矢歩、DF万屋美穂、DF三宅史織の4選手に加え、毎回、コンスタントに選出されながら、これまで出場機会が少なかったMF猶本光ら、先発メンバーにはフレッシュな顔ぶれが揃った。そんな中、試合は90分間を通して日本が主導権を握り、2-0で勝利を収めた。

 前半27分に生まれた先制点は、DF熊谷紗希からのロングパスを相手ペナルティエリアの右外で受けたFW岩渕真奈が、自らドリブルで中央に切り込み、左足で決めた。その3分後には再び岩渕が、MF阪口夢穂とのワンツーからゴール前に抜け出し、冷静にGKの逆を突いて2点目。

 度重なる膝のケガから完全に復活し、約1年5ヶ月ぶりとなった岩渕のゴールで日本が試合を優位に進めたが、その後は追加点なく試合終了。

 90分間を通して、日本はヨルダンにほとんど攻撃のチャンスを与えなかった。だからこそ、2ゴールという結果には物足りなさも残った。

ヨルダン遠征を行ったなでしこジャパン(C)Kei Matsubara
ヨルダン遠征を行ったなでしこジャパン(C)Kei Matsubara

【引いた相手を崩すために】

 なぜ、日本は追加点を奪えなかったのか。

 フィニッシュの精度にも問題はあったが、そもそも、シュート自体が少なかった。自陣に引いたヨルダンを崩すイメージを選手間で共有できていなかったことが、その一因だ。

 なでしこジャパンの攻撃は、多くの場合、ボランチの阪口が起点となる。

 阪口は声で指示してチームをけん引するタイプではないが、試合中に起こるあらゆる状況に対応できる能力が高いため、なでしこジャパンで替えの効かない存在である。

 また、2011年のFIFA女子ワールドカップ優勝をはじめ、2012年のロンドン・オリンピック銀メダル、2015年FIFA女子ワールドカップ準優勝と、前任の佐々木則夫監督時代の全盛期を主力として支えてきた豊富な経験もある。

 所属の日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)では、今シーズン、フル出場でリーグ3連覇に貢献。阪口自身も、なでしこリーグの最優秀選手に3年連続で選出された。

 阪口は、「自陣に引いた相手を崩す」ための明確なイメージを持っている。

 たとえば、ベレーザではポジションの近い選手と連係して短いパスを何本も繋ぎ、シュートまでの「伏線」を作る。そのパスに相手を食いつかせて意図的にスペースを作り、ワンツーや、得意のロングパスで決定機を演出する。

 そして、相手を巧妙におびき出すため、阪口はパスに緩急を加えたり、ポジションを変えながらボールを引き出そうとする。

 しかし、代表では選手間のコミュニケーションが潤滑とは言えず、阪口が意図する緩急を駆使したプレーや動き出しのタイミングが合わない場面もしばしば見られる。

 ヨルダンの守備を効果的に崩せなかった理由について、阪口は試合後、次のように振り返った。

「中盤で相手のプレッシャーが少なく、フリーでボールを持てたので、逆に攻撃しづらかったです。そこで、(ボールを持った日本の選手が)自分から仕掛けて食いつかせるのか、それとも速いパス交換をするのか。その使い分けは、チームとしてもっと確立していかなければならないと思います」(阪口)

 ヨルダンは、ディフェンス時にアプローチを仕掛けてもボールを奪えないと見るや、素早く自陣に引くことを徹底していた。また、守備は中央を固めていたため、日本は比較的、サイドからチャンスを作りやすかったが、GKを含めて7人がゴール前を固めるヨルダンの堅守を前に、クロスはことごとく跳ね返された。阪口が続ける。

「相手がブロックを敷いている中に正直にクロスを入れても、ピンポイントで合わない限り決まらないので。一度下げてやり直すとか、クロスを入れるフリをしてワンツーを入れたりして、もっと相手を揺さぶりたかったですね」(阪口)

数々のタイトルを獲得した経験が光る(2015FIFA女子W杯決勝 (C)アフロ)
数々のタイトルを獲得した経験が光る(2015FIFA女子W杯決勝 (C)アフロ)

【「自由」の難しさ】

 この試合では、62分に阪口と熊谷が退き、代わってボランチにDF宇津木瑠美、センターバックにDF鮫島彩が入った。

 日本はこの後、12月8日に千葉で初戦が行われるE-1選手権に出場するが、同大会は国際Aマッチデーの開催ではないため、フランスでプレーするキャプテンの熊谷は招集されない。

 それを見据え、高倉監督は、熊谷に代わって本来はサイドバックの鮫島をセンターバックに投入した。さらに、攻撃の起点となる阪口をあえて外し、最近はなでしこジャパンでセンターバックのポジションを務めることが多かった宇津木をボランチに投入した。

「阪口と熊谷はこのチームで核としてやってきているので、そこにまた違う核の2人が入って、チームが色を変えられるかどうかを見たいと思いました」(高倉監督)

 高倉監督は交代の意図についてこのように話した。

 鮫島と宇津木は、交代した阪口と熊谷同様、このチームでは豊富な経験を持つ。2人がこのポジションに入る形は、今年7月のアメリカ遠征時のブラジル戦で初めて試されたが、その時は、阪口がボランチに入ることでバランスを取っていた。

 攻守の軸となる阪口と熊谷を同時に替えるという大胆なチャレンジをしたことについて、試合後の高倉監督の言葉からは、もう一つの狙いが見えた。

「チームにはいろいろな(予期できない)ことが起こるし、(攻撃の)形を提示しても、結局は個人の状況判断が一番大事です。でも、『こうしなさい』と言われることに慣れている選手もいるので、私が『自分からそれを見つけ出せ』と要求しても、そこにはまだギャップがあると感じます」(高倉監督)

 高倉ジャパンは、特定の攻撃の形を練習していない。ポジションも、選手の組み合わせも固定しない。何色ものビブスを使い分け、6対6や4対2など、数やルールに様々な制限を設けながら、選手が状況判断を高めることを要求する。そして、試合では、ピッチに立つ選手同士が自分の考えでお互いの良さを活かし合い、ゴールを奪うことを求める。

 ゴールに至るプロセスに正解はない。その代わり、自由には責任も伴う。

 その意味では、この交代も、ピッチに立つ選手の対応力を試すチャレンジだった。鮫島と宇津木だけでなく、周りの選手たちが変化にどう対応するかもポイントだった。2人が入ってから日本の攻撃は縦に速くなり、攻め急いでボールを失う場面も見られたが、この交代は勇気あるトライだった。

「『自由』って、難しいんですよ。だから、時間はかかるかもしれませんが、サッカーの面白さはそこにあると思っているので、私はトライし続けたいし、選手に分かってもらえるようにアプローチしていきたいと考えています」(高倉監督)

 指示されることに慣れた選手が「指示待ち」になってしまう要因として、ミスをすることへの恐れや、自分の経験の少なさに対する不安があるのかもしれない。

 しかし、代表に選ばれるほどの高い能力を持ちながら、それを活かしきれていないのは非常にもったいないし、自由を与えられているのに「指示待ち」になってしまうのは何とも皮肉だ。

 そんな選手たちに成長してほしいと願っているのは、指揮官だけではない。阪口は、パスの出し手としての望みを口にした。

「(パスの受け手の)動き出しが遅いと感じる場面が、まだまだあります。それは、ベンチや味方の声を聞いてから動くことが多いからかな、と。人に言われてから走ると、どうしても一歩遅れちゃうんですよ。でも、周りが何を言っても、その選手自身が変わらないと。たとえば、ボールを持っていないところでは、もっと要求していいと思います。ボールを持った時に上手い選手はこのチームにはたくさんいるけど、持っていない時にいかに良いポジションに立つかが、日本にとって大事な要素だと思うからです。スピードや体格で勝る相手には、予測や動き出しで上を行かないと勝てないし、これからは技術よりも、そういうことが大事になると思います」(阪口)

 12月のE-1選手権で、なでしこジャパンは韓国、中国、北朝鮮と対戦する。

 同大会は、高倉ジャパンにとって初のタイトル獲得を目指す大会であり、実力が拮抗するアジアのトップレベルの代表チームと3試合も対戦できる絶好の機会だ。

 そんな中で、日本が点を獲って勝つことは容易ではない。しかし、今回のヨルダン遠征で浮き彫りになった「引いた相手を崩す」という課題をしっかり消化しつつ、E-1選手権では、どの選手が出場しても攻撃時のイメージを共有できるか、その点を中心に試合をチェックしたい。

 その中で、阪口がゲームを組み立てながら周りのバランスに目を配り、ここぞという時には積極的に前に出てゴールに絡むことができれば、このチームの強力な得点パターンになるはずだ。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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