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なでしこジャパン1年目のMF長谷川唯が示す、成長の手応え

松原渓スポーツジャーナリスト
代表デビュー戦で2ゴールを挙げた長谷川(アイスランド戦、2017年3月3日)(写真:アフロ)

【真骨頂】

 10月22日(日)に、なでしこジャパンがスイス代表を迎えた「MS&ADカップ2017」。0-0で迎えた56分に、MF長谷川唯が魅せた。

 センターバックのDF宇津木瑠美が、センターサークルの少し手前にいた長谷川にパスを送った瞬間、スイスのMFレーマンとMFベルナウアーが同時にボールに食いついた。その時、左右から長い足が伸びてきたが、長谷川はトラップすると見せかけて、左足のインサイドでボールの角度を変えて右足の後ろを通し、俊敏なターンで2人を置き去りにした。

 思いもよらない閃(ひらめ)きが、長野Uスタジアムの6,261人の観客のため息を誘った。

 さらに、左サイドを細かいタッチのドリブルで仕掛けて中央に切り込むと、スイスは右サイドバックのDFマリッツがたまらずファウルで長谷川を倒し、日本は相手陣内の良い位置でフリーキックを獲得した。

 このプレーの直前、日本はスイスの右サイドから入れられたクロスをゴール前で合わされて、あわや失点という大ピンチを迎えている。スイスに傾きそうな流れをすぐに日本に引き戻したのは、高いテクニックと判断力に裏打ちされた、長谷川の真骨頂とも言えるこのプレーだった。

 その後、日本は69分にMF中島依美、アディショナルタイムにはFW田中美南がゴールを決めて、スイスに2-0で勝利した。

 

「今日は(雨で)ピッチがスリッピーだったこともあって、速いパスで前を向けるシーンが多かったな、と。相手との間でボールを受けるイメージは常に持っているので、雨が降っていない時でも、スピードのあるボールをしっかり要求していきたいです」(長谷川)

【繰り返しイメージして高めた創造力】

 長谷川は2014年のFIFA U-17女子ワールドカップで優勝し、2016年のFIFA U-20女子ワールドカップでも3位になるなど、年代別の日本代表で中心選手として活躍した。なでしこジャパンでは、今年3月にポルトガルで行われたアルガルベカップのスペイン戦でデビューし、それ以降はコンスタントに招集されている。

「相手と体でぶつかるシーンも少なかったですし、相手よりも先にボールを触るという部分では、(海外の選手の)スピード感に慣れてきたと思います」(長谷川)

 スイス戦後に長谷川が口にした言葉には、この7ヶ月あまりで積み重ねてきた、確かな成長の手応えが感じられた。

 この試合で見られたような長谷川の判断力を支えているのは、ポジショニングの良さと、しなやかな身のこなしだ。味方から送られるパスのスピードや相手のアプローチの強度によって、ギリギリで判断を変えられる。そして、周囲との連携が密になればなるほど、それらの強みは発揮される。

 

 アルガルベカップのアイスランド戦で決めた代表初ゴールには、彼女らしい創造力が表れていた。

 前半11分に相手陣内中央あたりでボールを受けると、ゴールまで30mはあろうかという鮮やかなループシュートを決めた。 

 このゴールについて長谷川は、

「(相手)ゴールキーパーの位置は見えていませんでした。あのタイミングで打ったらキーパーは前に出ていることが多いので、上を越して入るイメージで打ちました」

 と、自分の間合いでシュートを打ったことを試合後に明かしている。

 それを聞いた時、2年前の冬、当時18歳だった長谷川がインタビュー中にふと、口にした言葉を思い出した。

「普段からサッカーのプレーについて想像することが多くて、イメージもかなり複雑なことを考えています。難しいことを考えすぎて良くない時もあるんですけど(笑)」(長谷川)

 長谷川の頭の中には、数学者が用いる、長く連なる数式のように、様々なプレーのイメージが展開されているのだろう。ここぞ、という場面で発揮される意外性のあるプレーが、そのことを裏付ける。

【安定したパフォーマンスを支えたもの】

 長谷川のプレースタイルは、選手同士が連動する緻密なパスサッカーを最大の強みとする日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)で培われた。

 長谷川は今シーズン、リーグ戦18試合すべてに先発してベレーザのリーグ3連覇に貢献し、初のベストイレブンにも選ばれた。代表でも、MF阪口夢穂をはじめ、ベレーザのチームメートとの連携の良さが随所に発揮されている。

ベレーザでは今シーズン、リーグ戦3連覇の原動力になった(対千葉戦、2017年9月17日(C)アフロスポーツ)
ベレーザでは今シーズン、リーグ戦3連覇の原動力になった(対千葉戦、2017年9月17日(C)アフロスポーツ)

 継続して続けてきた筋力トレーニングも、安定したパフォーマンスを支えた。1月の代表の国内合宿で、走りの効率性を高めるフォームやそのために使う筋力の使い方などの指導を受けながら、フィジカルの高め方を多角的に学んだことで、自身の意識に変化があったという。

「腿(もも)裏や、お尻周りを中心に鍛えています。サッカーでは体の前の筋肉を多く使う反面、後ろの筋肉をあまり使えていないそうなので、(後ろの筋肉を)使えるようになったら加速などの部分でもっとレベルアップできるようになるかな、と」(長谷川/7月、アメリカ遠征時)

 長谷川が自負する最大の強みは、「運動量」だ。攻撃的なポジションながら積極的に守備にも回る。このスイス戦では後半開始早々に、最終ラインで相手にタイミング良く体を入れてボールを奪い、ピンチの芽を摘む場面も見られた。

【パススピードの緩急】

 高倉麻子監督は、日本が体格やスピードにおいて差がある相手に対して優位に試合を進めるために、パスの緩急を使い分けることの重要性を強調してきた。

 その中で、基本的なパススピードを上げることはチームの共通意識として浸透したが、逆にパススピードが上がりすぎて起こるミスもある。

「感覚的なものを持っている選手は、状況に応じてパススピードを調節できるのですが、その感覚をつかむのは本当に難しいんです」(高倉監督)

 スイス戦で、長谷川に送られた宇津木からのパススピードは絶妙だった。

 長谷川自身も、前半アディショナルタイムに相手の最終ラインの裏に抜け出したFW横山久美にダイレクトで絶妙の縦パスを送り、決定機を演出している。

 試合の流れを読み、パスの強弱で局面を打開するーーその繊細な感覚を、長谷川は代表チームでも表現できるようになってきた。

 ずっと目標にしてきたなでしこジャパン入りを果たしてからも、長谷川は成長を続けている。その先には、「なでしこジャパンで世界一を獲る」という確固たる目標があるからだ。

 2019年FIFA女子ワールドカップのアジア予選(アジアカップ、2018年4月にヨルダンで開催)まで、半年を切った。長谷川自身の挑戦も、新たなステージに突入しようとしている。

積極的なフィジカルトレーニングが、パフォーマンスの向上に一助している(対千葉戦、2017年9月17日(C)アフロスポーツ)
積極的なフィジカルトレーニングが、パフォーマンスの向上に一助している(対千葉戦、2017年9月17日(C)アフロスポーツ)
スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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