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なでしこジャパンの新戦力、FW櫨まどかがスイス戦でみせた存在感

松原渓スポーツジャーナリスト
なでしこジャパンで存在感が日増しに大きくなる櫨(アメリカ戦、2017年8月3日)(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

【先制ゴールを呼び込んだスルーパス】

 シビれるスルーパスだった。

 10月22日(日)に、スイス代表を長野Uスタジアムに招いて行われた「MS&ADカップ2017」。

 0-0で拮抗する中、69分にFW櫨(はじ)まどかは、右サイドの相手陣内中央でボールをキープすると、スイスの選手4人の注意を引きつけ、同サイドを全力でオーバーラップしてきたMF中島依美にパスを送った。

 前がかりになっていたスイスの最終ラインを完全に出し抜く形でそのボールを受けた中島は、ペナルティエリアに侵入し、待望の先制ゴールを決めた。 

 大型台風の影響で降り続いた大雨の中、スタジアムに駆けつけた6,261人のサポーターは歓喜を爆発させた。

 雨でピッチが滑りやすくなった中で、柔らかいタッチから繰り出された櫨のスルーパスは、ピッチに糸を引くような正確なパスだった。

「あの瞬間は相手のディフェンスが食いついてくれたので、(中島)依美のスピードも活かして、その後にクロスを上げやすいようなパスをイメージしながら、ここしかないな、と思って出しました」(櫨)

 特定の選手同士の組み合わせに頼らず、誰が出てもコンビネーションを生み出せる攻撃を目指してきた高倉ジャパンにとって、中島と櫨が見せた息の合った連携から生まれたゴールは、一つの収穫だった。

【3度のポジション変更にも柔軟に対応】

 櫨は、今年7月のアメリカ遠征でなでしこジャパンに初招集された。29歳と遅咲きの代表デビューだったが、高倉ジャパンにおいて、その存在感は急速に高まりつつある。

 櫨は、前線に小柄な選手が多いチームの中で、フィジカル的には「インターナショナルマッチで戦うレベルに達している」と指揮官も太鼓判を押す。そして、巧みなボールキープやスルーパスで、攻撃にアクセントを加える。

 代表初キャップを刻んだ今年7月のアメリカ遠征では、第2戦のアメリカ戦で2トップの一角で先発出場し、85分間プレー。試合は0-3で完敗したが、櫨はポストプレーで日本のチャンスを演出し、世界ランキング1位のアメリカ相手にも堂々とプレーした。

「非常にボールが収まる選手だと感じています。タメを作ってのシュートとか、ラストパスのセンスの高さも感じているので、期待を込めて(ピッチに)送り出しています。(中略)同じ年代の選手に比べると、知名度も経験的にも新入りという感じですが、プレーの質はかなり高い。(このチームで)核になっていって欲しいという思いでグラウンドに送り出しています」(高倉麻子監督/スイス戦後)

 アメリカ遠征に続く2度目の招集ながら、高倉監督は櫨に対する期待の大きさをはっきりと口にする。

 そして、その期待に応えるように、国際Aマッチ3試合目となったこのスイス戦でも、櫨は度々、チャンスを演出した。

 この試合で日本は5人の交代メンバーを送り出しているが、櫨はそれに伴って3度、ポジションを替えている。

 先発したのは、4-2-3-1の右サイドハーフ。前半15分にはトップ下のMF長谷川唯とのコンビネーションから豪快な左足のミドルシュートを放った。

 右サイドに中島を投入して4-4-2になった後半、櫨は2トップの一角にポジションを移している。そして、49分にはロングカウンターの起点になり、センターサークル手前から、ピッチを縦断する40m近いロングパスでFW横山久美の決定機を演出した。

 そして、69分に先制ゴールとなる中島のゴールを演出した後、76分にFW岩渕真奈が投入されると、櫨は左サイドハーフに移り、86分にFW上野真実との交代でピッチを後にした。

【リーグ戦で培った観察力】

 櫨はこの試合の前日、

「どうしたら自分がもっと活かされるかを考えながらプレーしていますが、ついていくので必死です」(櫨)

 と、代表メンバーのレベルの高さを口にし、「自分から発信することがあまり得意ではないので」と、内気な一面も吐露した。

 しかし、ピッチに立てば、変化する周囲とのコンビネーションに戸惑うことなく、自分の持ち味をコンスタントに発揮してきた。それは、長いキャリアの中で培ってきた試合の流れを読む「眼」や、それをプレーで活かす技術の高さもさることながら、櫨の「観察力」にも要因がある。

「限られた日数でFWの選手とコンビネーションをよくするために、それぞれの選手のクセをよく見るようにしています。その選手の特徴に合わせたタイミングやパスの強弱も重要なので、『この選手だったら足下に当てた方が良いだろうな』というような情報を、自分なりに集めています」(櫨)

長野Uスタジアムでトレーニングする櫨(C)Kei Matsubara
長野Uスタジアムでトレーニングする櫨(C)Kei Matsubara

 リーグ戦ではライバルだった選手たちが、代表では頼もしいチームメートになる。

 対戦相手として見てきた選手たちの特徴やデータをしっかりとイメージに反映させ、櫨はスイス戦までの6日間の代表合宿中に観察を重ねた。 

 その中で、自身の強みを出せる場面も増えた。

「自分の強みは、(他の選手とは)リズムの違うドリブルだと思います。ファーストタッチさえうまく行けば、ボールを獲られない手応えは得られるようになってきました。(7月の)アメリカ戦は緊張もあってボールロストが多かったのですが、今回は割と、落ち着いてプレーできるようになってきました」(櫨)

【攻撃陣に求められるものは?】

 高倉監督は目指すサッカーのスタイルを「ポジションに囚われずに、自由な絵を描けるチーム」と表現している。そして、そのベースとなるポゼッションや、一つひとつの判断やプレーの「精度」に、強いこだわりを見せてきた。

 高倉ジャパンの攻撃面のトレーニングでは、数種類のビブスを使い選手を分類し、ボールを保持することや攻撃の切り替えの速さを意識したメニューに、多くの時間を割いている。ボールを受ける際に相手のプレッシャーを受けないポジショニングや、ボールの置きどころ、サポートに入る時の角度や、状況に応じたパススピードの緩急などを、ポジションにかかわらず全員に求める。

 その中で、攻撃的なポジションの選手に求めることには共通していることがある。

「その選手がボールを持つことによって、相手ディフェンスが『何をするのかな』と見てしまう間ができたり、『(ボールを持った時に)そっちに行くんだ』というような、意外性を見せてくれる選手。一つのプレーで変化をつけたり、状況を変えていける選手に期待して、信じて使いたいと思っています」(高倉監督)

 なでしこジャパンの攻撃を活性化させるアタッカーとして、今後、櫨は楽しみな存在だ。周囲との信頼関係を築いていく中で、櫨の勝負どころを見極めた的確な判断と高い技術が活かされるようになれば、なでしこジャパンの攻撃力はより豊かになるだろう。そして、スイス戦で見られたような、チームメートとの連携からゴールが量産されることを期待したい。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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