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ベレーザとの大一番で、INACが貫いた「こだわり」

松原渓スポーツジャーナリスト
2位につけるINAC(対ノジマ戦、2017年3月26日(C)アフロスポーツ)

【頂上対決】

 9月23日(土)に行われた首位・日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)と2位のINAC神戸レオネッサ(以下:INAC)の大一番。INACが逆転優勝に望みをつなぐためには、この一戦に勝利するしかなかった。

 

 しかし、結果は2-0でベレーザが勝ち、2試合を残してリーグ3連覇を決めた。

 目の前で優勝カップを掲げられたINACの悔しさは、想像するに余りある。

 今シーズンのリーグ戦で唯一、ベレーザに勝ったチームはINACだった。

 その試合は、5月中旬に行われた第9節。INACは、FW高瀬愛実が初めて右サイドバックでプレーする新布陣で臨んだ。この新たなオプションが見事に機能して、攻撃的なスタイルを貫いた結果、MF京川舞が決めたPKが決勝点となり、対ベレーザ戦で実に4年ぶりとなる勝利を飾った。

 その時と同様、この試合でもINACは守備的になることなく攻め抜いた。特に後半は拮抗した試合になり、結果的にシュート数はベレーザが13本、INACは10本打っている。

 リードを許し、劣勢に立たされたが、INACの戦い方には最後まである“こだわり”が見えた。

 

 それは、前半39分、INACのGK武仲麗依がセンターバックの間に下りてきたボランチのMF伊藤美紀の足元に強いパスを送った場面だ。

 攻撃時に3バックを形成するINACに対して、ベレーザはFW田中美南とFW籾木結花の2トップが高い位置からプレッシャーをかけていたため、数的優位とはいえ、INACが最終ラインからパスをつないでビルドアップすることにはリスクが伴った。しかし、そのリスクを承知で、武仲はつなぐことにこだわった。

GK武仲麗依(C)Kei Matsubara
GK武仲麗依(C)Kei Matsubara

 伊藤にパスした39分のプレーを、武仲は次のように振り返る。

「あの場面は中央で相手を引きつけて、(両サイドに開いた)センターバックをフリーにさせるつもりでした。今までは、前から(プレッシャーをかけに)来る相手に対して怖がって(ロングボールを)蹴っていたけれど、狙われても(最終ラインで)リスクを冒して、攻撃に人数をかけよう、と。それは、練習でも取り組んできたことでした」(武仲)

 しかし、武仲の意図とは裏腹に、そのパスは失点に直結した。プレッシャーの中でボールを受けた伊藤はターンできず、トラップしたところを奪われ、最後はベレーザの籾木にループシュートを決められてしまったのだ。

 そんな中、武仲はその後もロングボールを蹴ろうとせず、3バックを経由してビルドアップし続けた。その徹底した姿勢は、あえてプレッシャーの中でパスをつなぐことで、自分たちが目指すサッカーを貫こうとしているようにも映った。

 最終ラインだけではなく、ベレーザのプレッシャーが特にかかる中盤でも、INACは狭いスペースで強めのパスを交換するプレーが多く見られた。実際に、その流れで良いリズムが生まれ、シュートにつなげた場面もあった。

 少なくともこの試合では、INACの攻撃が停滞する時に見られる傾向ーープレッシャーのないところではスムーズにパスをつなげるが、いざという場面では消極的なプレーが重なり、攻撃のスイッチが入らないーーは、見られなかった。

 

 54分にベレーザの田中に追加点を決められ、INACは最後までゴールを決められず敗れたが、試合後、武仲はその結果を受け止めて、前を向いた。

「怖がらず、積極的にボールを受けに行こう、という雰囲気が練習からあって、お互いにどういう(質の)ボールを出せば良いかということも、声を掛け合ってきました。ここで諦めることなく、(つなぐプレーを)続けていきたいです」(武仲)

【持っている力を発揮するために】

 8月27日(日)に行われた第12節のジェフユナイテッド市原・千葉レディース戦後、INACの松田岳夫監督は次のようなコメントを残している。

「相手がプレッシャーに来ていないのに、変なスイッチが入って、慌ててしまう。相手を見てしっかりとボールを動かせるかどうかという判断のところで、持っている力を出せない要因があるのかもしれません」(松田監督)

 それは、松田監督が就任した2015年シーズン後の緩やかな世代交代の中で、チームの主力になった若い選手たちに向けられた言葉だった。 

 その言葉からは、若さゆえの不安定さや1部での経験不足を差し引いても、もっとやれるはずだ、というもどかしさが感じられた。

 攻守の中心を担うMF中島依美やDF鮫島彩ら、経験豊かな選手たちの活躍もあり、昨年に続き今年もベレーザに次ぐ2位の座を堅守してきたが、今後、常勝チームとして君臨するためには、さらなる高みを目指した成長が不可欠だ。

才能豊かな選手が揃う(左から杉田妃和、中島依美、増矢理花/対ノジマ戦、2017年3月26日 (C)アフロスポーツ)
才能豊かな選手が揃う(左から杉田妃和、中島依美、増矢理花/対ノジマ戦、2017年3月26日 (C)アフロスポーツ)

 

 実力を発揮している若手選手もいる。

 ボランチのMF福田ゆいは、高卒1年目の新加入選手だが、7節以降、先発に定着した。

「自分のプレーを迷って出せない選手が多い中、彼女はプレッシャーの中でも自分のプレーをストレートに出していける。そういう性格もあるのかもしれませんが、くよくよしない前向きさは、ああいう(ボランチの)ポジションには向いていると思います」(松田監督・第9節ベレーザ戦)

MF福田ゆい(C)Kei Matsubara
MF福田ゆい(C)Kei Matsubara

 試合中のミスを引きずらず、常に前を向いてプレーできるのは福田の良さである。9月9日の第14節・マイナビベガルタ仙台レディース(以下:仙台)戦では、ペナルティエリアの外から右足で豪快な初ゴールを決めた。

 しかし、そんな福田もこのベレーザ戦ではさすがに緊張したようだ。

「(ベレーザの)優勝がかかっていたので、緊張してしまいました。前半、前を向くプレーができなかったことが後半の途中交代につながったと思います」(福田)

 と、反省しきり。しかし、1部のプレーレベルにはすっかり馴染んでいる。

「(INACの)練習のレベルが高いので、スピード感には慣れました。ただ、最初の頃は何もわからないまま思い切ってやれていたから良かった部分もあります。原点に戻って自分の良さを出すことも課題です」(福田)

 福田の活躍は、他の新加入選手だけでなく、チーム全体の刺激になる。楽しみな存在である。

【進化のカギ】

 また、5年ぶりにドイツから日本に復帰したFW岩渕真奈も、INACの進化のカギを握る存在だ。

 

 今年3月にブンデスリーガ1部のバイエルン・ミュンヘンを退団し、同7月にINACに入団して以降、手術した右膝のリハビリを続けていたが、9月9日(土)に行われた第14節の仙台戦で初出場。

 この日のベレーザ戦では、58分に福田に代わってピッチに立った。下部組織の日テレ・メニーナとベレーザで通算8年間、自らを育ててくれた古巣との初対戦。燃えないわけがなかった。

 途中出場した6分後には、左サイドからのスローインを足元に収めると、3人に囲まれながら、真骨頂とも言える重心の低いドリブルでベレーザゴールに迫った。さらに、その3分後には、左サイドを突破したMF杉田妃和のクロスにゴール正面からヘディングで合わせ、わずかに枠を外れたものの、ゴールまであと一歩と迫った。

 試合後は、

「ベレーザだから強いというイメージをリーグのみんなが持っていると思うので、それを無くしたいと思っていますし、だからこそ今日は勝ちたかったです」(岩渕)

 と、悔しさいっぱいの表情で話した。

 24歳の岩渕は、INACでは中堅の世代だが、代表や海外での実績も含めた経験の厚みはベテラン勢にも負けていない。

「INACに入って、やっぱり日本人はうまいな、と。もっと(INACの選手たちが)自信を持ってプレーできればいいなと強く感じているし、だからこそもったいないな、というイメージを持っていました。ベレーザの選手には『来年はうちが優勝するよ』と伝えました。そういう気持ちを持って全員がやらなければいけないと思っています」(岩渕)

「ドイツ・ブンデスリーガでの優勝を経験した岩渕、INACでの活躍が期待される(女子ブンデスリーガ優勝セレモニー/2016年5月16日 (C)アフロ)
「ドイツ・ブンデスリーガでの優勝を経験した岩渕、INACでの活躍が期待される(女子ブンデスリーガ優勝セレモニー/2016年5月16日 (C)アフロ)

 若くしてプレースタイルを確立し、度重なるケガを乗り越えながらチャレンジを続けてきたストライカーが、将来有望な若手選手が多いチームにどんな化学反応を起こすのか、注目したい。

 INACは、9月27日(水)に、台風の影響で延期されていた伊賀フットボールクラブくノ一との第15節を行い、1-0で勝利した。次節は10月1日(日)に、ホームのノエビアスタジアム神戸で、ちふれASエルフェン埼玉と対戦する。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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